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(1)聖女がウチにやって来る

三話で完結の短編です。

恋愛要素は、ふわっとした片思いです。

「レンジ、わたくしをもてなす食事を作りなさい!」


 金曜日の夜11時。

 俺、荒川蓮司28歳は、部屋にズカズカと土足で上がり込んできた女を見て、一瞬言葉を失った。

 言っておくが、彼女が薄紫色の髪に碧眼の美女で、ゲームの聖職者のような衣服を着ているから驚いたわけではない。美女が俺の顔見知りだったからこそ、とんでもなく驚いたのだ。


「ルージェリア……? なんで日本にいるんだよ」

「レンジにできたことが、わたくしにできないわけがありませんわ! 王国一の聖女ともなれば、異世界転移くらいちょろいですわ!」


(いや、ちょろいわけねぇだろ)


 俺がそう思った理由は、目の前にいる聖女ことルージェリアが、日本とは異なる世界の住人だからだ。

 驚くべきことに、俺は二年前神様なる存在に選ばれて、ゲームのような異世界、ルミナス王国に異世界転移した。

 神様からは、「王国で起こる厄災を止めないと、日本に帰さない」という理不尽な条件を突き付けられ、しかもスキル【米召喚】――生米を亜空間から取り出し放題という意味不明なスキルを授かった。

 ハズレスキルでどうにかできるなんて、ラノベじゃあるまいし……と、途方に暮れていた俺だったが、これが存外どうにかなったのである。


 元々得意だった料理と【米召喚】を組み合わせて、俺は米を使った料理をじゃんじゃん作った。

 ルミナス王国はパン食の国だったので、米がたいそう珍しかったらしい。おむすびに牛丼、チャーハンにパエリア、ちらし寿司に鯖味噌定食……。あらゆる料理が大ヒットし、村のお祭りを盛り上げ、貴族の仲たがいを治め、教会の陰謀を暴き、国王の食欲不振も改善させ、ついに俺は世界戦争の危機を回避させることに成功した。そして王国を平和に導いた俺は、【無双の料理人】と呼ばれ、惜しまれながら日本に帰還したのだった。

 ルージェリアは、そんな俺の異世界ライフの中で知り合った聖女様。まぁ、旅の仲間の一人だったわけだ。


「俺は壮絶な条件をクリアして、やっと神様に転移させてもらったんだ。それをお前……」

「相変わらず小さい男ですわね。わたくしが神を凌駕して、何か問題でも?」

「問題はないけど、反感はある」


 とりあえず、凶器のように鋭いヒールのブーツを脱がせて、ルージェリアをローテーブルの前に座らせたのだが、聖女様は家賃激安アパートが似合わなさすぎて困る。まるで俺が、デリヘル嬢にコスプレをさせているかのような絵になっているではないか。


「で、何しに来たんだよ。俺にそんなに会いたかったのか」

「ば、馬鹿をおっしゃい! ちょっとだけ、貴方のいる日本という国を見てみたくなっただけです。わたくしのような高貴な者が、わざわざ貴方に会いに来るわけがないでしょう!」

「まぁ、そうだよな。ルージェリア、人気者だし、忙しいもんなぁ」


 俺があっさりと頷くと、ルージェリアはなぜか金魚のように口をパクパクさせていたが、理由は分からない。

 そして、しばらくのパクパクの後に、ルージェリアはようやく言葉を発した。


「わたくし、お腹が空きましたの。早く料理をお出しなさい。貴方、日本で料理人になると言っていたでしょう?」


 二年前の俺なら「偉ぶるんじゃねぇ」と言い返すところだったが、残念ながら、今日は決まり悪く沈黙してしまった。

 なぜなら、俺は現在料理人ではなく、ブラック企業に勤める社蓄リーマンをしているからだ。


「俺、料理人辞めたんだわ……」

「あら、料理人を辞めて料理長に?」


 バカ野郎と叫ぶ気力もない。

 異世界で料理人として無双していたのは、それこそ夢のような時間だったのだ。

 日本に帰って来た俺は、自分の料理の才能を信じて米料理専門店を開いた。元々必要な資格は持っていたので、それ自体はスムーズだったのだが、その後はまるでダメだった。


「異世界で上手くいったからって、調子に乗るんじゃなかった……って感じだな。俺には平々凡々な技術と才能しかなくて、日本じゃまったく通用しなかった」

「なんだか、ルミナス王国の民の味覚が稚拙と言われているようで不快ですわ」

「嫌味じゃねぇって。ま、米珍しさ補正が効いてたんだろうな」


 現代知識無双を経験して、俺はとんだ勘違い野郎になってしまったのだ。

 来店したお客が再来することはなく、クチコミサイトには「普通の味」、「期待はずれ」、「素人に毛が生えたレベル」と酷評を並べられ、どんどん経営は苦しくなった。 お客ゼロ人の日もザラにあり、夢がしぼんで借金が膨らむという、吐き気がするような日々を送っていた――。


「俺の料理なんて、大して旨くねぇんだって気づいてさ。今は、しがないサラリーマンだ。借金も返さないといけないし」


 しかも、「サビ残休日出勤有休取れない」がデフォルトのブラック企業しか拾ってくれなかった……ということは、惨めすぎるので、心の中でひっそりと付け加えておく。


 俺は、「めっちゃ疲れてるから、寝させてくれ。せっかく早めに帰れたんだ」とボヤくように言った。

 目の前のルージェリアは、きっと疲れすぎた俺が生み出した幻覚だろう。「異世界に帰りたい」と、強く願うばかりに、俺は激しく現実逃避をしているに違いない。だから、寝たらルージェリアは消えているはずだ。


「じゃあな。ルージェリア」

「ちょっ! じゃあな、じゃないですわ! わたくしを放置して寝入るなんて、王国中の信者が許しませんことよ! 起きなさい!」


 ルージェリアはキーキー声を出しながら、ベッドに潜り込もうとした俺を軽々と引っ張り出した。仲間だったので知ってはいたが、物理職くらい腕力があるなんて、恐ろしい聖女だ。


「食事を食べてから寝なさい! 餓死しますわよ!」


 それ、俺が作って、君も食べる気満々ですよね、 という不満を言わせぬ気迫がルージェリアにはあった。

 こうして、俺は謎に異世界転移してきた聖女に飯を作ることになったのだった。


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