嬉野茶で煮込んだ茶葉蛋
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
秋の連休を利用する形でゼミ友と一緒に参加した二泊三日の嬉野湯巡りバスツアーは、本当に楽しかったよ。
ぬめりのある嬉野温泉のお湯は美肌効果も期待出来てとっても気持ち良かったし、酒蔵では美味しい地酒を思う存分に試飲出来たし。
観光コースに盛り込まれていた豊玉姫神社では、白い鯰の置物を何度も撫でて美肌祈願もやったっけ。
それに今の時期は轟の滝公園の紅葉も燃えるように鮮やかで、三段の滝から清流の注ぐ水辺で遊ぶ鴨の親子との対比が実に絵になるんだよね。
留学先の大学のある堺県堺市に関しては大体の土地勘のある私だけど、他県に行くと色々と勝手が違って面白いよ。
ましてや今回のバスツアーで訪れた嬉野市は九州の佐賀県にある訳だから、私にとっては留学先でのちょっとした冒険という感じになるんだよね。
そんな楽しいバスツアーも、いよいよ今日が最終日。
御土産物もしっかり吟味して買わないとね。
そこで私こと王美竜は、三日目の行程に盛り込まれていた御土産センターへ気合いを入れて来店したんだ。
「ウ〜ン…旨味とコクは一杯目が良いけど、香ばしさに関しては二杯目の方が好みかな…」
底の辺りが明るい緑色で染まった紙コップを交互に見比べながら、私は改めて首を捻ったの。
茶葉が勾玉みたいな形をしている事から「玉緑茶」とも呼ばれている嬉野茶は、どれも旨味が濃厚で美味しいから迷っちゃうな。
これでも吟味を重ねて候補を絞り込んだつもりだけれど、製造工程を判断するタイミングで私の思考は完全に行き詰まっちゃったんだ。
蒸気で蒸した蒸し製玉緑茶は香りが爽やかで旨味にコクがあり、鉄釜で炒った釜炒り製玉緑茶は喉越しサッパリで香ばしい。
これに関しては完全に好みの問題なんだけど、どちらの製法のお茶も気に入っちゃったから決めかねているんだ。
とはいえ、御土産選びに夢中になり過ぎるのも考え物だよ。
「美竜さんったら、さっきからウンウン唸ってばかりじゃない。そんなに迷うなら両方買っちゃえば良いのに。」
「えっ?私ったらそんなに唸ってたかな、蒲生さん?」
そうして振り向いた先では、バスツアーの連れ合いであるゼミ友が呆れたような苦笑を浮かべていたんだ。
「まるで古びた家電みたいに唸ってたよ、美竜さん。御茶に拘りがあるのは分かるけど、あんまり根を詰めると身体に良くないよ。」
「アハハ…こりゃ恥ずかしい所を見せちゃったかな?」
そうして私は軽く頭をかくと、最終候補に残った茶葉を二種類まとめて買う決意を固めたんだ。
このまま迷っていても、一生決まらなさそうだからね。
「にしても美竜さん、茶葉を選ぶ目が真剣だったよ。台湾の人達は御茶が大好きって有名だけど、やっぱり血は争えないのかな。」
「まあね、蒲生さん。何しろ私達にとって、御茶は生活の一部みたいな物だからね。」
何しろ台湾には「茶芸」と呼ばれる御茶を楽しく美味しく飲む文化が昔からあるし、無料で御茶が飲める奉茶スポットだって街のアチコチに設けられているんだもの。
台南市の実家では烏龍茶や普洱茶をよく飲んでいたけど、日本の緑茶や抹茶も負けず劣らずに味わい深くて唸らされるよ。
「とはいえ私の場合、この嬉野茶には普通に飲む以外の楽しみ方もあるんだよね。それは昨日の酒蔵で買った地酒にも関わってくるんだけどね。」
「もしかして地酒を嬉野茶で割るつもりなの、美竜さん?あれは日本酒で純米吟醸だから、割らずに普通に飲んだ方が良いと思うけど…」
どうやら蒲生さんったら、何か勘違いをしているみたいだね。
嬉野の地酒と緑茶には、もっと素敵な楽しみ方があるんだよ。
そうして旅先での楽しい思い出と一緒に下宿の賃貸マンションへ帰宅した私は、キッチンに直行して嬉野ツアーの総仕上げに取り掛かったの。
「叩きつけるなら、カレースプーンが手頃かなぁ?」
まずは固めに仕上げた茹で卵の殻をスプーンで叩き、全体に軽くヒビを入れるんだ。
茹で卵の処理が終わったなら、次は鍋と煮汁の準備だね。
「う~ん、いい香り…夜市の御店を思い出すなぁ…」
八角を始めとする香辛料と醤油で作った煮汁で煮込んであげれば、後は冷蔵庫で寝かせるだけ。
これぞ我が故郷の味である台湾式煮卵の茶葉蛋のレシピだよ。
とはいえ冷蔵室に茹で卵の鍋が鎮座しているのは、何とも場塞ぎで困っちゃうよ。
「そう言えば私、台南にいた頃は茶葉蛋なんて自分で一度も作らなかったなぁ。夜市やコンビニで幾らでも手に入るから気軽に食べていたけど、日本じゃそういう訳にもいかないもんね…」
故郷の味に気安く触れられないのは、確かに留学生活の難点だね。
だけど、こうして手作りする必要に迫られたからこそ出来る楽しさもあるんだ。
何しろ私が手作りした茶葉蛋は、九州の嬉野で作られた緑茶で煮込んであるんだよ。
こんな茶葉蛋、台湾の夜市じゃそうそう売ってないだろうな。
きっと嬉野の地酒の良いおつまみになるだろうね。
お土産品として売っている割と高級な緑茶を茶葉蛋に使うのは、我ながら冒険が過ぎたかも知れないけど…
「良い感じに香りと味が沁みたら、蒲生さんにも御馳走してあげないとね。それまでに、この嬉野の地酒が残っていると良いんだけど…」
宅配便で届いたばかりの一升瓶を眺めていると、ついつい開栓したくなっちゃうよ。
この地酒は嬉野の酒蔵でじっくり試飲をさせて貰ったから、その香りも風味も五感にしっかり刻み込まれているんだ。
ゼミ友と一緒にグラスを傾ける日が、今から楽しみだよ。
その時には、あの茶葉蛋もしっかり味が沁みていると良いんだけどね。