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前世聖女のかけだし悪女  作者: たちばな立花


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46/66

46.疑惑

 世界が平和になって半年。民の心の支えを失うには短すぎる時間だった。聖女が不幸にもこの世から去って五年。いまだ民の心にはぽっかりと穴が空いていたに違いない。


 多くの者が首都にあるグランツ邸に押しかけた。


 閉ざした門の周りには聖女に救いを求める者たちであふれかえる。広い敷地をぐるりと張り巡らせた高い塀。その正門と裏門の周りには人だかりができている。従者たちが追い返しても追い返しても人のは押し寄せた。


 リリアナはカーテンの隙間から窓の外を見る。


 叫び声は混ざり合い、何を言っているか分からない。しかし、それが聖女を求める声であることは、鈍感なリリアナでも分かっていた。


「罪人の気分だわ」


 リリアナはつい、ため息をもらす。朝食の席でエリオットが当分のあいだ、学院を休むことを聞いた。その理由は簡単だ。門を開けることができないのだ。


 もう一度、寮生活に戻っても、あまり意味はないだろう。学院に行った瞬間に囲まれて質問攻めされることは目に見えている。


 不機嫌そうに食事を摂るエリオットの顔を思いだし、リリアナは肩を落とした。ただでさえ嫌われているのに、リリアナのせいで勉強にも支障がでるなんて。


(本当にタイミングが悪い)


「平和なのに、聖女に何の用があるっていうのよ」


 リリアナは子どものように頬を膨らませた。


 平和な世に聖女の力など必要ない。確かに前世では聖女だったのかもしれない。けれど、今世はただ、聖女と同じ力を持っているだけに過ぎない。


 なにせ世界は平和だし、『穢れ』と呼ばれた病気は蔓延していないのだから。ロフがこうしてリリアナの側にいるあいだは大丈夫だろう。


 昔の彼がどうだったかはわからないが、今の彼からは人間に対する憎悪などは感じられないからだ。


 ミミックが心配そうにリリアナの周りを走り回る。ミミックは人間の世界のことなど何も知らない。純粋にリリアナを心配するミミックに前世で何度救われたことだろう。


「煩わしいようでしたら、全員、追い払いますか?」

「そうしたいのは山々だけど、なんの解決にもなってないからやめておくわ」


 ロフの力を使えば、一瞬で人だかりは消えるだろう。それが魔王の力だったとしても、彼の言うように「人体には影響がない範囲」なのかもしれない。


 しかし、門を開けられれば、エリオットは学院に通うことができるし、屋敷は平和を取り戻す。などという単純なものではない。エリオットが学院に行けば、彼を経由して聖女との繋ぎを作ろうとする者も現われるだろうから。前世のときにも、そういう人間はゼロではなかった。


 一度追い払っても大した意味はない。


 リリアナは腕を組みながらため息をついた。王宮にいたときですら、こんなに人は押し寄せなかったからだ。


 それは王宮の警備や管理が万全だったからなのかもしれないが。


「それよりも、あの人たちはなんでここに集まって来ているの?」

「私の調べでは、興味本位が五割、礼拝が三割、残りの二割は病気の治療のようです」

「病気の治療?」

「ええ、『聖女の雫』を求めているようですね」


 ロフの言葉にリリアナは目を瞬かせた。聖女の雫――それは、 聖女の癒やしの力を閉じ込めたもので、聖女の力を持つ者しか作ることはできない。世界に蔓延した忌まわしき病を治す唯一の薬とされている。


 『穢れ』は正確には病ではない。


 リリアナの心の臓が冷えていくのを感じた。


(まさか、『穢れ』が……?)


 脳裏に過るのは、助けられなかった人の遺体。苦しむ人の顔。目の前の人を治していれば、誰かが泣きながら聖女に縋った。「私の家族を先に」「死んでしまう」「どうか、うちの子を」。


 誰もが聖女に救いを求めた。凍り付いた心臓が荒く波打つ。


「お嬢様? いかがなさいました?」


 ロフが不思議そうに首を傾ける。まるで他人事のような涼しい表情だ。


 全ての根源はこの男だというのに。


 リリアナは思わず彼の服を掴んだ。


「また、『穢れ』を広めるの? なんで? 人間はあなたに何をしたの!?」


 叫び声が広い部屋に響いた。視界の端でミミックが驚き、身を強ばらせる。ロフの表情は変わらない。微かに笑みを浮かべたままだ。


 なぜ、ロフが現われたときに全力で排除しなかったのだろうか。彼は人類にとって、悪でしかない。


 彼の力によって、自身もまた操れていたのだろうか。


 これは、側に置いておけば、どうとでもなると考えたリリアナの怠慢だ。服を握った手が震える。ロフはその手を見て眉尻を下げた。


「お嬢様の質問には、答えることが難しいです」

「……なぜ?」

「私はその『穢れ』というものを知らないのですから」


 リリアナは目を見開いた。


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