死んだらそこには……
ーー霧の中の洞窟。
ぽたり。上から落ちてきた雫が、仰向けに倒れている結衣の頬に当たって目が覚める。
結衣「うぅ……」
ゆっくり体を起こしてから、まだぐらついている頭を2度叩く。それから、辺りを見回す。しかし、周囲は暗がりでどんな場所か見当がつかない。
結衣<施設の中……ってわけじゃないみたい。ここはどこ? 外みたいだけれど、じめじめしていて、ちょっと肌寒い>
結衣<ていうか私、制服のままだ>
袖から露わになっている腕をさすりながら、立ち上がる。
どちらが前か後ろかも分からないまま、1歩1歩足の踏み場を確かめながらゆっくり歩き出す。
しばらくすると、壁に掛けられたロウソクの灯りを見つける。そして自分が今いる場所が、ドームのような形状をしていて、ごつごつした岩場らしき場所であることを理解する。
結衣<ここは、トンネル? ううん、どっちかっていうと洞窟みたい>
結衣<えーっと、私死んだ……んだよね。たぶん。もしかして、地獄に来たとか?>
グレル(声のみ)「うぅ……うぅ……」
結衣「ひぃ! な、何の声?」
前方の奥から聞こえてくる不気味なうめき声に、肩がびくりと震える結衣。
ぴたりと足も止まる。
結衣<こ、怖過ぎる……でも、ここで立ち止まってじっとしているのも怖い……>
覚悟を決めた合図のように、口の中に溜めていた唾を飲み込む。そしてロウソクの灯りをつたって、不気味な声が聞こえる方へと向かう。
※
ひらけた場所にたどりついた結衣。その中央で、大理石のように硬く、四角い台の上に目を瞑って横たわる魔王・グレルを発見する。
結衣<く、熊⁈>
叫びそうになる口をとっさにおさえる結衣。
結衣<い、いや、角があるから熊ではないのかな……あの金色は髪の毛? もしかして牛? それにしたって巨大過ぎるでしょ>
結衣<猛獣と遭遇した時って、どうするんだっけ? いや、牛は猛獣じゃないか……>
右往左往しながら、目の前の生物についてあれこれ考える結衣。ある、ひとつの答えを閃く。
結衣<もし、ここが本当にあの世の地獄なら、この謎の生き物はいわゆる閻魔様っていう人なんじゃ……>
しっかり正体を確かめたい結衣は決意する。
眠っている様子のグレルを起こさないようにおそるおそる近づき、自分の何十倍もありそうな巨体を足の先から順に観察する。
結衣<んー……身に着けているのは、鎧? まるで外国の騎士みたいな格好。閻魔様っぽい感じじゃないなあ>
結衣<腕の筋肉もすごい……ちょうどいいマッチョって感じ>
膝に両手をつきながら、のぞきこむようにグレルの顔をまじまじと見つめる。
そこで初めて、グレルが苦しそうに大きく息をしていることや汗をかいていることに気づく。
結衣<ええっ、すごく苦しそうなんだけれど⁈ も、もしかして、熱があるとか?>
体調の悪い人を見ると、熱があるか確かめたくて癖で手が出てしまう結衣。
結衣<絶対に人間じゃないだろうけれど、でも―>
寝台に膝を乗せてさらに近づく。
ぐっしょり濡れている金髪の隙間に見え隠れしている額らしき部位に向かって、右手を伸ばす。
結衣<あと……ちょっと……>
爪の先が髪の毛に触れる。その瞬間、グレルの両目が開かれる。
グレル「触るな……!」
結衣「しゃ、しゃべった!」
結衣は驚くと同時に寝台から滑り落ち、尻餅をつく。
一方、グレルは慌てふためく様子もない。ゆっくり上半身を起こすと、寝台の上からじーっと結衣を睨みつける。
グレル「俺に……触るんじゃない!」
結衣「ひい!」
今まで感じたことのない威圧感と迫力に、ガタガタと震えが止まらない結衣。
結衣<お、怒らせちゃった……私、どうなるの⁈>