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湖の洗礼

 

 ウィニーは終始丁寧な口調で明日の手筈や心構えを説明し、ミーティングを終わらせ、解散の運びとなったがウィニーは俺だけを会議室へ残るように呼び止めた。



「─────残っていただいて、申し訳ありません」ウィニーは俺以外が退室したことを確かめてから言った。


「大丈夫、それより話というのは?」


「君の時魔法のことに関してひとつ認識を擦り合わせておこうかと思いまして。まず第一に、この捜索隊の中でショウ君が時魔法の術士だということを知っているのは君を含め三名────」


「つまり、俺とあなたともう一人……」


「ピティ女史です、彼女は政府の情報機関に所属する人間ですので情報を漏らす心配はありません。本来ならばそのように君の秘密を知られても問題ない人間で固めるのが得策ですが、今回の捜索隊編成はこちらにとってもイレギュラーな事態でして」ウィニーは人差し指で頬を掻いた。


 もしかするともうアラド達には俺が禁術使いだと伝わってしまっているかもと思ったが、それはどうやら杞憂だった。


 確かに時魔法の存在が外部に漏れぬように捜索隊を身内で固めようとしていた時に、竜人の族長らが王都へやって来て捜索隊への編入を求めてきたというのは政府側からするとかなり都合が悪い偶然に違いない。


「余程の緊急事態でも無ければ使用は控えてください。もし時魔法の存在があの三人に明るみになった場合、貴方の力を使って記憶を巻き戻させる必要が出てくるかと思いますのでご注意を」とウィニーは続けた。


 どうやら記憶を巻き戻せることも報告書には記載されているらしい。


「────了解した」



 *

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 *



 アラドたちと俺は十字聖堂に備え付けられた客室に宿泊した。昨日寝床として提供されたのも同じ客室で、聞けばアラド達も同じ場所に泊まっていたそうだ。


 辛党同士久しぶりに会って一杯、という気分にはどうしてもなれず、一緒に夕食を食べてすぐに皆自室へ引っ込んで行った。


 俺は酒に関してひとつの矜恃を持っている。それは『酒を飲む時はハッピーでなければならない』ということだ。


 別に小さな悩みならいい、それを忘れて幸せな気分に浸ることは可能だろう。けれども頭の中を、あるいは胸の内を埋めつくしてしまう程の懸念や苦悩を抱えた状態で酒を飲むと、スカッとするどころか精神はどんどんすり減っていく。死期が近かった時の自分自身がそうであったように。


 そういう意味では最も美味い酒を飲める人間というのは、最も憂いのない人間かもしれない。




 翌朝、再び会議室へ集まった俺達をキャメロンは捜索地まで転移させた。


 到着したローモンド湖の様子は、朝日に照らされた霧がスクリーンの役割を果たし、まるで自分たちが雲海の中に居ると信じてしまいそうな程だった。物凄く大きいのかもしれないし、案外小さな湖かもしれない。霧が湖畔を覆い尽くし、その輪郭をあやふやにしている。


「────霧が深すぎて見えんな」湖の中心を覗き込んでアラドは零した。


「目視では確認出来ませんが、小島の位置はだいたい分かっています。予定通りこれから上陸致しますので、皆さん数歩後ろへ」とウィニーは隊員に促した。


 ウィニーの両手が白色の放射光を放った瞬間、一瞬にして周囲の温度が下がった。キシキシと氷同士が摩擦する音が響く。


「さ、行きましょう」ウィニーは白い息を吐きながら背広についた霜を払った。


 彼の向こう側に湖の水を凍りつかせて拵えた、三ないし四メートル幅の立派な歩道が出来上がっていた。


「これだけの質量の水を一瞬にして凍りつかせるとは………」


 いつかローゼばあちゃんの冷却魔法を見せてもらったことがあったが、ウィニーの魔法は効果が及ぶ範囲と熱を奪う量が比ではない。


「足元滑りやすくなっていますのでご注意を」こちらへ振り返って会釈をすると、ウィニーは湖の中ほどへ向かって先頭を歩き始めた。


「きゃっ」四番目を歩いていたピティは氷に足を取られてすっ転びそうになった。


 すかさず真後ろを歩いていたマクリーとムーアが左右に分かれてピティに腕を絡め、間一髪彼女の身体を持ち上げた。


「お気をつけ下さい」と左からマクリーが、「お怪我はありませんか?」と右からムーアがピティを気遣った。


「は、はいっ!ごめんなさい!」ピティは視線を左右に泳がせ、顔を真っ赤にして言った。


 里の共同事業でコットペルの土木技師と共に尽力してくれていたマクリーとムーア。泥に塗れて汗を流す姿は幾度となく見てきたが、女性に対してこんなにも紳士的な一面があったとは。どこか執事のような雰囲気すら醸し出している。


 いつ転んでも助けられるようにマクリーとムーアは彼女の側方に移動してぴったりエスコートしている。ピティの方はと言うと赤面した顔のまま、恥ずかしそうに足元を凝視しながら歩いていた。


「あいつら里でも結構人気があるんだよ、女に」アラドは不満そうに言った。


「何で嫌そうなんだよ、別にいいじゃないか。そんなことより人のふり見て我がふり直したほうがいいんじゃないか?お前が浮気っぽいから娘が変な言葉を覚えるんだぞ」


 あの時のカイルの顔は忘れられん。


「う、うるさい。それは今関係ないだろう」


「時に、アルムは健やかか?」


「ああ、元気いっぱいだ。お前がなかなか里へ顔を出さんから『もうショウとは会えないの?』とか言ってたまに泣くがな」アラドは鼻を鳴らした。


「それは次に会った時に相当お叱りを受けそうだな……」


 しばらく氷で造られた道なりに歩いていると、不意にどこか遠くの方で水音が響いた。


「────何か、いるな」と俺はすぐそばのアラドに注意を促した。


 次の瞬間、氷で造られた歩道に衝撃が走り、先頭を行くウィニーとその次を行く俺の間の氷がちぎれて無くなった。


「なっ…………でかいぞ!!」アラドは声を荒らげる。


 後ろからはピティの悲鳴が湖畔に響き渡る。


「皆さん落ち着いてください、一旦私のところへ」とウィニーは縦列を解除した。


 ウィニーが足元の氷に手を当てると、ちぎれて無くなった氷は復元し、ウィニーの足元の氷の面積が円形に広がった。


 ふと脇へ目をやると電柱ほどの太さの氷柱が水面に横たえていて、先端には後続の五名が踏みしめるはずだった平たい足場がくっついている。


 これほどの氷柱を湖底に接着させたウィニーにも驚きだが、そんな堅牢な柱をへし折るほどの質量を持ったものがぶつかってきたという恐怖の方が意識を支配した。


 ちょうど俺とアラドがウィニーのもとへ辿り着いた頃、()()()の第二撃が後続三名が行く足場へ直撃するのを目撃した。


「マクリー!」「ムーア!」


「ひゃあっ!?」


 マクリーとムーアは互いに名前を呼び合うと、まさに阿吽の呼吸で瞬時に背中へ翼を生やし、ピティの脇へ腕を掛けると二人がかりで彼女を抱えて宙へと逃れたことによって間一髪着水を免れ、三人はふわりふわりとウィニーのもとへ着地した。


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