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捕食者の嘴

 

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 数時間後の俺はサルとドロナックと共に、龍化したアソールの背中から荒涼とした平野を見下ろしながら風を切っていた。


 エディンビアよりもさらに南を目指して─────


 俺の目的は勿論ブレアを見つけることだが、今回表向き課せられた仕事はダルモアから言付かった葡萄酒樽の回収である。


 海に面したエディンビアよりも南西の内陸部に『ギリー』という小さな農村がある。そこでは葡萄の栽培と醸造が盛んに行われていて、ダルモアが寵愛する葡萄酒銘柄のひとつを製造している。村ごと彼の抱える雇用に含まれているらしい。


 どうしてアソールに頼ることになったかと言うと、単純にキャメロンはギリーへ行ったことがないからだ。だからこうして最寄りの地点まで送ってもらい、空の旅をしているという訳だ。


 彼女の魔法は"座標"を用いて転移するため、一度実際にその場へ行かねば座標を認識出来ず、転移することが出来ないらしい。ただし例外として追放刻印を付与された者が居る座標は常にわかるようになっている。つまり俺がこの国を歩き回れば歩き回るほど、彼女の転移先可能なポイントは増えるのだ。



 《色気のない景色だな》魔法力を込めて俺はアソールの背中に手を当てた。


 《なんか岩ばっかでつまんないし、目印がないからちゃんと飛べてるか心配になっちゃう。ショウさん、今あたしが飛んでる方角あってる?》とアソール。


 《ああ、大丈夫だ。このまま真っ直ぐ飛んでくれたら問題ない》手元の方位磁針へ視線を移して俺は答える。


 後ろへ目をやると、アソールの背中に乗った時から表情筋が緩んだままになっている男が一人。姿が龍だろうがなんだろうが関係ないこの男の徹底した女好きには恐れ入る。その一つ後ろには、彫金魔法によってアソールの身体に自分自身を縛り付けてまで眠っている男が一人。


 そういえばあの丘でアソールに初めて会った時もこうして背に乗せてもらったっけ。アソールの飛行は自動車みたいに速くて鋭い。対照的にブレアの飛行には速さはないけれど、ゆったり水面に浮かぶ船みたいな心地良さがあった気がする。


 《アソール、そろそろ一時間になる。休憩しよう》と俺は提案した。


 彼女は拓けた岩場に照準をつけ、大きくゆっくりと旋回しながら高度を落としていった。





「お疲れ様、アソール」俺は背嚢から水筒を取り出して彼女に手渡した。


「ありがと~っ!喉乾いてたんだよね」


「飛行速度から計算しても、もう半分以上来てるはずだな」


「え~っ!もうアソールちゃんの背中に乗る時間終わりッスか!?」ドロナックは心底悲しそうな顔をした。


「お前なあ……」


「いつかのショウさんみたいなこと言うね、ドロっち」


「え?ショウく────」


「あー!!よし、向こうに着いた後のことを話しておこうか!」ドロナックの声を掻き消すように俺は言った。


「ショウさんって結構中身オジサンだよ、ドロっち」意地悪そうにアソールは笑った。


「ショウくん、むっつりスケベはダサいッスよ」ドロナックは肩を竦めた。


「俺はお前と違って自制が効いてるだけだ!」我ながら苦し紛れだと思った。


 その時だった。サルが頭上を見上げ、固まっていた。


「どうした、サル」


「なんだありャ」人差し指をサルは真上に向ける。


 その先には一匹の鳥が旋回していた。


「ただの鳥じゃないか」


「いや、ありャでけェぞ。それに─────誰か乗っていやがる」


 サルに続いて俺も顎を上げて目を凝らすが、遠すぎてよく分からない。


「よく見えないッスけど、確かにあの鳥はデカそうッスよ」


 翼を左右に広げ優雅に旋回するその鳥類はやがて翼を折りたたんだ。


「え。なんか向かってきてない?」とアソール。


 彼女の言うように次第にこちらへ向かってきているように見える。


 鳥と自分の距離が近くなるにつれて理解する。空間認識能力に優れたサルが警戒した通り、その体躯は相当に大きいことを。


 そして、俺はやっとその巨大な猛禽類と思しき鳥の背に乗っている()を視認するに至った。


「みんな立てッ!!」俺は怒鳴り散らすように他の三人に警戒を促す。


 落下するように空から滑り降りてきた巨鳥は地表付近でまた大きく翼を広げて急制動をかけた。


「─────あらあら、見覚えのある色だと思ったわ。お久しぶりね」背に乗った女は鳥から降りて艶っぽい声で言った。


「だ、だれ?」頭上に疑問符が浮かぶアソール。


 すらりと延びた漆黒の手脚、紫紺の髪、つり上がった目の輪郭の内側に金色の瞳が光る。


「あら、可愛いボウヤね……お姉さんと一緒に来る?可愛がってあげるわよ?」ボウモアはドロナックに向かって言った。


「なんななななんスかこのえっちなお姉さんは!俺の敵じゃないッスよね?違うッスよね!?ショウくん!」祈るような面持ちでドロナックは俺を見る。


 "役不足だ"という意味合い以外でこの言葉が紡がれたのを初めて耳にしたかもしれない。


「ドロナック、正直な鼻の下をそろそろ元に戻した方がいい。残念だけどこの女はトラッドの、お前の敵だよ」


「ンもぅ、つれないわねえ。お久しぶりね、()()()。キャンベルではアタシのペットがお世話になったわ」


「キャンベル……まさかこいつっ!」遅まきながらアソールは闘志を感じさせる眼差しになった。


「そうだ、君らが戦った馬鹿げた大きさのシーズを作り出した怪人だ。どうしてこんな場所へのこのこ姿を現す?逃げ切れるつもりか、ボウモア」


「逃げる?どうして?」ボウモアは嘲笑する。


 情報を引き出すのもいいが、前回逃げられた時は後手を踏んだからだ。今回はこちらから先手を打つ。


「ドロナック、斬れッ!」


 ドロナックは俺の言葉に機敏に反応、目の前の人ならざる者を疾風の如く袈裟斬りにした。


「ううっ、ひどいッスよショウくん……えっちなお姉さんがぁ……」がっくりと肩を落とすドロナック。


 その割には情け容赦ない太刀筋だった。てっきり『女は斬れない』なんて生易しいことを言うかと思ったが、俺が理解している以上にドロナックの分別は明確なようだ。


「フフフ……大丈夫よ、ボウヤ」両断されたはずのボウモアの身体はすぐにまたひとつにまとまった。


「な……っ」


「これは殆ど質量を持たないアタシの肉人形。いくら攻撃しても無駄よ。貴方のお姉さんを探してるの、心当たりないかしら?」ボウモアはアソールの方へ向き直った。


「知ってても教えるわけないでしょっ!!」アソールは歯茎を剥き出しにして威嚇した。


 奇妙だと思った。ボウモアがブレアを探しているというのはどういう理由からだろうか。


 アソールは一度ロイグとボウモアによって奪われた。恐らくだが、その後あの納骨堂(カタコンベ)にブレアを安置したのもこいつら自身のはずだ。自分から人質を手放したにもかかわらず、何故今更探す必要があるのか、俺には見当もつかない。


「可愛くない娘ね……」ボウモアは傍らの巨鳥に顎で指示を出した。


 巨鳥は捕食者の(いかめ)しい瞳と、先端がへし曲がった嘴をこちらへ向けた。

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