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更生のすゝめ

 


「─────で、なんでこんな隅っこに来たんスか?」


 俺はドロナックを連れて四、五メートルはあろうかという城壁の側方へ回り込んだ。


「ここは要塞として機能していたんだろ?戦争の事はよく知らないけど、これだけ堅牢で高い城壁があれば、ここを襲う者は水上からでなければ正面の入口を攻めることになるだろう」


 日本の戦国時代、将が城を築く際に最も重要なことは敵がどこから攻めてくるかを明らかにしておくことだったと聞いたことがある。険しい山を背にしたり、谷や湖などで物理的に侵攻を阻んだり、時には恣意的に脆弱性を持たせた箇所を用意したりして、敵が攻めてくる方角を縛ることによって防衛力を高めた。


「当然要塞側もそれに対応する仕組みを持っていたはず。馬鹿正直に正面から入っていくと、トラップが用意されているかもしれない。賊がそれを再利用しているなんて、有りそうな話だろ」


「ショウくんってもしかして天才?」


 こいつは軽々に俺を褒めてくれるから好きだ。


「いやいや、それが思い当たったところで、結局この高い壁に阻まれるんだから意味が無いんだよ。ただし、岩を斬れる男と友達じゃ無ければの話だけどね」


「なるほどなるほど、良かったッスねぇ!岩を斬れる男と友達で!」


 したり顔で抜刀した男は城壁の一部を豆腐かバターのように容易く正方形に切り抜いた。


「─────あ?」切り裂かれた壁の向こうに居た男が首だけでこちらを振り返り、あんぐりと口を開けていた。


「何やってんだお前……」衣服の上からでもわかるくらいに背骨がごつごつと浮き出た背中を見つめて俺は言った。


「あー!アニキィ!!」


「バカ野郎静かにしろッ!」サルは囁くように怒鳴りつけた。


「す、すいませんッス……」


 ここから潜入城内へして、設置されているかもしれない罠を避けて内部を探索する予定だったが、なんと偶然にも壁の向こう側は牢獄だった。いとも容易く探し物は見つかった、ただし()()だけ。


「サル、アソールはどうした?」石の部屋を見渡して俺はサルに質問した。


「あいつァ逃がした、ここにはいねェ」とサルは答えた。


 木製の手枷によって拘束されているサルをドロナックが解放した。


「お前その左足……」


 コットペルの闘技場で欠損したサルの左足は、彼の彫金魔法によって造られた義足に代えられていたはずだが、それが無くなっていた。


「テメーを狙う奴がいる……そいつと交戦した時に失くした」


 集合場所に現れた暗殺者のことだ。


「そうか、とにかく見つからないうちにここを出るか」俺はサルに手を差し伸べ、肩を貸してやった。


「─────それは困るな」牢獄の扉の窓から何者かの目がこちらを見ている。


「誰ッスか?」


 石の引き戸にかけられていた錠前が解錠され、扉が開いていく。


「お前こそ誰だ、若造」無精髭を生やした男は言った。


「あれえ、俺って結構有名人だと思ってたんスけど……ドロナックって言うんだけど知らないッス?」


「ドロナック?そりゃ番号持ち(ホルダー)のか?カハハハッ!嘘を吐くならもっとマシなことを言え、お前みたいなコゾーが国選魔導士なわけがないだろう」


「借りるぞ」俺の腰にぶら下げた剣をサルは勝手に引き抜いた。


 すると刀身の半分はどろどろに溶けて分離し、サルの左足に巻き付いて義足が生成された。


「あっ、おい!」


「酷い剣だな、ろくな鋼を使ってねェ」


 サルはいつもの素早い身のこなしを取り戻し、扉の向こうの男の懐に潜り込んで男の水月に固めた右をぶち込んだ。


「あぐッ!?」


 たまらず()の字に折れ曲がった身体の背後に回り込み、サルはダガーのように短くなった剣を喉元に突きつける。


「誰の差し金だァ?言え」


「げほ……っ……や、やめろ、殺すな」歯茎を剥き出しにして男は訴えた。


「正直に話せば殺しはしねェ」


「さッすがアニキ、シブいッス」


「し、信じて欲しいんだが、別にとぼけているわけじゃねぇ!本当にあんたが何を言ってるかわからねぇんだ」先程の威勢はどこかへ消え失せ、男は必死に訴える。


「俺達はフォールドカークで手練の刺客に襲われた、なんとかそいつは片付けたが────」


「待て」話をさえぎったのはサルだった。


「なんだよ、サル」


「片付けただと?ショウ、あンたがか?」


「アニキ、すごかったッスよショウくん!俺が身動きを封じられている間にサパーッとやっちゃったんスから!」


「だからあれは俺一人の手柄じゃないって言っただろ」


「相変わらず底知れねェやつだなァ……」サルの顔に驚きの色が広がった。


「なあおい、もういいだろ、俺は何も知らないんだ!あんた達が言う刺客のことも知らない!」と男は喚き散らした。


「じャあ何で俺達を攫おうとした?」サルは再び男に視線を移し、脅すように言った。


「そ、それは……あんたらここ数日、この辺りで女を探してただろ?蒼い髪の。そいつに獲物を横取りされたからだよ」と男は話した。


「なんだって!?」


 俺達がここ数日探していた蒼い髪の女、それは紛れもなくブレアの事ではないのか。


 俺はゆっくり男に近づき、サルに「放してやってくれ」と頼んだ。男の喉元に突きつけられていた短刀はゆっくりと退いていく。


「聞かせてくれ、その女のことを」


「話せば見逃してくれるんだな?」


「もちろんだ」


「わかった────見ての通り俺達はこのあたりをシマにしている盗賊だ。二日前、俺達はいつもの手筈でエディンビアの路地を通る旅行客を襲って荷物を巻き上げた。蒼みがかった髪の女に会ったのはその戦利品を持ってここへ戻る途中だ」


「そいつはどんな服装だった?」


「薄汚れたローブ……いや、ぼろ布を身体に巻き付けていたな」


 ブレアは病室から逃走する際にベッドのシーツを纏っていた。未だにそんな格好でどこかを彷徨いていることが俺には信じられなかった。


「それで、どうなった」


「恐ろしく強い女で、俺達はその時七人で行動していたが、全員一瞬で昏倒させられちまったんだ。目を覚ました時にはシノギで手に入れた荷物だけがなくなっていた。俺達みたいなもんはナメられるようになったら終わりだ、もちろん機会があれば報復するつもりでいたさ。そんな時、あんたらがそこらじゅうで俺達が探してる女と同じ女を探し回ってるのを見掛けたのさ」


「それで俺達を攫えばその女を誘き出せると思ったわけか」


「ああ」男は頷いた。


「えっ、じゃああの磁石人間とこいつらは全然関係無いってことッスか?」


「そのようだな」


 どうやら俺は一つ勘違いをしていたみたいだった。刺客からの襲撃と誘拐が同時期に起きたため、同一勢力の仕業と決めてかかっていたがそうではないらしい。


 しかし、いくら相手が盗賊であろうがそんなに荒っぽいことをするのは少し彼女らしくないとも思った。


「なあ、もういいだろ。約束通り全部正直に話した、だから帰ってくれ」と男は震えた声で言った。


「約束は守る。あんたはこの盗賊団の頭領か?」


「い、いや俺は牢屋番の下っ端だ、お頭は他の連中と一緒に向こうにいる」無精髭の男は真後ろを親指で示した。


「なるほど、教えてくれてありがとう。この盗賊団は今日で解散する。なぜなら構成員が一人もいなくなるからだ」


「や、約束が違うじゃねえか!」


 ブレアに関する有力な情報を与えてくれたから約束は守る。ただし犯罪者集団を見つけたからには潰しておかねば、今度は俺達が良心の呵責を受けることになる。


「あんたがさっき小僧だと笑ったやつは本当に番号持ち(ホルダー)だ。そこの壁をくり抜いたのもこの男だ、こんな芸当がそこらの若者に出来ると思うか?これからドロナックが大暴れして、この城中の盗賊を叩き伏せて牢にぶち込むだろう」


「正義の味方としては見逃せないッスねえ」ドロナックはニヤついた顔で言った。


「でも()()()()()()()()にはそんなことしないよな、ドロナック」


「そりゃーもちろんッスよ」


「くっ、見逃すってそういう……俺に足を洗えと言いてえのか」


「そうだ。そこの穴から外へ出て盗み以外のことを生業にするか、城の中へ戻って暗い地下室に幽閉されるか、どっちを選ぶ」俺は男の正面から脇へ退いて選択を迫った。


 男は少しだけ考えたあと、穴へ向かってゆっくりと歩んで行き、外へ出る直前に一度こちらへ振り向いた。


「次に会った時、まだ小狡いことをしてやがったら今度こそ牢獄行きだからな」と男の背中に俺は釘を刺す。


 男には身を屈めて穴を潜り、どこかへ消えた。


「────随分とお優しいこッて」呆れ顔でサルはため息をついた。


「盗みを繰り返す人間の中にも、案外更生する奴もいるって知ってるからなあ、俺は」嫌味ったらしく俺は言った。


「けッ」


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