お喋りアサシン
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翌日の朝、俺とドロナックはまたぞろキャメロンの手によってフォールドカークへ向かった。
「────今、何時だ?」
「十三時ッスね……」腕時計を見てドロナックは答えた。
俺達は今、人気のない街のはずれにある巨木に寄りかかっている、それも一時間もの間。
「あいつら確かに時間をきっちり守るタイプでは無いかもしれないけれど、あまりに遅い……」
「何かあったんスかね?」
「可能性はあるな」
昨日の朝、四人でこの木の下へキャメロンに送ってきてもらい、翌日、つまり今日の正午に同じ場所で落ち合う手筈になっていたはずだ。
「ドロナック、俺は街に行って少し探してみる。サル達と入れ違いになると面倒だから昼寝でもしてここで待っていてくれないか?」
「まじッスか?」きらきらした瞳でドロナックは俺を見た。
「まじ」
「やったー!ちょうど眠かったんスよ、昨日全然寝てなくて…」
「二時間位で戻る」そう言って俺は重たい腰を上げた。
─────俺が街へつま先を向けたその時だった。
「ぐうッ!?いっ、痛ッてえええええ!!」
突然走る激痛に耐え兼ねてその場に蹲る。右肩へ目をやるとクナイのようなものが背後から突き刺さり、どくどくと傷口から溢れ出る鮮血が服に滲んでいく。
「だ、大丈夫ッスか!?ショウくん!」
後ろを振り返るとドロナックは既に抜刀していて、地面には俺の方に刺さっている飛び道具と同じものが二つ転がっていた。
「一発弾き損ねたッス……申し訳ないッス」
俺が全く気づきもしなかった飛来物に対し、ドロナックは瞬時に反応し、完全では無いにしろそれらを弾き落としたのだ。
「いいや、ありがとう。おッ…かげで無傷で済んだ」俺は暗器をひと思いに肩から引き抜き、傷口に巻き戻しの魔法をかけた。
「─────ありゃ、結構自信あったんだけどなあ」どこからともなく男の声が聞こえた。
少し離れた場所にある岩の影から漆黒のローブにすっぽり身を隠した男が姿を現した。体型が隠れるローブの上からでも分かるほどに細身で、頬は痩せこけていて、切長の濁った目をしていた。
「変わった挨拶の仕方ッスね。何者ッスか?」ドロナックは俺と男の間に立ち塞がるように位置を変えた。
「俺?暗殺者」
自己紹介する暗殺者を俺は初めて見た。というか、暗殺者自体初めて見た。実際暗殺されかけたわけで、説得力は十分だ。
「ありゃ、誰かと思えばお前、三の字か。ははは、どおりで鋭い太刀筋だと思ったわ」ローブの男は手で目を覆った。
「さっきの攻撃全部、ショウさんを狙っ─────」
目の前でドロナックが生み出した青白い光が俺の網膜に軌跡を残した。ローブの隙間から目にも止まらぬ速さで暗器が飛び出し、それをドロナックが空中で撃ち落としたのだ。
「なるほど、油断も隙もないってわけね」男はニヤリと笑った。
遅れ馳せながら、俺は腰の剣を抜いた。
「ショウくん、こいつまじで強いッス。俺でも勝てるかどうか……」珍しくドロナックは言葉を曇らせた。
「ははは!お優しいねえ。そいつを護りながらじゃなきゃ、いい勝負出来るって言わないんだ」男は嘲笑した。
「ドロナック、俺も戦える。剣術は素人だけど、お前の盾になるくらいなら出来る」
「ショウくんさ、狙われてる奴が盾になってどうすんスか……」とドロナックは俺を論破した。
「ははは!的の方から当たりに来てくれるなら楽でいいや」と男は笑った。
この暗殺者、ドロナック程の手練が言うのだから相当な実力者なのだろう。その証拠に俺は注視している状態からでもこいつが暗器を投げつけるモーションを目に捉えることは出来なかった。
「そういや何時間か前にここでお前らの連れに会ったぞ。足腰立たなくしてやったけどなあ」
「なんだと!?」
「ハハッ……そりゃ来るわけないッスねよぇ……こんなのが居るんじゃ」ドロナックは苦笑いした。
「猫背の方は結構いい動きしてたけどなあ。まあ、運が悪かったなあ、ははは」
あいつほど猫背の男を俺は知らない。間違いなくサルのことだ。こいつの言い回しを聞く限り、二人はなんとか逃げおおせたようだ。あるいはこの場に血痕でも残せば俺とドロナックに警戒させると判断して攻撃の手を緩めたのかもしれない。
「おいお前、俺を狙うことが目的なんだとしたら、何故先にここに来た奴らが俺の仲間だとわかる?」と俺は指摘した。
「ありゃ、まいったなあ。俺はお喋りなのが玉に瑕なんだよなあ。それにしても、結構頭の方はキレるんだねあんた」と男ははぐらかした。
サルとアソールは俺達より先に集合場所に来ていたとしたら、この木の下で昼寝でもして待つでもと言い出しそうなものだ。
「一応聞いておく、このままだと三番目の男と交戦することになると思うが、見逃してくれるつもりは無いんだな?」と俺は高圧的な命乞いをした。
「ないね、こっちも仕事で手を抜く気は」と男は即答した。
仕事─────か。これはとんでもない事になったと思った。
こいつは誰かから依頼されて俺の生命を狙っているということだ。さらにもうひとつ気がかりなことがあった。先程右肩の負傷を時魔法によって修復した時、流れ出た血や傷口が元に戻っていくのを目のあたりにしても全く動揺していなかった。
つまりこの男は俺が時魔法の術者だということを知っている者から依頼を受けていることになるのではないか。
「さて、物騒なものは没収させてもらおうかな」男は前方に向けて掌をかざした。
「身体が引っ張られる……っ!?」俺は吸引力を感じて重心を前方に持っていかれそうになった。
「何やってるんスか?」
「ああっ!」俺の手から剣が離れ、謎の男の元へと飛んで行く。
俺自身の身体ではなく影響を受けていたのは剣だった。今やその剣は吹き飛ばされてどこか遠くの景色に消えた。
「念動魔力か!?」
「いや、多分違うッスよショウくん。磁力じゃないっすか?」
「磁力って、この距離でか!?」
ローブの男から俺の居る地点は最低でも六、七メートルは離れている。医者が超強力な磁力を発生させるMRIの部屋に酸素ボンベを持ち込んで事故になったなんて話は聞いたことがあるが、磁性体とこれほど距離があれば流石にそんなことは起こらないだろう。
「百戦錬磨だねえ、正解だあ。さっき飛ばした暗器でバレちゃったかなあ」
見落としてしまうほど飛び道具を投げるモーションが早いのではなく、モーションがないのか。磁力魔法による反発力を利用して瞬時に暗器にエネルギーを与えて発射したということになる。
サル達が何故逃げなければならなかったか今わかった。
こいつとは最悪の相性だ。金属の形状を変化させることが強みの彫金魔法も、磁力によって金属そのものをコントロールされてしまっては全く意味をなさないのだから。