細氷の道
アラドはピティを助けたマクリーとムーアに「よくやった」と賛辞を送った。
「ほう、竜人はドラゴンの姿に変身する魔法を使うと聞いていましたが、身体の一部分だけの変身も可能なのですか、便利そうですね」とウィニーは落ち着き払った様子で言った。
「何を呑気なことを!ウィニーさん、次が来ますよ!」
「慌てることはありません、この足場は特別頑丈に作ってありますから。それに─────」
危惧した通り襲い来る三度目の揺れ。確かにこの足場は丈夫に作られているようで、一撃で破壊されることはなかった。しかしこれが幾度も繰り返されれば話は別ではないかと心配していたが追撃はなかった。
辺りの水面に絵の具を零した様な朱色が染み出し、程なくしてそいつは水面に姿を表した。腹を仰向けにして浮かび上がってきたその魚類は顔の周りに巨大な氷柱が二本突き刺さり絶命していた。
「体当たりしてくるのなら、こちらから突く必要もありませんね」とウィニーは続けた。
左右に裂けて馬鹿でかい口、真白くて丸い腹、長い髭を持っていて、ぎょろぎょろした大きな目の色は真黄色だった。
「こいつ、鯰か!?」アラドは興奮気味に言った。
「シーズの特徴もある……」
「それは少しおかしな話ですね。水生生物のシーズと言っても蟹や蛙のような陸にも上がることができる生き物がベースなら人間を襲うことによって魔法力を吸収出来ますが、完全な魚類となると陸上では呼吸すらままならないはずです」とウィニーは指摘した。
確かに魔法力を持つのは基本的に人間だけだ。ならばこの鯰は一体何を糧にここまで巨体へ成長したのだろう。
「────失礼、惑わせる様なことを言ってしまいましたね。とにかく今は島へ向かいましょう。ピティ、索敵魔法を」
ピティは専属の執事に挟まれ、恍惚顔でぼんやりと虚空を見つめていた。
「ピティ様?」ムーアが語りかける。
「あっ、ハイ」たった今目が覚めたかのようにピティは瞼をぱちくりした。
「索敵魔法をお願いします」とウィニーは静かに重ねて言った。
ピティの胸元に現れた半透明な球体の中で指針が進行方向に対して少し左を指し示した。
「なるほど、ありがとうございます。先程のようにこの湖に棲んでいるシーズに襲われても面白くありません。多少なりとも魔法力を消費しますが、手探りで進むのはやめて一気に島へ上陸してしまいましょう。皆さん、少し寒くなりますが我慢してくださいね」とウィニーは俺達に言った。
ウィニーの身体全体が淡い放射光と強烈な冷気を帯び始める。今彼に触れれば身体の芯まで凍りついてしまうのではないかという程に。
次の瞬間、奇跡のような現象が起きた。ウィニーは指針が指し示す方角へ手をかざすと、その方向の霧だけがすっきりと晴れて視界がクリアになったのだ。そしてその先には苔むした岩で囲まれた小さな島が顔を見せている。
「わあ、綺麗」美しい情景にピティから感嘆の声が漏れた。
霧が晴れた道筋には細かい宝石のような粒が太陽の光を反射して無数に煌めいている。
俺はこの現象を知っている。空気中の水蒸気が凍りついて細かい氷晶となる現象、"ダイヤモンドダスト"だ。地球に生きていた頃『びっくり映像百連発』という番組で見た。
「まさか霧を魔法で凍らせて……」
「おっしゃる通りです。ですがこの霧は恐らく水温と気温の温度差から生じているもの。すぐに元に戻って、この視界も長くは持ちませんので急ぎましょう」
六人はウィニーが作り出した氷道を足元に気をつけて早足で進み、ようやっと霧の島への上陸を果たした。
「すっかりまた霧が出てきてしまったな」
「無事辿り着けてよかったです……マクリーさん、ムーアさん、ありがとうございました」とピティは彼らに感謝の言葉を贈った。
「「いえ、当然の行いです」」と二人は声が揃った。
どこまでも好青年な若者達だ、人気があるのも頷ける。
「さて、外観を見たところこの島を見て回るのにそう時間はかからないかと思います。霧に阻まれて視界が悪いですが、ピティの索敵魔法の指針を頼りに歩んで行けば間違いないでしょう。昨日説明したように彼女はこの作戦の要です、何かトラブルに直面した時は最優先で守護を。マクリーさん、ムーアさん、先程は素晴らしい動きでした」とウィニーは評した。
マクリーとムーアは隊長に軽く会釈をして答えた。
「ピティ、今一度索敵魔法の指針を見せて貰えますか?」
ピティがまた索敵魔法を使うと、二等辺三角形の指針は真下を指し示している。
「ピティ様、索敵魔法というのは上下の位置も検知できるのですか?」とそばに居たマクリーは訊ねた。
「ハイ」
「地下ですか……」ウィニーは腕を組んで考え出した。
「こんなことは言いたくないんだが、仮に索敵魔法の対象者が既に亡くなっていて埋葬されていた場合どんな風に反応する?」とアラドは質問した。
考えたくもない想定に俺はアラドを睨みつけた。
「分かってる、慌てるなよショウ」
「索敵魔法は生きている対象にしか反応しません。ですので、ブレアさんがまだ存命であることは確かです」とピティは答えた。
「そうか、ありがとう」とアラドはほっとした顔で礼を言った。
ほっとしたのは俺もだった。ブレアが生きていてこの島にいる、それだけで嬉しかった。
「困りましたね。索敵魔法さえあればすぐに見つけられると思っていたのですが、地図上の座標が分かっていても居場所が地下となると、まずは入口になる場所を探す必要があります」とウィニー。
彼の言うとおり恐らく侵入する場所は近くにあるのはずだ。問題なのはそれがこの島の中か、あるいは湖畔のどこかにあるのかということで、後者の場合は捜索範囲が飛躍的に拡大することを意味する。
「ウィニーさん、とりあえずあそこへ行ってみないか?ここへ上陸した時からみんな気になってるはずだ」今は霧に隠れてしまっている島の中心部を指さした。
「他に人工物らしいものは見えませんでしたし、ショウ君の案に乗るとしましょう」ウィニーは頷いた。
今は霧に隠れてしまっているが、ウィニーが氷結魔法で霧をはらって一定時間だけ島の姿が鮮明に見えた時、島の上の方に木造建築物の屋根と思しきものが確認出来たのだ。
六人は目的地を一時的にその建造物に定め、霧深い茂みの中へ歩みを進めた。