(2)リクエストはルミナスエビ
ルージェリアは、回復魔法のエキスパート――聖女だ。どこの世界でも専門職やら資格持ちというのは重宝されるらしく、彼女は多くの国民たちから頼られ、人望も厚かった。
だがこの聖女。異世界生活の中で、何かと俺を目の敵にしてきた。理由は、俺の料理に回復とバフの効果があったから。
俺の料理を食べた者は、たちまち怪我が治り、元の120パーセントの力が出せるようになる。まあ、緊迫した場面で優雅に飯を食う奴なんていないので、そこはルージェリアの魔法と住み分けができるはずなのだが、聖女様は能力被りが嫌で仕方なかったらしい。
(いつも仕方なく食べてやってるって言ってたもんな。なのに、なんで来たんだろうな)
俺は首を傾げながら、冷蔵庫を開く。考えても分からないのだから、さっさと飯を食わせて帰ってもらうしかない。
しかし、料理人を諦めて以来、料理らしい料理などしていない。ましてや、転職先は残業がデフォルトのブラック企業。まともに買い物をする時間すらなかった。
「まあ! なんてひもじい食料庫!」
ルージェリアが冷蔵庫を開けて絶句しているが、俺は否定できずに「まぁな」と脱力気味に頷いた。
「玉ねぎ1個とナス1本。冷凍してたミンチの残りと、米」
主に「混ぜて炒めるだけ」という市販のソースで麻婆茄子を作った残りの食材だ。いったい、これらで何を作ろうか。
「食いたいもんあるか? ルージェリア」
「では、ルミナスエビの海鮮チャーハンを」
「どこにルミナスエビがいるように見えるんだ。海鮮要素は皆無だ。お前の目は節穴か」
「……場を和ませようと思っただけですっ!」
ぷんっと怒った様子で唇を尖らせるルージェリア。柄にもないことをしたからか、耳まで真っ赤になっている。
「恥ずかしいんなら言うなよ。らしくないから、びっくりしたわ」
「だって……。レンジがレンジらしくないんですもの!」
「え……」
綺麗な碧眼を潤ませるルージェリアの真っ直ぐな視線に、俺は大いに戸惑った。
俺の中のルージェリアは、何かと突っかかってくるじゃじゃ馬聖女であり、身近な喧嘩相手のような存在だったのだ。無論、彼女の涙など初めて見た。
「おいっ。なんで泣くんだだよ?! 」
「泣いてません! これは玉ねぎのせいです……っ!」
「まだ1ミリも刻んでねぇし……!」
俺がおどおどしている内に、ルージェリアは上を向き、高速まばたきで涙を消し去った。そして、再び高飛車な態度に戻り――。
「この罪深き玉ねぎを料理に昇華させなさい! 分かりましたわね!」
仁王立ちで高らかに叫ぶ聖女を見て、俺は「冤罪だ」と、気の毒な玉ねぎを我が子のように抱きしめた。
◇◇◇
「玉ねぎなぁ……」
せっかくと言うべきか悩ましいが、ルージェリアが異世界から来てくれたのだ。スキル【米召喚】で無双をしていた俺としては、ぜひ米に合う料理、もしくは米料理を作りたいところだ。
(異世界でどんな飯作ってたっけ……)
社蓄リーマンになってからは、すっかり異世界の生活を思い出す機会がなくなっていたことに気がついた。あれほど楽しい時間だったのいうのに――。
(料理が絡んでるせい、だよな。多分)
俺は少しだけ、こちらの世界で料理人をしていたつらい記憶を思い出し、そしてソレを打ち消すようにして、異世界の記憶を引っ張り出す。
貴族や王族に特別な料理を振る舞うこともあったが、普段は仲間たちと愉快に卓を囲んでいた。
傭兵のキース、商人のアイザック、元王宮メイドのフィル、そして聖女のルージェリア。ルミナス王国の未来について真剣に語り合ったかと思えば、酒場のあの子が彼氏と別れてフリーらしいとか、王子が婚約破棄する方に金貨1枚賭ける……みたいな俗な話で盛り上がるような仲間たちだった。
彼らは、いつも俺の料理を笑顔で完食してくれた。
キースと二人旅を始めたばかりの頃に作った塩おむすび。アイザックから仕入れた肉で作ったローストビーフ丼。スイーツ好きのフィルのために作ったおはぎ。
そして――。
「キーマカレーだ……」
出会った時は敵対していたルージェリアに一泡吹かせてやろうと思って作った、ちょっと辛めのキーマカレー。ルージェリアの髪と同じ色の食用花のピクルスを添えて、「お前のためのカレーだぜ」と言って、騙すように食べさせた一品だ。
あの時のルージェリアは、初めて味わうスパイスの辛味に涙目になりながらも、最後まで完食していた。
以来、彼女はカレーという食べ物自体にハマったらしく、事ある毎に「カレーが食べたいですわ」とリクエストしてきていたではないか。
(俺のバカ野郎。仲間との大事な思い出、忘れてんじゃねぇよ)
俺は、何がルミナスエビの海鮮チャーハンだよ……と、唇を噛み締めながら、ルージェリアに視線を向けた。ルージェリアは、興味津々にテレビのチャンネルを回しているので、俺が見ていることには気がついていない様子だ。
(俺がしょぼくれたリーマンになってて、遠慮でもしたのかよ……?! 見てろ。お前の大好きなカレー作ってやるから!)
自分への情けなさと悔しさをルージェリアのためのカレーに向けることにした俺は、タオルをバンダナのようにギュッと巻いて気合を入れた。
「っし! 作るぞ、キーマカレー!」
「なんですの。そのダサい頭は」
テレビのCM中だからか、ルージェリアの冷ややかな視線が俺に注がれていた。
「うるせぇ。日本人はみんなやるんだよ」
やらねぇけど。