暫定順位
翼で巻き起こした暴風と共に巨鳥は大根のように太い脚で鉤爪をこちらに差し向ける。
その瞬間アソールは龍化し、鉤爪を鉤爪で受け止めて競り合う形になる。
「やっぱりこうなるかッ!二人とも、アソールを護るんだ!」
「言われなくてもッスよ!」
「ショウ、テメーはァ!?」
「俺はボウモアに用がある!」
俺はアソールが動きを止めた巨鳥の脇を通り抜け、涼しい顔をして様子を見守るボウモアへ突進する。
「聞いてなかったのかしら?この身体はアタシ本体じゃ───」
「そんなことはわかってる!」俺は彼女の手首をがっちりと掴んだ。
「こんなことしたって何にもならないわよ」
「どうかな─────」
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「はあ…………ここは法廷じゃないんだよ、翔太郎」
真っ黒に塗りつぶされた背景、そして無限に続く白いテーブルクロスと燭台。小憎たらしい超越者は相変わらずそこにいた。
「上手くいったみたいだな」
「何が上手くいっただよ。前回は事故みたいなものだったけれど、今回は君ってば意図的に僕の空間へ入るために彼女を利用しちゃいないか?」クレイグは不機嫌そうに言った。
「使えるものはなんだって使うのが人間なんだ。俺たちよりも上位の存在だったらこれくらい笑って許せよ」
「いいや、全く承服しかねるね。いいかい?何度も言ってるけれど君は物語なんだ。君が読んだことがある小説の内容に著者が登場したことはあるかい?ないだろう?そんな演出は興醒めさ」
"著者"という言葉を聞いて一瞬納得しかけたが、見当違いも甚だしいと思った。確かに俺という存在を用意したのはクレイグ本人だが、物語を紡いでいるのは俺自身だ。お前はただの"読者"じゃないか。
「……こうでもしないとゆっくり話もできないからな。なあ、ボウモア」俺は憤りを抑え、正面に座る女へ視線を移した。
「紐付きの混線を意図的に狙って…………大したものね」
「そろそろ教えてくれよ、お前達の目的を」
「─────いいわ、お父様はお許しにならないかもしれないけど、貴方の力を貸してもらうためには必要なことかもしれないわね」落ち着き払った口調でボウモアは言った。
意外にもここへクレイグは言葉を差し挟まなかった。
「アタシ達は人間になろうとしているだけ」
「人間になるだって?」
聞き覚えがある言葉だった。龍涎浜で初めてロイグと対峙した時に言っていた言葉だ。
「そう、正確には今の人間と同じになると言った方が正しいかしら」
「"正確には"と言ったわりに抽象的だな。具体的にどうするつもりだ」
「人間は産まれた瞬間から祝福され、自らの種以外の生き物を利用して生きているわ。でもアタシ達はそれを傲慢とは思わない。ただ単に最も生物として優れているから、最も自由に振る舞うことが出来ているだけ。暫定順位が第一位なだけなのよ」とボウモアは言った。
「暫定順位……つまりお前達はその一位を狙っているってことなのか?」
「その通りよ。貴方達だって他の動植物を自由に出来るだけの知恵と力があるからこそ、それらを自分達の都合がいいように利用しているわけじゃない?同じことをしようとしているだけよ」
俺は若い頃、今まさにボウモアが言ったようなことを考えて眠れなくなったことがある。
市井に生きる人間達は、ほとんど全くと言っていいほどに罪の意識無く暮らしている。例えばスーパーに陳列された鶏肉や豚肉が、自分とは別の種の生命を冒涜した上に成り立っているなどとは到底意識しない。もちろん俺自身もそうだ。
その行いを是とするなら、人間の身体能力や知能を超える人喰いの生き物が誕生して地球を席巻し、今の俺たちと同じように食用人間の畜産、つまり"人間ブロイラー"みたいなことを始めたら、自分達も過去にしてきたことだからと諦めがつくだろうか。
──────いいや、否だ。
恐らく自分を含めた全ての人間はそれを批難し、抵抗するはずだ。多くの人間が幼少期に学校の授業や両親から教育される基本的な道徳は、種が隔てられると簡単に矛盾する。
こうした人間が作り出した綺麗事で包装されている辻褄が合わない本質に対して、随分前に俺はこう結論を出していた。
「ボウモア、前提から違う。人間は傲慢だ、これ以上無いくらいにな。他の種に対してはひたすら利己的に、自分勝手に生きることしか出来ない。もうとっくに人間の手は血塗れで今更引き返せないところまで来てしまっている、開き直るしか筋を通せない。だから人間は、俺は許さない、人間以外が一位をとることをな。そして人間と同じことをしようとしているお前らも同様に傲慢だ。より傲慢な方が暫定順位一位になる、それだけだ」
「…………へえ、驚いたわ。尤もらしい理由をつけてアタシ達を糾弾するのかと思ったわ。貴方それでも人間?」
「これでも人間だよ。だだ人間の中に居てこんなことを言うと決まりが悪いから言わないだけだ。ここには幸い俺しか人間がいないからな」
「そう……でも筋が通ろうと通らなかろうと、アタシ達にとってはどっちだろうと同じこと。抵抗するなら力づくで押さえつけるだけよ。貴方達と同じやり方ね」
「ハハハハハハッ!面白っ!面白いよ君達!さっきは興醒めだなんて言ったけれど、見世物としてはなかなか」
笑い転げるクレイグを無視して俺は話を続ける。
「ボウモア、俺に協力して欲しいんじゃなかったのか?」
「貴方は"計画"の要、必ず協力してもらうわ。と言うより貴方の方からアタシ達に協力したくなると言った方がいいかしら……フフフ」
「計画……一体何を企んでいる?」
「そのうち解るわよ」ボウモアは不敵な笑みを作った。
「僕としては君達が喋喋喃喃とお喋りをしているところを見続けるのも吝かではないんだけれど、ここは君達がそう何度も足を踏み入れていい場所じゃないんだ。だからそろそろ帰ってくれないかな、君達の次元へ」クレイグはこちらに向けて掌を開いた。
意識が途切れる間際も、ボウモアはただただその三日月型に怪しく歪んだ目で俺を見ていた。