第三章(全四章)
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「クビ・・ですか。早い話ーー」
まわりくどい話をされながら柏は派遣会社の担当者から電話で、その通告を受けていた。契約の丁度切れる時、即ち入社から二ヶ月後、その日が柏の最終日となった。
(ひでェよな・・)
遠回しに告げる時ほど厳しい現実が待機する。
「ボクはあんな野郎に負けたんだァ」
牧ノ原にも加藤ちづるにも優しく出来ない、低学歴の唐変木ーー日高譲に結局は、勝てなかったのだ。
受話機を置いた時、解雇理由は理解出来たが、なぜ、もっと更生するチャンスを現場は我に与えてくれなかったか柏に疑問が残っていた。
(ボクは日高より劣ってはいないゾ!)
眼鏡が曇ったので外してみた。そこには悔しいかな涙が溢れ出ていた。柏は泣いていたのだ。
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「実はさァ、牧さんより二週間遅いだけだ」
朝七時五分に立川駅を出る列車にて、柏は日高にそう告げていた。
いずれ知れるであろう事実を彼は通知された翌朝にあえて自ら、決意し、伝えておいた。
「キミには負けた・・仕事も小説も」
「違うーーって、柏氏」
今日の日高はやけに柏に同情的だ。
(きっと他社で日高は解雇を経験したんだろう)
恥をさらす辛さを柏は十二分に味わっている。
「本当の事を言うとね、ボクは大学院卒だ」
少しヤケクソだった。列車は構わず走りだす。もう退社してしまったら、二度と会わないであろう日高に柏はいよいよ本性を表していた。
「すげェじゃん。それは・・」
日高は六割ほどの感動を込め返答していた。
「おまけに兄は国立大学の研究所に勤務しているんだ・・ボクの心の傷を判って貰える?」
「えッ、まぁねーー」
今回の日高は強く出なかった。逆に不気味さだけは増幅してゆく。
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「オレなんか高卒だから逆に負けの連続さ」
その日の夕刻、立川駅そばにあるファスト・フードの店の隅の席で日高は、述べていた。金曜日だったから何となく二人で入店している。
「負けーーって何が?」
柏は老人のように腑抜けた感じで尋ねてきた。
「だから働けば月十万のバイト、時間作って小説を書けば落選、落選また落選の二十代さ。でもね、共同出版決めた作品は昔の落選作だ」
腹の底から笑う日高は自らの下積みを腐した。
「努力ーーって何だろうね」
日高は柏に問うた。
確かにプロになる前に作品は幾らか必要だ。
しかし佳作にも入れない作品を認めるなんて。
「オレは日本に操られてんだよ、大卒によ!」
そのコメントは酔っ払いの口調の様に、日高から発せられていた。
「大卒をそんな目でみるなよ」
思わず反論していた柏がいた。連鎖反応だ。バーガーショップで普通、こんな話は滅多に聞かれない。
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「それだよ! それ。柏氏、アナタ判る?」
素に戻った日高がつっついた。
「アナタが早目に切られなければ、いけない理由・・言いずらいけど”それ”がそうーー」
ひとつ年下の日高に柏はあえて言われていた。
「何が?」
「反論ですよ。柏氏」
「反論?」
要は現場で上司や先輩、社員に対し、何でも反論してしまう癖があると見抜かれていた。
「結局、ここは日本。仕事は仕事。黙って任務だけをこなせばいいだーーって」
日高は経験論を説いた。個性を必要以上に、表さないのが仕事場なのだ。柏は黙っている。
「大学院まで出てると上司の人も使いずらい。更にその反論調で対応されると手間が掛かる。一昨日までの学生は話にならんと評される」
本当の事を日高は述べた。
(この奴、殺してやろうか!)
柏の心は修羅に満ちて堪えるのがやっとであった。
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明けて月曜日、牧ノ原は配置を転換された。次の候補者を現場が探し出せた為であろう。ダレとも話さない牧ノ原は黙々と独り部品をネジで留めている。
一方、柏は別のグループで仕事に追われた。あれ以来、必要な分だけしか日高と言葉を、交わさなくなっている。
その所以は残業が増え帰宅時間が別々に、なってしまった事にあった。退く柏に与う贐か。辞める頃になって稼げるのは派遣社員の常なのだ。
ーーガッツがないなーー
一度だけ、牧ノ原と化粧室で柏は出くわした。
「どうです?調子は」
そう尋ねても牧ノ原はヘナヘナしたままだ。言いたい事も言わずにさっさと去って行く。
(ボクの解雇を知らないからか?)
同じ境遇を生きているのに判り合えないのは残念だと柏は強く感じ始めた。
(ーーとなると日高はボクの解雇を非公開に)
彼の口の堅さに少しだけ柏は信頼を寄せ直した。
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「向き、不向きなんだろうな・・」
部品を取りに行くように指示された柏は独り言を吐いていた。
部品棚にたどり着いた時、自身に対し、この仕事は向いていなかったんだなーーと認めてやれた。又、ようやく認める事が出来ていた。牧ノ原は自分で自分をそう評価し柏は現場に同じように見極められただけの話であった。その日は過去最大のミスを仕事で繰り返した。自身の不器用さを決定的に感じた柏が居た。
ーー死んでる!ーー
残業を済ませた夜道、柏は猫の死骸を見た。車に撥ねられたかまでは判らないが、淋しくその猫は血を吐いて瞳を閉じ横たわっていた。
(猫は自分の最後を飼い主に見せないーーという噂があるが・・)
柏は猫と牧ノ原を当てがてた。
友をひとりも作らずに去って行く牧ノ原が、非常に悲しく映っていた。
よそよそしい彼の顔が猫と一体化して見える。
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「えっ、九州へ帰るの?」
皆が休憩を取る喫煙所にてダレかがちづるの帰郷を告げた。それを知った柏は驚いて更に慌ててしまう。解雇通知から、七日目の朝の出来事であった。とにかく柏は社内中、走り回り日高を探した。
「キミ、どうすんの?」
日高を見付け柏は問うた。問うていながら柏は、なぜ彼の為に自分が働きかけているか判らず自問自答をしていた。
(何してんだ・・ボクは。どうかしてるな)
丁度、柏と同じ頃、ちづるは退社をする。
「音楽教室を開くらしい。いい事だと思うよ」
さりげなく日高はちづるを、ほめておいた。
「もう、これ以上、何も言わないよ」
日高の性格もあったが柏はチャンスが到来し、そう述べておく事が得策と感じて、そう返した。女の幸せと男の夢、二十才代の安月給と若手芸術家を認めない社会・・
(こぼれ球は頂きだ!)
柏は恋の補欠合格を密かに狙い始めていた。
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「日高のこと、愛しているの?」
ちづるが席を離れ部品棚へ向かったのを見て、柏はそれを追いかけ尋ねていた。狙った瞬間でもある。ダレも居ないその一角で彼女は首を縦に振った。
「じゃぁ、どうして帰郷るの?」
「辛いからよ・・一緒に居ると辛いからーー」
柏の目を見ずに彼女は説いていた。
あきらめた女の横顔に柏は哀愁を感じる。
「本当は太郎さんとは何でもないのよ、私」
彼女のその発言は柏を僅かばかり喜ばせた。
「ただ、志を見せたかっただけよ。日高さんのような芸術家らしい生き方を私が出来るか試したいだけ・・実際、経営が上手くいく保証なんて無いもの」
少し涙目のちづるは本音を述べた。
部品棚での会話のやりとりは思ったよりも、明るく人間的だ。
「ーーしばらくは、日高だけ・なんだね・・」
彼女はそうよーーと告げ、涙を拭い、そして笑った。その尋ね方なら柏はフラれた事にならないと安堵して棚上げをした。
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