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栽培醸造所

 

「─────少し話が逸れますが、先程ウイスキーは専用の樽で熟成するとご説明しました」


「それがどうかしたかね?」


「今日ここへお持ちしたものはローランドの"ファニス"という種類の木材を使用した樽で熟成したものです。ウイスキーの味のほとんどは樽で決まるということもご説明しました」


「何が言いたい」


「ここの敷地には葡萄酒を作っている農場がございますよね。葡萄酒も熟成させるのに樽を使う。その使い終えた樽で熟成させたウイスキーを飲んでみたくはありませんか?」


 ダルモアは四白眼で俺の目を見つめた。


「そんなことが可能なのか!?」


「ウイスキー原酒を葡萄酒の熟成に使われた樽へ封入し、熟成させることで果実由来の豊かな風味がウイスキーに調和します」


 地球では酒精強化ワインであるシェリーを熟成した樽を再利用して行われている方法で、実際に数多くのウイスキーがこの製法をとっている。


「それと、すでに熟成済みのウイスキーを葡萄酒の樽へ入れて短期間追加熟成する"後熟"と呼ばれる技法もあります。果実由来の豊かな風味を後天的に付与するわけです」


 後熟が行われている銘柄はボトルに"カスクフィニッシュ"と表記されることが多く、例えばポルトガルの葡萄酒であるポートワインの樽を熟成に使った場合『ポートカスクフィニッシュ』というような記載になる。


「興味深い話だ。だがこの話が竜人の娘の話とどう繋がる?」


「正直なところ、この話とブレア捜索の件は全く別の話です。もし、俺が王都から自由に出られるように計らっていただければ、彼女を取り戻してから貴方の下で気が済むまでご所望のウイスキーを作って差し上げるということを言いたいだけです」


 俺の言葉を聞いたダルモアは暫くテーブルに置かれたショットグラスへ視線を落とし、静かにしばらくの間逡巡した。


「─────わかった、いいだろう。この期を逃すとウイスキーの歴史は百年は張り付いたまま動かないことになる、私はそれを待っていられるほど若くは無い。だがひとつ条件がある」


「何でしょう」


「ここの敷地内にある栽培醸造所(ダルモア・エステート)の葡萄酒樽を使ってウイスキーを一週間以内に一本作ってみろ、それが条件だ。もし原料調達に難があるなら手配しよう」とダルモアは答えた。


 見返りを先出しするのだから、リターンが確実にあるかどうかを確認しておくのは彼からしてみれば当然の思考か。


「わかりました。今日はこれで失礼しますが、少し醸造所の方を見学させてもらってからでいいでしょうか?」


「構わんよ。クシュハ、案内して差し上げなさい」


「承知いたしました、旦那様」美しいブロンドの少女は丁寧に返事をした。




 *

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 郊外から戻り、十字聖堂の部屋へ戻ると、机の上に置き手紙を見つけた。


 そこには『客人あり。第四応接室へ来られたし。』と可愛らしい字で綴られていた。


「まったく─────施錠をしていてもあいつにはなんの効果もないな……」と独りごちた。





 応接室へ移動すると見慣れた顔ぶれが俺を出迎えてくれた。


「よォ、大将」ワオキツネザルにそっくりな男は言った。


「みんな来てくれたのか!カリラさんまで……」


「なに、コットペル自警団がブレア嬢を捜索する為の人員を選出しただけのこと。それにしても、とうとう隠し通せなんだか」


「ああ、手紙にも書いたけれどおかげで今は首輪つきだ」


 俺はどうしてももう一人の顔を直視出来ず、かける言葉を探していた。


「アソール、ご────」


「ショウさんおっひさー!!げんき?」とアソールはいつもの底抜けに明るい調子で俺の言葉を遮った。


「あ、あぁ、俺は平気だよ。でも────」


「だめ!!ごめんなんて言わないで。ショウさんがお姉ちゃんの為にしてくれたことと、今ここにお姉ちゃんが居ないことは全然別のことだよ」とアソールは先回りした。


 この部屋に入る前、俺は彼女に何を言われても飲み下すつもりでいた。でもアソールは俺の想定よりもずっとずっと強かった。平気なはずがないのに、悲しみに暮れるよりも他人を糾弾するよりも先に顎を上に上げていた。


「わかった、ありがとう。カリラさんも、サルも来てくれてありがとう」と改めて王都へ駆けつけた三名に感謝の言葉を述べた。


「大体の話はあのロリババアに聞いてる。首尾はどうだ?」とサル。


「そんなこと言って牢獄にぶち込まれても知らないぞ……随分反応が早いと思ったら、彼女が君たちを迎えに行ったんだな。ダルモア卿との面会ならついさっき済ませてきた」


「ふん、あの性根の腐った男の所へみずから訪ねるなぞ想像するだけで悪寒がするわい」カリラは言い捨てた。


「そうか、カリラさんは人柄を知っているのか。確かにろくでもない趣味だとは思ったよ……面会の結果だけれど、上手く約束は取り付けることが出来た。一週間以内に新しいウイスキーを持ってこいと言われてしまったけどね」


「どうすンだ?流石に蒸留器までは持ってきてねェぞ」


「サル、クレインズの在庫はどうだった?」


「熟成後の酒はすぐに出荷しちまってストックは殆どねェから、熟成待ちの原酒を一樽だけ持ってきてる」


「よし、それを使おう」


 それから俺は今回使用する樽はダルモア卿の私有地にあることなどを説明した。




「自分ちの庭に果樹園と醸造所を作っちゃうなんてぶっ飛んでるね……」とアソールは呆れた。


「流石は金持ちと言ったところだ。樽の方は俺が幾つか見繕っておいたから、あとは栽培醸造所(ダルモア・エステート)へ運んで現地で完成させる手筈でいこう。葡萄酒樽は長期間の熟成に耐えるよう作られてはいないはずだから、補強材は多めに用意しておいて欲しい。材料調達にはこれを使え」俺はサルに束になった長方形の用紙を手渡した。


「なンだこいつは?」サルは用紙を摘んで目の前にぶら下げた。


「ダルモアが発行している約束手形だ。都内の店ならこれに金額と署名をするだけで買い物が出来るらしい。すでに署名の部分は済ませてある、あとはこっちで金額を書き込むだけだ」


 地球風に言うなら小切手、いやもっとカジュアルに使える使い捨てのクレジットカードと言ったところか。


「ふん、目的のためなら資金援助は惜しまんというわけか」嫌そうにカリラは鼻を鳴らした。



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