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前世聖女のかけだし悪女  作者: たちばな立花


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21.父と会うためにできること

 ロフは本が好きだ。リリアナの知らないところで本を読んでいるらしい。


 朝から晩までリリアナの世話をする彼のどこにそんな時間があるのだろうか。


 リリアナは屋敷の書庫から選んだ本の一頁目を眺めながらそんなことを考えていた。


 十七で聖女になり、死ぬまでの八年間、聖女として戦い続けた記憶はまだ新しい。本を読んだり勉強するのはあまり得意ではなかった。


 ロフの「本には大抵の答えがございますよ」という言葉を受けて、一冊の本を読み始めた。


 心を閉ざした野良犬と少女のハートフルな小説だ。と、あらすじには書いてある。


(うちには心を閉ざした家族が二人もいるから、参考になると思ったんだけど……)


 一行目を読みながら寝てしまったのだ。


 気づいたら、本を枕にしていた。誰の仕業か、薄手の掛け布団までかかっているではないか。


 冷めきった紅茶を一気に流し込み。二行目を凝視する。


 難しいわけではない。曲がりなりにも前世も令嬢で、家庭教師や兄や義姉に勉強は教えてもらっていた。得意ではなかったが、苦手というわけでもない。ただ、じっとしているよりは体を動かすほうが好きだったのも事実。


 リリアナは目を何度もこすった。


 ちょうどお菓子を手に入ってきた侍女が、その様子を見て、リリアナの手元を覗き込む。


「ロフ様に文字を習ったとはいえ、こちらの本はお嬢様にはまだ少し難しいのではございませんか?」


 侍女は困ったように笑った。たしかに、五才の子どもにはしては単語数も多く、読むのは難しいだろう。しかし、二十五年の知識がこちらにはあるのだ。


 言い返すわけにもいかず、リリアナはわからないと言った風に首を傾げた。


 五才の子どもがどんなものかわからないが、わからないふりをしても許されると学んだ。以来、都合が悪くなるとリリアナは首を傾げるようにしている。


「どうしてその本が読みたいのですか?」

「……犬がかわいいから」

「かわいい犬でしたら、こちらの本もございますよ」


 侍女はリリアナの前に本を並べる。言葉を覚えるために作られた子供向けの本だ。リリアナは頭を横に振った。


 彼女は困ったように眉尻を下げる。下がったときの雰囲気が義姉に似ていてリリアナは好きだった。彼女を困らせないためにも進められた本を読んであげたいのだが、いかんせん、興味がわかないのだ。


「では、わたくしがお読みいたしましょうか?」


 侍女の新しい提案は魅力的だった。自分で読むには一年は使いそうだったからだ。


(そうだ! 読んでもらえばいいんだ!)


「大丈夫! お父様に読んでもらう!」


 リリアナは妙案だと思った。ハートフルな本を二人で読むことでルーカスの心を溶かすのだ。


「ですが、旦那様はお忙しいので本日もおりませんよ」

「夜まで待つわ」


 大切な家族のためだ、睡眠不足は昼寝で補えばいい。


「だめです。夜はきちんと寝るようにと旦那様から言いつけられております」


 使用人たちは皆、ルーカスの味方だ。雇用主は彼なのだから仕方ないとも言える。彼の命でルーカスからリリアナを遠ざけているのではないかというほど、リリアナはルーカスに会えない。


 リリアナは本を抱きかかえた。


 唇を尖らせる。


(まだ五才だから無理はできないし、みんなに止められたら体格的に勝てないしな。聖女の力を使えば……。いやいや、簡単に使うべき力じゃない)


 一度だけ確認のために使った力で魔王ロフが引き寄せられた。次に使ったら、きっともっと面倒事がついてくる。


 そんな予感に頭を横に振った。


「じゃあ、お父様が次帰ってきたら、お願いしてくれる?」

「わたくしがですか?」

「だって、私は寝ないと怒られるんでしょ?」


 侍女は眉尻をこれでもかというほど下げた。よほど、ルーカスがこわいのだろう。


 元々端整な顔だ。昔は柔和な笑みで雰囲気が和らいでいた。人形のように無機質になると、綺麗な顔立ちは冷たさを増す。


(こわくないわけがないか)


 侍女は頭を何度も振った。


「一介の使用人の私が旦那様にお願いなどできません」

「私のお願いだって言ってくれればいいの」


 リリアナは侍女の元に走り、彼女のスカートを握った。彼女は困っている様子だ。一度俯いて目に力を入れる。簡単には涙は出てこない。


 無理やりあくびを出して、うっすら涙目を作った。この数日でわかったこと。大人は子どもの涙には弱い。


 潤んだ瞳で侍女を見上げる。侍女は小さく唸って、身じろいだ。


「お願い……。私、お父様に会いたいの」


 侍女の瞳孔が揺れる。あともうひと押しだ。


「私、寂しいの……」


 計画のためならば、これくらいのこと恥ずかしくはない。


 気分は大女優だ。あくびだけで出した涙。これ以上は出ないので、顔をスカートに押し付けた。


「わ、わかりました……。お嬢様のためにがんばります」


 侍女は観念したかのように、か細い声で言った。


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