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ただの発光石

 


「エディンビアかあ~、港町ッスね。あの街のオイルサーディンは結構有名ッスよ。一体ブレアちゃんはどこに向かってるんスかね?」


「わからないが、どんどん王都から遠ざかって南に向かってるみたいだ」


 南に進路をとっているなら、やがては旧国境を越えてローランド領へと至るだろう。となれば現状ではベンネ・ヴィルス山の向こうにある故郷へ戻ろうとしていると考えるくらいしかない。


 だが、それはわざわざ人目を忍んで王都を飛び出していったこととは符号しない。里へ戻りたいのならもっと容易な方法があることを聡明な彼女が思い当たらないはずもないからだ。


「とりあえずアニキ達に報告ッスかねぇ」


「そうだな。一泊しようかと思っていたが、仕事を早く片付けてしまった方がいい。一旦王都へ戻ろう」


「はいッス!」


 俺とドロナックは朝方訪れて位置を確認しておいた場所、つまりシーズの死骸が発見されたフォールドカーク市街地を離れた平野へ向かった。


 この頃になると太陽が地平線へすっぽりと身を隠していて、見晴らしが良かったはずの平野は、墨汁で塗りつぶしたみたいな黒に染められて、俺が持つ発光石の光がぽつんと灯っているばかりだった。


 方位磁石と発光石の明かりを頼りに数キロメートル歩いていくと今朝確認したシーズの死骸はあった。ネコ科の中型哺乳類がベースになっていると思しき筋骨隆々の化け物が足元へ静かに横たわる。



「────ひい、ふう、みい」ドロナックは前方に見える発光石の光を反射している点を()()()()で数えた。


「クソッ、またお礼参りか!人違いだろうに」


「ショウくんは大人しくしといてくださいッス!」腰にぶら下げた剣を抜こうとする俺をドロナックが制止した。


「あぁ!?何でだよ!」


「えー、だってショウくん怪我するッスもん。ここは()()()()()()に任せといてくださいッス」自虐気味にそう言ってドロナックは自分の片手剣を腰の鞘から引き抜いた。


 正面の六つの星はたまに瞬きながら発光石の光をこちらに怪しく反射している。


 俺はこの時、ドロナックが回収任務に同行することが決定してからキャメロンに聞かされた事を思い出していた。


 いきり立った三匹の獣が信じられない跳躍力でこちらへ飛びかかってくる。しかし彼が抜いた以上、身構える必要もないので俺はそのままことの成行きをぼんやりと眺めることにした。


 先天的に与えられた魔法の種類にも当たり外れがあるらしい。利便性に富むもの、戦闘向きなもの、工業的または商業的に利用が可能なものなど、魔法には様々な強みがある。ドロナックはその中でも最も利用価値のない魔法の使い手だった。


 刹那とも言える時の間、落雷でもあったかのように平野に青白い光が迸る。次の瞬間には威容を振りかざし飛び込んできたはずの獣達は上下に両断され、慣性のまま肉塊だけが降り注いだ。


「よッし!」


「『よッし!』じゃないよ、もっと綺麗に片付けないと転送するのが大変だろ…またキャメロンに大目玉を食らっても知らんぞ」


「怒ってる姐さんも素敵なんスよねえ」


 彼の持つ魔法力は"発光"だった。文字通り身体の一部を光らせることが出来るというどこまでも平凡な能力。


 ごく一般的な風潮から言うと、この魔法の術者は魔法を使えない者とほぼ同等の扱いを受けるらしい。つまるところひとつの発光石と同じ価値しかないからだ。


 彼の片手剣には刀身がない。剣の柄のてっぺんに高純度の発光石で作られた台座があるだけで、そこから高密度に絞られた光束が照射される。ドロナックが後天的な鍛錬により昇華させたこの魔法は"収束魔法"と呼ばれ、国選魔導士の中でも特に高位の数字である"二"を与えられている。



「毎回思うんだが、その腰にぶら下げてる鞘はなんなんだ、必要ないだろう。鞘を使う剣術の心得でもあるのか?」


「あー、これは完全な飾りッス!フンイキッスよ、フンイキ!ていうかこの剣が無くても出せますし、光」とドロナックは言い切った。


「なるほどね…」とにかくディティールを大事にしていることは伝わった。


 某国のスペース・オペラ映画シリーズのヒーローを彷彿とさせる武器だ。"光の剣"なんて言うだけで何だか物語の主人公っぽいし、触れたら肉が腐ると話題の俺の剣と比べるなど愚にもつかない。



 *

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「きゃ……!また挽肉を寄越したのは貴様かドロナック!」キャメロンは彼を怒鳴りつけた。


「ただいまキャメロンさん!」


「貴様がシーズを屑肉にして私に転移させるから服が汚れてかなわん!目標以外のシーズは捨ておけと前回も怒鳴りつけられたのを忘れたか!」


「そうでしたっけ?いや~、可愛いすぎて怒られてる気持ちにならないッスね」


「や、喧しいわこの莫迦者めっ」キャメロンは気恥ずかしそうに斜め下へ視線を逸らした。


 まあドロナックの言うこともわからないではない。彼女は矢のような言葉を口から放つとしても、見た目も声も本当に可愛らしい童女なのだ。子供がぷりぷり怒っているように見えなくもない。


「毎度ありがとうな、キャメロン」


「ふん…汚ならしい銭ゲバどもの足になるよりは幾分かいい」


「今日は遂にブレアの目撃情報が手に入ったんだ。フォールドカークでサル達と待ち合わせをしているのは明日の正午だから、また明日の朝にでも蜻蛉返りしたい」


「な……っ……まさか本当に存命だとは……!わかった」


 現在サル・アソール組とは別行動をとっている。基本的に俺とドロナックが回収任務に向かう際、一緒に転送され、現地で二手に分かれる。彼らは龍化魔法の機動力を活かして近隣の街や村で情報収集を行う役割を担ってくれている。





 俺は研究所を出て、カリラを酒場へ呼び出した。



「─────ぬるいな」透明なグラスの淵を香り高い泡が洗う。


「こっちの麦酒はあまり冷やさずに飲むのが通例じゃ。これはこれで美味かろう」隣の席のカリラは言った。


「ああ、美味い」


 それはローランドの麦酒とは趣きが違った。キンキンに冷やしたものを喉越しで味わうなどという飲み方はしないだろう。


 喩えるなら、ローランドの麦酒は日本人が大好きなラガービール、それに対してハイランドの麦酒はエールビールに似ている。鼻に抜けるフルーツのような香りが特徴的で、常温に近い温度で嗜むのはそのためだろう。



「久しぶりに見た気がするのう」とカリラは切り出した。


「何がだ?」


「お主が自らの意思で酒場に足を運ぶところをじゃよ」


「なんだか良くない酒になってしまいそうでな、避けてたんだ」


「存外に自制が効く奴じゃな、見直したぞ。しかし、索敵魔法に反応が無くなったと聞いて一時は肝を冷やしたが……確かに今日の酒は美味いのう」


「ああ、正直言って俺もホッとした……いつも裏方ばかり任せてしまって済まないな」


「なに、適材適所じゃ。小僧が心問にかけられて、現行の国選魔導士や一部の政府関係者にわしの面が割れたからのう、ここなら口をきける相手も少しはおる」


 カリラは国選魔導士のOGだ。彼女が現役だった頃に仕事に関わった連中は、存命であればさぞかし偉くなっていることだろう。


「引き続き頼むよ」


「もちろんじゃ。お主こそな」


「ああ、必ず彼女を見つけ出す。そしてもう一度……」


「おや、もう一度なんじゃ?」カリラは意地悪そうに微笑んだ。


「────ふう、やっぱり貴方相手だとうっかり話しすぎてしまうな」と言って俺は苦笑した。


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