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支配者の懐

 

 ブレアが再び行方をくらましてから三日が経った。


 政府側もお触れを出して目撃情報を募ったが、やはり現時点で彼女の足取りは杳として知れない。


 そしてこの日、受け入れ難い事実が俺に襲いかかってくることになった。




「─────は?なんて言ったんだ、今」


「何度も言わすな莫迦者。貴様が追おうとしている娘……その、ブレアといったか?は死んでいるかもしれんと言った」


「そりゃ行方が知れないんだから、そう考える奴もいるだろ」


「残念ながら根拠がある」


「根拠?」


「貴様ら捜索隊があの娘を探し出したときに使ったものはなんだ?」


「何ってそりゃあんたの追放魔法だろ」


「それもそうだが、その前に位置を補足する為に使ったものがあるだろう」


「はっ、そうだ!!ピティに頼んで索敵魔法でもう一度探してもらえば……!」


「そういうことだ。しかしそんな誰でも思いつくことは既にやっている。問題はその結果なのだ」


「どういうことだ?」


「索敵魔法は………()()()()()()()()


「ばかなっ、姿を消してからまだ三日だぞ!龍化の魔法が使えるあの子がそう簡単に生命を落とすわけが……」


「早まるな。反応しないのではなく、()()()()()()のだ」


「どう違うんだよ」


「あの娘が脱走した日にすぐ索敵魔法で調べた時は南東の方角を示していた。ところが翌日同じことをした時に指針は現れなかった、ということらしい」


「そんな……死ぬ以外で同じようなことが起こったりしないのか?」


「魔法力の及ばない場所へ入ったのならあるいは……そんな場所や魔法など私は知らんがな」


「くッ……方角だけでもわかっているなら俺は行くぞ」


「やめておけ莫迦者。母さ……シャーロット様が仰ったことを忘れたか。貴様が無断で王都を離れたことがわかった時点で私に命令が下る、貴様はまた牢獄行きになるだけだ」


「ちっ、味方なんだか敵なんだかわからない奴だな」


「私は法と理に従っているだけだ、貴様の味方などするものか。とにかく遠回りに感じるかもしれんが、それよりも先にやることがあるはずだ」とキャメロンは俺に言った。




 俺は王都から二通の手紙を送った。


 ひとつはコットペルのカリラとサルへ宛てたもので、もうひとつは竜人の里に送還させられたアソールへ宛てたものだ。


 いずれも内容は同じで、行方をくらましたブレアのこと、俺は王都から動けなくなってしまっていること、助けを求めていること、中央議会最高位の人間に補助をしてもらえる運びになったことなどを書き連ねた。


 あの手紙を彼らが受け取るのが何日後か、王都へ来られるのか、あるいは断られてしまうのか、それらが俺の知るところとなるのにどれだけ時間を要するのかはわからない。


 先のことを考えても仕方がない。とにかく一歩一歩なし崩し的に前へ進むしかない。今俺がすべきことは既に明らかだ。




 *

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 *

 *




 商業や物流など人々がが盛んに交わる都心と対照的に、郊外には限られた身分の者だけが住むことが出来る区域が同心円状に広がっている。所謂、貴族達が住むベッドタウンだ。


 俺が訪ねるべき人物は都心部から北の方角に住んでいるのだが、この区域だけは他の貴族の住む街と少しばかり趣が異なる。建築物は著しく少なく、その代わりに緑が多い。居住区域としては余白が広すぎるのだ。


「到着いたしました、ショウ様。お迎えはいつにいたしましょう?」馬車の御者は振り返って俺に言った。


「あー……そうだな、二時間後でどうだろうか」


「承知いたしました、足元お気をつけてお降りください」


「ありがとう」


 俺が馬車から降りたのを確認し、御者は光沢のある黒色のハットを少しだけ脱帽し、会釈をしたあと来た道を引き返して行った。


 眼前には馬鹿げた高さの鉄柵と堅牢な門。その広大な私有地を取り囲んでいるであろう鉄柵は、俺の身長の倍ほどもありそうで、門の傍らには鎧を着た守衛が二人常駐している。


 閉ざされた門の向こうには鮮やかな緑が広がっていて、樹木で全貌を遮られているが、遠くの方に背の高い建築物の頭が見えた。


「ショウ・カラノモリ様でございますね?」守衛の一人が俺に訊ねた。


「はい」


「お通りください、ダルモア様がお待ちです。ここから先は案内人がお連れいたしますのでどうぞこちらへ」


 堅牢な門は守衛二人の手によってゆっくりと真横にスライドして道を開けた。


 門をくぐった先で小さな馬車と小さな男の子が俺を迎えてくれた。


「ようこそおいでになられましたカラノモリ様。私は案内人のウィチタと申します、どうぞ宜しくお願い致します」男の子は小さな身体をいっぱいに使って深々と礼をした。


「え、ああ、こちらこそよろしくお願いします」と俺はしどろもどろになりながらも応えた。


 慇懃無礼──────見てくれは日本の就学児に当てはめると小学三年生くらいの男の子だった。大人としてはこれくらいの子供を前にすると、ある程度生意気なことを言われても笑顔でやり過ごす心構えをするものだが、どうにもそれは要らぬ気苦労らしい。


「この正門からダルモア様がいらっしゃる御屋敷まではこの馬車で十五分ほどかかります、短い間ですがどうぞよしなに。よろしければすぐにでも出発いたしますが」とウィチタ。


 私有地の入口から住居まで馬を使って十五分もかかる広大さ。ダルモア氏はこの地価の高いであろう大都市に一体どれだけの面積を所有しているというのか。


「ああ、こちらこそよろしく頼む。すぐに出してくれて構わないよ」そう言って俺は馬車へ乗り込んだ。


 そこからの道行きは背が伸びた雑草などは一本も見当たらず、まるで手入れが行き届いた庭園のような景色が広がっていた。そればかりか、遠くの方に牧場や農作物を育てる畑を見ることが出来た。


「あれは─────」


 そして俺は色鮮やかな果実を視界の端に捉える。


「あれは果樹園でございます」とウィチタは慣れた様子で言った。


「葡萄か?」


「おっしゃる通りでございます、旦那様が飲まれる葡萄酒を作っています」


「なるほどな……ありそうな話だ」


 この葡萄棚はラーメン屋だ。浮世の全てを欲しいままにした者、つまり東京都内の高級住宅地に豪邸を構えて、高級外車を複数台所有し、大型犬を室内飼いしているような連中が『ラーメンが好き』というだけ理由で、そこらの誰かに任せておけばいいのに"最高のラーメン"を追い求めて開店してしまったラーメン屋と同じなのだ。


ダルモアという男は富や名声などの輝きにはとっくに飽いているのかもしれない。




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