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交渉のテーブルにつく前に

 


 馬車に揺られて移動していると、遠くに見えていた建築物は次第に大きく高く見えてくるようになり、ウィチタの言う通り十五分程で馬は歩みを停めた。



「─────ようこそ、ショウ君」


 俺が馬車から降りると、両脇に使用人と思しき男女を従え、白髪をオールバックにした痩せ型の男が正面の階段の辺りでこちらに会釈をしていた。


「ダルモア卿、この度はご厚遇感謝致します」と俺も続いて深く礼をする。


「シャーロット様から直接の言付けとあらば是非もない。それに私自身、君とは話してみたいと思っていた」ダルモアの白髪混じりの口髭が表情筋と共に怪しく動いた。


 二度目の邂逅─────これから俺はこの男を利用し、またこの男も俺を利用するように交渉をつけねばならない。


 中央議会で顔を合わせた時、この男のことを"好きか嫌いかと言えば嫌い"と評したが、やはりその色は強く濃くなるばかりだ。


「時に、うちの使()()()が粗相をしなかったかね?」とダルモア。


 俺の一歩後ろに佇むウィチタが身体をびくっと反応させる。


「ええ、非常に丁寧な対応でした」と淀みなく即座に俺は答えた。


「そうかそうか、よくやったなウィチタ。あとで()()()をあげなくてはなぁ?」ダルモアは厭らしく顔を歪めた。


「あ、ありがとうございます」震え声でウィチタはそれに答える。


「ザキ、クシュハ、荷物をお預かりして差し上げなさい」


 彼の両脇に佇んでいた二人の使用人が小さな足でこちらへ駆け寄って来て、俺が肩にかけていた革製の鞄を二人がかりで支えて運び始めた。


 俺は「ありがとう」と二人に礼を言ったが、彼らはぎこちない笑顔を作ってこちらに小さく会釈をするばかりだった。


「さて、立ち話はこのあたりにして……」ダルモアは踵を返し、着いてこいとでも言いたげに階段を登り始めた。


 彼の招きに応じ、一歩一歩階段を踏みしめながら俺は何度も『反吐が出る』と口走りそうになっては噛み殺した。


 屋敷の外観は俺の感覚から言うと教会を何倍も大きくしたものに近いと思った。上部の窓には美しいステンドグラスがあしらわれていたし、背が高い三角の屋根が天を衝いている。


 内側には大理石で立てられた柱や鮮やかな紅色の絨毯、扉や壁には宝石を含んだ装飾があしらわれ、そこら中に配置された磨りガラスの灯篭が放つ暖かいオレンジ色の明かりが室内を照らしていた。


「かけたまえ」


 真っ白なクロスが敷かれた長テーブルの短辺に置かれた椅子へ腰を下ろした。


「正直驚いたよ。君の方から私に接触を試みてくるとはね。しかもシャーロット様を窓口に遣うとは、一体どんな風にことを運んだのか気になる」とダルモアは言葉を紡ぎ出した。


 その点は正直、運が良かったという他ない。


「………良縁に恵まれたと言わざるをえませんね」


「ふむ、話したくはないというわけか。ならば()()()()()の内容を言ってみたらどうだ?ショウ・カラノモリ」ダルモアは不敵に笑った。


「御配慮ありがとうございます。その前にひとつ手土産がございます」俺は鞄から小さな酒瓶とふたつの小さなショットグラスを取り出した。


「おおっ、もしやそれは──────」


「コットペルより取り寄せたウイスキーでございます。()()のテーブルにつく前にこちらをご賞味ください」


「くくく……私と()()とは随分と不遜な物言いだな、小僧」


  この男は政治家すらも(かしず)かせる権力者、彼にとってはこういった談合で一方的に要求を突きつけるばかりで、等価交換の提案などは以ての外なのだろう。


「それだけのものを持ってきたつもりです。では、まずは毒味も兼ねて一杯」俺はショットグラスにウイスキーを注ぎ、一口で口の中にウイスキーを滑らせた。


 強烈な甘み。チャーリングされた新樽が生み出すバニラのような樽香、そして後味にはナッツを思わせる風味が鼻腔を抜ける。荒削りだが力強いクレインズの第一作。


「─────美味い」


 俺はもうひとつのグラスにウイスキーを注ぐ。


 ダルモアはショットグラスの内側に揺蕩う琥珀色に目を奪われているようだった。


「どうぞ」と俺が促すと、またぞろ可愛らしい小さな給仕の召使いが対面のダルモアの元へグラスを運んで行った。


「なんと美しい………宝石のようではないか」ダルモアは窓から差し込む陽光にショットグラスをかざしながら呟いた。


 続いてグラスの中でウイスキーを回し、それを鼻先に近づけると彼はうっとりした表情をつくった。さすが上位貴族階級の男、酒の愛で方を知っている。


 そして静かに一口だけそれを口に含み、口内で数回転がしたあとダルモアの喉仏は上下に動き、彼は双眸を閉じた。


 静かに数回鼻で呼吸を繰り返した後、ダルモアは口を開く。


「─────素晴らしい!ウイスキーとはなんて素晴らしい酒だ!これは葡萄酒を超えるかもしれん……」


「お褒めに預かり光栄です」


「これはホーマンに心問調査の内容、このウイスキーの製法の部分をつぶさに語ってもらう必要があるな」とダルモアは前のめりになった。


「少しお時間を頂けるなら、今ここでお教えしましょうか?」と俺は追撃をした。


 するとダルモアは少しの間、不思議そうに眉をしかめてこちらを見ていた。


「何故だ?何故、優位性を手放す?」


「説明したところで交渉に提示するものの優位性が失われないからです」


 それから俺はウイスキーの原料、製法、性質などをダルモアからの質問に受け答えながら全て明かしていった。




「─────なるほど。お前が言うこの交渉における優位性というのは時間のことだな?」


「おっしゃる通りです。今お飲みになったものを俺以外の人間が作り出すことももちろん可能ですが数年を要するはずです、しかし────」


「自分なら一日のうちに完成させられる」ダルモアは俺の言葉に被せるように言った。


「おっしゃる通りで」


「時魔法の為せる業か……確かにそれはお前にしか出来ぬことかもしれんな。前置きはわかった、そろそろ目的を語ってもいい頃合だと思うが、例の娘の件か?」


 流石に耳が早い。


「はい、再び行方不明になった彼女を搜索するために俺は王都を離れる必要があります。その後ろ盾になって頂きたいんです」俺は端的に言った。


「くくく……堂々と脱走計画を企てようとは、キャメロンのやつに『善性がみられる』などと評されていた者の台詞とは思えんな。目的のためなら手段を選ばぬか……時魔法の術者を野に放つとなればトラッドを揺るがしかねない事象だ、いくら私と言えどノーリスクというわけにはいかん。対価に何を差し出す?」


 ストレートに見返りの内容を追求するダルモアの言葉に俺はホッと胸をなでおろしていた。

 何故ならこの男の言葉には『それは不可能だ』という色味がまるで感じられないない。つまり何らかの理由付けをして俺を王都から動かすことは可能なのだろうと推察できるからだ。だとすれば成否はいかにこの男にとって魅力的な利益をこちらから差し出すかにかかっている。



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