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リフレイン

 

「不思議そうな顔してるなあ、教えてあげようか。俺には磁力の束が見えるんだよなあ」


「なんか勝手に喋り出したッスよこいつ、ショウくんこいつが言ってること解るっスか?」


「なんとなくは、な」


 俺は工業高校卒だからこの男が言っていることが多少は理解出来る。


 白い紙の上に棒磁石を横たわらせて、上から砂鉄を振りかけると、砂鉄がN極からS極に向かう楕円形の模様になって磁力の流れが可視化されるという理科の実験を経験した人は多いだろう。この模様こそが磁力の束、つまり"磁束"であり、さらに言うなら彼が操っているのは"磁束密度"の方なのだろう。


 磁束密度とは単位面積あたりの磁束の量を表し、大きければ大きいほど、その面には強い力が生じる。この男の魔法は、本来なら散逸的に放たれるしかない磁束を一箇所にまとめることが出来るということだ。


 ただし一点に磁束が高まったところで、これだけ離れた場所にある剣を引きつけるような吸引力を産むとは考えづらい。二次元的な面ではなく、対象との距離も加味しなければならないとなると─────


「こいつの身体の周りには、目には見えない磁力を帯びている液体が纏わりついていると思った方がいい。液体の形状を変化させて、集中させたり伸び縮みさせることで離れた対象にも磁力を作用させているんだ」


「おぉ~~~!……お?よくわからないけどわかったッス!」


「なんだ?お前……なぜそんなことが分かる?」うってかわって男は不機嫌そうに言った。


 別に俺の手柄でもなんでもないし、賞賛も文句もニコラ・テスラに言ってくれ。


「学校で習ったのさ、暗殺者のくせにぺらぺら喋るからだ」と俺は皮肉を言ってみせた。


「まあいいやあ、それでも関係ない。殺らせてもらうよ」


 ローブの男は急加速し、瞬間移動かと見まごう速さでこちらに突進、咄嗟に俺は腕で頭を護った。


 しかし俺の元まで到達する前になんの前触れもなく突進のエネルギーはゼロになり急停止した。


「────へえ、反応するんだあ」そう言って男は後方へ飛び退いた。


「とんでもないスピードッスね」


 ドロナックは俺と暗殺者の間に、間一髪のタイミングで剣の収束光を割り込ませていた。そのまま直線的に俺を攻撃していれば男の体を綺麗に両断していたことだろう。


「磁力を利用した高速移動と急制動か……ドロナック、足でまといですまん」


「全然いいッスよ、女の子紹介してくれたらね」ドロナックは剣を足元へ投げ捨てた。


「おい、何で捨てるんだ?」


「流石に本気出さないとまずい相手だからッス」丸腰になったドロナックは俺の目の前に立ちはだかった。


 暗殺者も困惑した表情でこちらを見つめている。


「あれ、追撃がないッスけど、どうしたッス?もしかして、諦めてくれるッスか?」


 挑発の直後、暗殺者は側方に急加速。正面に構えたドロナックを迂回してL字の軌跡を描いて急接近してきた。


 ドロナックもこれに素早く反応し、迎え撃つ。暗殺者はドロナックと衝突する直前で磁力の反発力を利用し、さらに短く側方へ交わしこちらに迫る。


 直後、滴る鮮血がぽたぽたと乾いた地面に落ち、染み込んでいく。


「くッ」暗殺者はもう一度後方に跳躍しながら大量の暗器を射出。


 幾重にも重なった光の筋が暗器をことごとく空中で切り刻んだ。


「ちっ、浅かったみたいッスね……」


 ドロナックの十指の先端から長細い光の柱が立ち上がり、それはまるで獣の爪のようだった。


「線ではなく面で捉えられるかあ」暗殺者は負傷して上がらなくなった左肩を手で押えた。


「次は腕くらいじゃ済まさないッスよ」


 ドロナックの一部の淀みもない闘志を感じさせる声色は『殺し』の覚悟を含んでいるように思えた。


「さすがは三の字、と言ったところだなあ。作戦変更」


「な、何だ?」


 男は先程とは対照的にゆったりとした歩みでこちらへ向かってきた。


「なっ、なんスかこれ!後ろにっ、引っ張られるッス!!」ドロナックは上体を仰け反らせながら訴えた。


「三の字の身体に俺が今帯びている磁力と同じ極性を与えた。これで俺とこいつは互いに反発して攻撃することが出来なくなったが、仕事に支障はない。ショウ・カラノモリ、お前の推測はほぼ正しかった。でも俺が磁力を分離して他者に貼り付けることが出来ることまでは想像できなかったみたいだなあ」


 ドロナックは光の束を地面に突き刺して耐えようとしたが、光は質量を持たないために、暗殺者が一歩近づく度に為す術なく後方へ押し流されていく。


「さて、このまま近づいて頭をかち割ってやりたいところだが、そう簡単には近づけないなあ。時魔法で骸にされても困るしなあッ!」男は大量の暗器をこちらに向けて射出した。


「うアアアアアッ!!」


 咄嗟に頭を防御した右腕と無防備な右脚に暗器が突き刺さり、耐え難い痛みが襲い来る。


「ショウくん!!」遠くの方でドロナックが叫ぶ声が聞こえた。


「リワインド!」


 巻き戻しの魔法は俺の腕と脚の傷を直ちに数秒前の姿に修復すする。


「根比べか……このまま俺が一撃のもとに意識を失うか、お前の暗器が尽きるか、あるいは俺がお前を捕まえるか」俺は真っ直ぐ前を見すえた。


「根比べ?ズレてるなあ。そんなことをする必要はないよ、条件が整ったからなあ。今の攻撃でお前の身体も磁化された。これが何を意味するかわかるかなあ?」


 俺の身体も磁化されたということは、ドロナックのように同じ極性の磁力が生み出す反発力によって、この男に近づいて時魔法を使うことは難しくなったということ。


「こういうことだなあ!!」


 俺は目の前の光景にゾッとした。暗殺者は二十か三十か、いずれにせよ夥しい数の暗器を真上に放り投げたからだ。


「な、なんて数だ」


「この暗器は躱されようが弾かれようが砕かれようがお前に向かって行くぞ!ははは!」


 自由落下と磁力によって生まれる推進力、その両方が貫通力となって降り注ぐ。


 何とかして躱さなくては。そもそも躱せるだろうか、俺を追尾してくるであろう大量の暗器を。


 何かがおかしい、何だこの違和感は─────


 第一に暗殺者はドロナックと同じ極性の磁力を帯びていたはずだ、仮にこれをS極としておこう。


 第二に先程の攻撃によって俺にもS極かN極の極性が付与された。もしそれがN極なら今頃暗殺者と俺の身体は互いに引き合い急接近しているはず。そうはならず、暗殺者も俺と一定の距離を保っていることから、俺に付与された極性もS極ではないかと思われる。


 つまり我々三人は全員同じS極の磁力を付与されていることになる。そうなると俺を追尾して飛んでくる暗器にはN極が付与されていなければ辻褄が合わない。




 つまり──────今が好機だ、俺はそう確信する。



「リフレイン!」と俺は唱えた。


 嗚呼、頭が割れそうだ。とにかく前へ、前へ行かなければ。


 凍りついた時の中、降り注ぐ暗器を置き去りにして俺は正面に向かって走り、やっとのことで暗殺者の背後をとる。


 この呪文はついこの間習得したものだ。ブレアがロイグによって連れ去られてしまう瞬間、あと僅かな時間さえあればと願った時、この呪文が記憶に刻まれた。


 周囲の時を一瞬巻き戻すことを何度も繰り返すことによって擬似的に時の流れを止めて、辛うじてブレアの手を握ってロイグの転移に相乗りすることが出来たのだ。


 もう、限界だ─────時が動き出す。



「なんだあ!?」


 暗器の急激な追尾方向の変化に反応し、暗殺者は真後ろにうずくまっている俺を見つける。彼は俺を狙う暗器の射線上に居ることに気が付いたみたいだった。


「串……刺しに…なりな」


 呪文の負荷にやられて身体がほとんど動かない。このまま自分が投げた暗器で蜂の巣になってくれると嬉しいのだが。


「なっ、なぜ後ろに!?何をしたのか分からないが惜しかったなあ!勝ったと思ったかあ?俺はこれからこの暗器と同じ極性になる、串刺しになるのはやっぱりお前だなあ!」と男は吠えた。


 あわや串刺しというところで暗殺者は磁力を展開し、反発力によって全ての暗器を大外へ弾き出した。


「────ああ、思ったね」


 低い姿勢を保っていた俺の身体が地を這うように男の足元に滑り込み、男はすっ転んだ。そしてまったく気分が悪い話だが、男の背中にぴったり俺の身体は張り付いた。


 N極が付与された暗器を弾き返すために同じ極性になるということは、S極が付与されている俺の身体と引き合う身体になるということを失念したのがこの男の敗因だ。


「アクセラ」


 至近距離で俺が詠唱すると、男はローブの中で風化して砂になった。


「ああクソッ、女の暗殺者は居ねえのかっ」


 弾き返された無数の暗器達は慣性を失い、その場にぼとぼとと落っこちた。


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