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カイゴシvs勇者


お守り代わりに温度計を右手に握ったまま、来客のもとに向かう結衣。


結衣<夜勤の巡視中みたいに、変に緊張する……戦わなくちゃいけないって言ってたけれど、そんなにやばい人が来てるの?>

結衣<不審者とかだったらどうしよう。不審者訓練、まだ1回しかしていないのに……>


「あ」


「ん?」


姿ははっきり見えないが人影と出くわし、互いに足を止める。


ラーツ「出たな魔王……!」


ラーツは背中に背負っている剣を鞘から抜き出し、刃先を結衣に向ける。

暗闇から突如現れた刃物に、後ろにのけぞる結衣。


結衣「きゃああ!」

結衣<何なのいきなり!>


ラーツ「きゃああ? あれ、魔王じゃない⁈ きみは誰だ⁈」

結衣「その前にその剣をどけてください!」

ラーツ「す、すまない」


剣が鞘に戻る音が聞こえた後、ラーツは2歩、3歩と結衣の方に近づく。

それと同時に、ロウソクの灯りのもとに全身が映し出され、謎の来客の容姿がはっきりと見えるようになる。

結衣の胸が一瞬、どきっと高鳴る。


結衣<うわ……まるで漫画の世界の王子様みたい>


ラーツの容姿の美しさに無言で感心する結衣。

ラーツもまた、結衣のつま先から頭のてっぺんすまでじろじろと観察する。


ラーツ「君は誰だ? 見たことがない服装だ……はっ! もしかして、魔王に囚われし姫か!」

結衣「ひ、姫? そんなすごい者じゃないですよ! 私はただの介護士です」

ラーツ「カイゴシ……? 聞いたことがない職業だな。まあいい。君も魔王を倒しに来たのか?」

結衣「んん? 魔王って誰のことですか?」

ラーツ「この洞窟の奥に住む魔物だ」

結衣「洞窟の奥……魔物……」


グレルの姿を思い浮かべる結衣。


結衣<ああっ、そうだ! 思い出した! どこかで見たことがあると思ったら、昔、お兄ちゃんがハマっていたRPGゲームのラスボスにそっくりなんだ!>

結衣<ていうことは私、魔王の体調を心配して看病していたってこと⁈ じゃあここはあの世の地獄じゃなくて、まさかゲームの世界……?>

結衣<漫画でちらっとだけ読んだことがある、異世界転生ってやつ⁈>


額に手を当ててうなだれながら、なんとか今の自分の状況を飲み込もうと努める結衣。


結衣<信じられない。何で私が?>

結衣<でも、嘘だっていう証拠もない>


ラーツ「何だ? 慌てふためいたり、急に黙り込んだり……」


ちらり、目の前で結衣の奇行に呆然としているラーツに視線を戻す。


結衣<背中の剣に、青いマント姿。洞窟の奥で苦しそうにしているのが魔王ってことは、この人は……>


結衣はラーツに向かって小さく指を指す。


結衣「もしかしてですけれど、あなたは勇者ですか?」

ラーツ「いかにも!」


腰に手を当てて、胸を張るラーツ。


ラーツ「過酷な修行の旅を経て、ここまでやって来たのだ。荒野で魔物の群れと戦い、伝説の剣を手に入れ……長かったなあ……」

結衣「はあ」

結衣<なんか、お兄ちゃんも同じようなこと言ってたなあ>

ラーツ「君も安心しろ。俺が来たからには、魔王を破滅させてやる!」

結衣「ええ? そ、それはダメです!」


結衣は慌てて両の手の平を向けて、ストップをかける。


結衣<私、何で魔王を庇ってるんだろう。普通は退治してくださいってお願いするものなのに>

結衣<でもあの魔王さん、悪い人じゃない気がするんだよね。手の火傷を心配してくれたし。それに、今はすごく弱ってる>


ラーツ「なぜダメなのだ?」

結衣「それは……魔王は今、体調が悪いんです」

ラーツ「それは好機じゃないかあ!」


ラーツは両目を輝かせる。

再び背中の剣を鞘から抜き、グレルがいる奥に堂々と向ける。


ラーツ「いざ!」

結衣「私の話聞いてました⁈ だからダメですって!」

ラーツ「弱っているのなら、仕留めるには実に良いタイミングじゃないか。なのになぜ止める? ああ、分かったぞ。君もレベルアップをねらっているんだな」

結衣「レベルアップ?」

ラーツ「魔王を倒せば大きくレベルアップできるのは、このガナン=ドゥール国の常識だぞ」


結衣<そういう名前の世界だったんだ!>

結衣<いや、そうじゃなくて……>


結衣「レベルアップなんて目指してませんっ」

ラーツ「それなら俺を邪魔するな」

結衣「待って、待って。あなた、勇者なんですよね? それなのに病人を襲うなんて、すごく卑怯だと思います!」


ラーツ「なっ……ひっ、ひっ」


結衣の一言に、大ショックを受けるラーツ。みるみる顔が赤くなっていく。


ラーツ「俺はべつにそんなつもりじゃ……い、今まで真面目に頑張ってきたし……」

結衣「それは今関係ありません。とにかく、討伐ならまた今度にしてください!」


息子を叱る母のように、腰に手を当ててはっきり言う結衣。ラーツは戸惑いつつも、すんなり引き下がることはできず反論する。


ラーツ「それは無理だ。家族も友人も街の皆も、俺が魔王を倒して帰ってくるのを待っているんだ」

結衣「じゃあ、私を倒してからにしてください!」


とっさに出た言葉に、結衣は自分で驚いて口を押さえる。


結衣<ああ! 何てことを言っちゃってるのよ、私~。さっきから条件反射で受け答えしてる>


ラーツ「貴様、魔王の手下なのか⁈」

結衣「ま、まあ、そんな感じです……」

結衣<言っちゃった以上、突き通すしかない>


結衣「とにかく、ここを黙って通すことはできません!」


結衣はとっさに、手に持っていた温度計をラーツに向かって銃のようにかまえた。

ラーツは見たことなのない武器らしきそれに、剣を構えたまま一、二歩下がる。


ラーツ「何だ、その手に持っている物は?」

結衣「えっとこれはー」

結衣<この世界に温度計はないんだ。ゲームの世界だし。それなら、ありえないウソでも通用するかな>


結衣「これは、伝説のクライシスオンザタイオンケイです」

ラーツ「クライシスオンザタイオンケイ? 聞いたことないぞ!」

結衣「知る人ぞ知る伝説の武器よ。これを持つ者には、いかなる勇者も近づくことはできない……」

ラーツ「なぜ近づけない?」

結衣「え、えーっとそれは……ビームよ! 1メートル以内に近づくと自動的にビームが出て、あなたの心臓を貫くんです」

ラーツ「くっ……何てことだ。ここまで来てこんな強敵が現れるとは……」


歯をぎしぎしさせながら、悔しそうな表情を見せるラーツ。


結衣<信じてくれてるよ、こんな無茶苦茶な設定。もしかしてこの人、意外と単純なのかな……?>


結衣「さあ、どうしますか。これ以上近づけば、あなたの命はありません!」


少しでも動けば撃たれるかもしれないと緊張した面持ちで、温度計を見つめるラーツ。結衣は一瞬でも油断して構えを崩さないよう、手と足に力を込める。

互いに一歩も譲らない緊迫した雰囲気の中、ラーツが先に降参した。目を閉じて静かに息を吐き、それから剣を鞘に戻した。


結衣<諦めてくれた⁈>


ラーツ「君は予定外の存在だ。計画を成功させるためには、今退くのはひとつの手……しかし!」


結衣に向かってびしっと指をさす。


ラーツ「そのクライシスオンザタイオンケイを破壊する方法を見つけ、必ず倒す! それまでさらばだ、魔王の手下・カイゴシよ!」


マントの裾を翻して、走り去っていくラーツ。その後ろ姿を見送って完全に姿が見えなくなると、その場にへたり込む結衣。


結衣「はあ。助かった……あ、そうだ! 魔王さんは?」


             ※


グレルのもとに戻った結衣。

先ほどの騒動などまったく聞こえていなかったようにすやすや眠っている。

その様子に、結衣は胸に手を当てて安堵する。


結衣「よかった。薬はちゃんと効いているみたい」


結衣<あの勇者さんには気の毒だけど、なんとか追い払えたし……まあ、本当は退治されるのがこの世界のシナリオなんだろうけれど>

結衣<私、けっこう勝手なことしちゃってるけど、大丈夫かな。ゲームの世界に悪影響とか及ぼさないよね……>

結衣<まあ、いいっか。苦しんでいるのを放っておくことも、勇者に倒されるのを黙って見ていることもできないし……>


結衣「さてと。起きたら食べ物を胃に入れないと。汗もいっぱいかいているし、水分も欲しいなあ……」


寝台の周囲に何かないか探すが、物ひとつ見当たらない。


結衣<魔王なのに簡素過ぎる! もっとこう、肉丸ごととか大量の酒瓶とか、金銀財宝とかないの⁈>


探すのを諦めると寝台に寄りかかり、腕を組んでじっと考える。


結衣<さっきの勇者さん、街から来たみたいなことを言ってたよね。洞窟の外に出れば、水や食べ物を調達できるかも……よし>


くるりと振り返り、グレルの寝顔に向かってささやく。


結衣「ちょっと街に行ってきますね。すぐ戻ってくるので、待っていてください」


            ※


結衣「いやこれ……無理じゃない⁈」


出口の岩壁にしがみつきながら、断崖絶壁の淵に立っている自分の足元を見つめる結衣。

崖下は夜の空より真っ暗で底が見えない。


結衣「どうやって街まで下りればいいの? ていうか、あの勇者さんはどうやってここまで上ってきたの?」


辺りの景色を見渡しても霧一辺倒で、ただただ不気味さが漂っている。

秘密の迂回ルートや、タクシー代わりになりそうな、例えば気球や飛行船も見当たらない。


まさに、“魔王の巣窟”そのものだ。


結衣<困ったなあ。これじゃあ何も調達できない>

結衣<でも待って。ゲームの世界なら、ここから落ちても案外大丈夫かも? ワープ空間的な? 案外、そのまま街に辿り着けたりして!>


自分で自分の考えに賛同し、ぽんっと手を叩く。


結衣「よし。飛び降りるわよ……私ならできる……できる……」


先に進むと決めたからといって、すぐに恐怖が消え去るわけではない。

胸を叩きながら、繰り返し自分に暗示をかける。

いよいよ壁にくっつけていた体をべりっと剥がし、淵から足先がはみ出る程に身を乗り出す。

結衣はぎゅっと目を閉じて、闇の底に飛び降りた。



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