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道しるべ

 

 不意に外で子供達が遊ぶ声が聞こえてきた。この扉から一歩も外に出ていないけれど、俺が寝食をしている十字聖堂がある第一通りとは全く雰囲気の違う場所だと感じた。第一通りを『都心』だと表現するなら、ここは『下町』という印象だ。


「悪いけれど外してちょうだいキャメロン。そうね……十五分くらいかしら」とシャーロットは言い渡した。


「うん」と短く返事をしてキャメロンはどこかへ消えた。


 匂いたった違和感に思わず「『うん』?」と聞き返してしまった。


 あの女は目上の人に対してそんなにフランクに接するタイプでは無かったはず。


 しかも、冷静に考えてもみれば議会最高位という身分の人間とこの俺を簡単に二人きりにしてしまうなど国選魔導士としても失格どころの話ではないだろうに。


「ふふふ………不思議そうね。そりゃ馴れ馴れしくもなるわよ、娘だもの」


「む、娘だって!?」驚きすぎて敬語を忘れてしまい、咄嗟に口を覆った。


「大丈夫、別に私は言葉遣いなんて気にしないから楽にしてちょうだい」シャーロットはまた朗らかに微笑んだ。


 正直な感想として全然似ていないと思った。内面も外見も。


「『全然似てない』って顔ね。あの子と私はね、血の繋がりがないの。でも血の繋がりがなきゃ親になれないなんてことはないでしょう?」


 親になったことがない俺は本当の意味で苦労を知らないが、もうこの一言だけでこの人物は尊敬に値すると思った。


「俺もそうだったらいいなと……思います」


「ふふふ、話が逸れちゃったわね。単刀直入に訊くわ、ショウ。()()()()()()()の?」先程とは対照的に強い眼差しだった。


 この言葉を聞いて俺は、この人に何もかも知られているのだと勝手に理解し、問に対してはっきりと「はい」と返事をした。


「そうよね………でも今は動いては駄目。あの子が抑止力になっているとはいえ、政府はあなたを懐に置いておくつもりでしょう。私も手助けはしてあげるけれど、私だけの力じゃとても足りないわ」


「あの、ひとつお訊きしても宜しいですか?」


「なあに?」


「何故今日会ったばかりの俺にそこまでしてくれるんですか?」


 当然の疑問だ。キャメロンが俺に協力的だったのは、利害が一致するという背景があってこそで、いくら娘と利害関係にあるからといって、議会最高位の人物がここまで親身に話を聞いてくれるのは何か不自然がすぎる。


「あなたからすれば今日会ったばかりだと思うかもしれないけれど、私にとっては違うの。キャメロンから話を聞いていたからね」


「キャメロンが?」


「あなたが似てるのよ、亡くなった弟に。つまり私と血が繋がった方の息子にね」


 キャメロンはシャーロットの養子で、亡くなってしまった実子と兄妹の関係にあるということだろうか。


「亡くなられた息子さんに俺が……それだけですか?」


「ううん、もちろんそれだけじゃないわ。もっとも最初はそうだったのかもしれないけれど、あなたの人間的な魅力が放っておけなくしているのよ。あの子は素直じゃないから絶対に話さないでしょうけど」


 会えばいつも強い口調で何か言ってくる奴だが、基本的には常に俺にとって有利な提案をし続けていてくれたことは疑いようもない。


「でもキャメロンが俺に手を貸すのは早く怪人をどうにかして転移網の復旧をするためだって─────」


「そんなの取ってつけた理由に決まってるじゃない。あの子がここに来て話すのは………あら、危ないところだわ。これ以上話すとあの子に怒られちゃう」と口を覆うシャーロット。


「話を戻すわね。ショウ、あなたはどんなことをしてでも彼女を追いかける意思があるかしら?」また真っ直ぐな眼差しが俺を見ていた。


 俺も誠意を持って目を逸らさずに「はい」と答える。


 するとシャーロットから予想だにしない返答が帰ってきた。


「────なら、ダルモア卿に取り入りなさい」


 中央議会で異色を放っていた上位貴族と思しき男の名だ。


「ダルモア……多分中央議会で同席したと思うんですが、どうして彼に?」


「聞けばあなたは酒造りの知識に明るいみたいじゃない。中央議会でダルモア卿が興味を示していたとキャメロンが話していたわ。あまり大きな声じゃ言えないけど、彼はこの国の実質的な支配層の人間。味方につけておけばここを出る口実を作れるかもしれないでしょう?例えば新しいウイスキー造りのために仕方なく……とか」シャーロットは皺くちゃの目元で俺にウインクした。


 少しだけ落ち着きを取り戻した頭で考えると、シャーロットの提案は俺が今とることができる選択肢のうちで最も現実的なものかもしれないと思った。


 ブレアは聡明な娘だ。どうしてかは一旦置いておいて、俺や政府から逃げようというなら、みすみす王都に身を置くことはないだろう。


 そうとなれば俺は恐らく宛もなく彼女を探しに王都を飛び出して行ってしまい、政府はキャメロンに俺を連れ戻すように命じるはずだ。幾度も王都を飛び出しては追放刻印によって連れ戻され、得られかけていた信用も失墜、最悪手に余ると判断されれば処刑ということも十分に有り得た。そうなる前に、俺に道を示してくれたキャメロンとシャーロットに感謝しなくてはならない。



「わかりました、やってみます。それなら────差し出がましいようですが、お願いをひとつ聞いていただけないでしょうか?」


「なあに?言ってみてちょうだい」シャーロットは安楽椅子に座ったまま前に身をかがめた。


「俺には信頼出来る仲間が居ます。もしかすると断られるかもしれないけれど、もし首を縦に振ってもらえたなら、彼らをここへ呼ぶ手伝いをして欲しいんです」


 我ながら不躾で厚かましい奴だと思った。でも必要なんだ、俺には彼らが。前世では考えもつかなかったこと、というより選択することすら不可能だったこと。今の俺が自分の意思で求めることが出来る唯一の『自由』かもしれない。


「それくらいなら私にも出来そうよ。いいわ、まずあなたからお友達にお手紙でも送ってあげなさい」とシャーロットは答えた。


「うおっ」


 席を外していたキャメロンが戻ってきた。


「─────あらキャメロン、まだ十分も経っていないと思うけど」シャーロットは意地が悪そうに笑った。


「母様が余計なことを話していないか心配で………おい貴様、余計なことを聞いていたら承知せんぞ」


「キャメロン、あなたまだ外でそんな言葉遣いをしているの?」


「あっ、いや、今のは……」キャメロンはしまったという顔をした。


「ひょっとして二重人格か?」冗談めかして俺は言った。


「違うわ莫迦者がっ」キャメロンの血走った目が俺を睨む。


「莫迦者ですって?」眉をぴくりと動かすシャーロット。


「ばっ、莫迦なことをおっしゃらないでくださいまし」情緒が滅茶苦茶になって、何者でもなくなってしまったキャメロンがそこに居た。


「シャーロットさん、調子が狂うので彼女にはいつものように話させてあげてください」


「ふふふ、ちょっと意地悪が過ぎたかしらね」とシャーロットは笑った。


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