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前世聖女のかけだし悪女  作者: たちばな立花


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28/66

28.次なる標的

 カーテンの隙間から日差しが入り込む。寝返りを打ったリリアナの頬に当たった。


 太陽の暖かな光で目が覚めるのはとても心地良い。リリアナは大きなおくびを一つする。


「おはようございます」

「おはよう、ロフ」


 いつからそこに立っていたのか。ロフはベッドの脇で柔やかに挨拶をした。彼は聖女が倒した魔王、らしい。


 前世で見たときは、全然違う姿だったように思える。しかし、彼が魔王だというのだから魔王なのだろう。リリアナの正体に気づいたのが何よりの証拠だった。


 趣味は読書、というと聞こえはいいが、読書を通じて人間らしさを得ようとしている。読めば読むほど、人間ばなれした完璧な執事になっていっていることは、本人には言っていない。


「ご機嫌がよろしゅうございますね」


 ベッドの側には水を張った洗面器が用意されていた。リリアナのために作られた台座の上に乗って顔を洗う。先日、つま先立ちで顔を洗っていた姿を見たロフが作った物だ。


 差し出されたタオルで顔を拭きながら、リリアナは微笑んだ。


「なんかよくわからないけど、うまくいっているの」


 そう、なぜかはよくわからない。父親のルーカスが毎日屋敷にいるようになったのだ。自分の頑張りも多少入っているとは思いたいが、ただ朝食を一緒に摂っただけだ。


 その日のうちに多量の荷物が運び込まれた。そして、ルーカスがこの屋敷の執務室で仕事をするようになったのだ。


 予想していなかったことに、リリアナは驚いた。それ以上に驚いたのは使用人たちだ。屋敷の空気が一気に締まったのは言うまでもない。


 今まで雇用主はほとんど不在で、仕事さえしていれば監視の目がない良い職場だったはずだ。


 たとえ雇用主がおそろしくても数日に一度の短い時間を乗り切れば、気楽に仕事ができる。それが魅力だったに違いない。


「リリアナお嬢様の働きがあってこそですよ」

「そうだといいんだけど、全く何かをした覚えがないんだよね」


 書きかけの手紙、読んでいない本。ルーカスを変えようとした道具はまだ使われていない。


(意味わかんない。でも……)


 リリアナは頬を緩めた。ルーカスはリリアナを見下ろし、名を呼んだのだ。


 頭を撫でたときの彼の目は、どんな目よりも優しかった。


「バタフライエフェクトですよ、きっと」

「バタフライ?」

「ええ、リリアナお嬢様の行ったことは小さな羽ばたきだったのかもしれません、それが大きくなったのです」

「それは、どこの本から得た知識」

「ある学者の講演会の内容を本にしたものです」

「なるほど」


 リリアナは適当に相槌を打った。彼の探究心は飽きることを知らない。夜中に本を読んでいる姿を見たことがあるという使用人がいるから、リリアナが寝ているあいだに本を読んでいるのだろう。


「これで、普通の令嬢生活が楽しめそうですか?」

「まだよ!」


 きっぱりと言い切るリリアナにロフが首を傾げた。


 黒の髪が揺れるのを見ながら、リリアナは腕を組む。


「まだお父様だけだもの! 私の家族はもう一人いるわ!」


 リリアナは目を細め、窓の外を見る。


(そう、もう一人、大切な甥っ子。ううん、お兄様がね!)


 リリアナは聖女の追悼式で会ったエリオットの顔を思い出す。リリアナを見る冷ややかな瞳。父親譲りの青い瞳は、リリアナを映したくないとでもいうかのように拒絶の色を示していた。


 まだ子どもだからか、感情を奥に隠さない分、わかりやすいとも言える。彼は全身でリリアナを嫌っているのだ。


「なるほど。では、どのような作戦で参りますか?」


 ロフが柔らかな目でリリアナの顔を覗き込む。楽しんでいる目だ。こういうことを楽しむ性分なのだろうか。わくわくが隠し切れていない。


 ロフの反応で調子に乗ったリリアナは、腕を組んで考える素振りを見せる。


「お父様のときより手強いのよ。なにせ相手はまったく家に寄りつかないんだもの」


 そう、兄であるエリオットは寮生活だ。王都の貴族用の学院に通っているという。その場所はグランツ邸からだと大きな繁華街を越えて先にある。つまり、馬車での通学は可能な距離だ。そうだというのに、彼は寮生活を選んだ。


 寮に入るのは田舎から出て来た貴族の息子ばかりで、王都に暮らす者はほとんど実家から通う。寮よりも実家の方が快適だからだ。規則ばかり厳しい寮生活は貴族の息子には、少しばかり窮屈だった。


 寮生活をしている者でも長期休暇の際は実家に帰る。しかし、エリオットはその長い休みすら寮で過ごすのだという。ならば、先日の追悼式のようなイベントでもないと機会は訪れない。


「次の機会を待てばいつかお会いできますよ」

「そうなんだけど」


 それがいつなのか分からないのは、もどかしいというものだ。


「何か良い案……。良い案はないかな……」


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