相席
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「どうだ?ここのソーセージは美味かろう」キャメロンは自慢げに言った。
「あぁ……ほぅがな」ソーセージを咥えながら俺は空返事をした。
ここは第一通り沿いのとあるレストラン。外観も内装も高級感が漂っていて俺には不釣り合いな場所。窓の外は様々な建造物がひしめき合い、今まで訪れたことがある街と違って上方向へ連なって三次元的なスペースに溢れていた。
咥えたソーセージを前歯で噛みちぎると程よく焼き目のついた皮がパリッと軽快な音を立て、旨みを多分に含んでいるであろう肉汁が口内に溢れてきた。
──────だが、全然美味しく感じない。
本来の俺ならば調子に乗って麦酒のひとつも注文してしまうところだろうが、今日はそういう気分でもない。
ソーセージも麦酒も、自分自身の精神が愉しむことを望まねばクズ肉や泥水と変わらない。今の俺はそんなことすら不謹慎だと思ってしまっている。
「貴様には二度と奢らん」キャメロンは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「すまん」
「謝るくらいなら嘘でももっと美味そうに食べよ。それにその頬……………治さんのか?貴様ならすぐに元に戻せるだろう。そこいらのチンピラを店に連れ込んだようで体裁が悪い」とキャメロンは言い捨てた。
「これか。これは──────治さない」俺は左頬で鈍痛を発する青痰に指で触れた。
別に周囲の人間に心配してもらいたい訳じゃない。ましてや明日また顔を合わせるであろうアラドに対する当てつけでも当然ない。
口を動かす度にズキズキと痛むこの頬を時魔法によって巻き戻すのはどうも気が引ける。アラドが拳と一緒にぶつけてきた感情まで俺はなかったことにしてしまうかもしれないと思うと、恐ろしくてできなかった。
「ふん、青二才め」童女のような顔がぴくりと歪んだ。
俺だってそう思うさ、こんな青臭い通過儀礼は本来ならば十代のうちに済ませておくべきことだ。
「ソーセージっ♪ソーセージっ♪外はパリッと中ジュワ~~~アァッ??!」
聞き覚えのある声に振り返り、出入口へ目をやるとキャスケット帽を被った女がこちらを指さしていた。
「ショウさん!こんなところでお会いするとはっ!濡れ衣は晴れたんですか?」
「あんたか。ああ、なんとかな」
濡れ衣でもなんでもなく、実のところ正当な理由で捕縛されたなどと報道メディアのこの女に言えるはずもない。
「って、目の下どうしたんですか?」
「これはまあ、色々あってな。個人的なことだ」
「そ、そうですかっ。いやあそれにしても、あたしまで捕まった時はどうしようかと思いましたよ。おやっ!おやおやおやっ!そちらはキャメロン様ではないですか!先日はどうもお世話になりましたっ!」カティは元気よく会釈した。
「あの時の喧しい小娘か。何、こやつを護送するついでだ」
カティの向こう側から遅れてもう一人男がレストランに入ってくるのが見えた。
「カティ、お前松葉杖でどうしてそんなに早く走────うわっ!?竜騎士と投獄少女!?」
「「その呼び方はやめろ」」
「あ?」「ム?」図らずも声が揃った俺とキャメロンは互いの顔を見合わせた。
「あ、あぁ、いやとんだ失礼を。私、カティが所属する新聞社でチーフを務めさせていただいているサークと申します。キャメロン様、先日はうちのポンコツがお手を煩わせたようで大変失礼いたしました……」打って変わって男は丁寧な口調で謝罪した。
「別にどうということはない、気にするな。ただしもう一度先ほどの名で呼んだら二度と陽光は拝めぬと思え」とキャメロンは脅しを利かせた。
「は、はいっ」
そんな脅し文句を言うから"投獄少女"などという酷い通り名がつくのだ。しかしながら言い得て妙だ。
「そうだ、もしよかったら相席などいかがでしょうかっ?」カティは白々しく胸の位置で手を叩いた。
一瞬だけ上司の方へ眼球が動き、口角が上がったのを俺は見逃さなかった。キャメロンが何か記事になる情報をうっかり口にするのを期待してのことだろう。
「別に構わんが、私達は見ての通りまもなく平らげてしまうぞ」とキャメロン。
「でしたら、食後に珈琲か紅茶などはどうでしょうか?せめてものお礼です、ご馳走させてください」と今度はサークがしゃしゃり出た。
「そ、そうか。では一杯だけ」とキャメロンはこれに応じた。
注文した料理の殆どを平らげていた俺とキャメロンはすぐに食べ終わり、サークの厚意で珈琲を二つ注文した。
「────キャメロン様、この頃巷ではコットペルで親善大使を務めていた竜人の娘が、怪人に攫われたと噂されていますが、政府の方から救出作戦などは行わないのですか?」とサークはいきなり目的が見え見えの質問をした。
マグカップと砂糖の入った容器の間を何度も往復するティースプーンを横目に眺めながらキャメロンの返答を待つ。
粘性が出るのではないかというほど珈琲に砂糖を多量に放り込んだ後、キャメロンは冷たく「さあな」とだけ答えた。
途切れた会話に空気が澱む。
「あっあの、ショウさんはブレアさんを取り返すためにハイランドへ来たんですよね?これからどうするつもりなんですか?」とカティは慌てて沈黙を埋めた。
「俺は─────」
珈琲を啜るキャメロンから『余計なことを口走るな』と言わんばかりの眼差しが向けられる。
「俺はもう少し王都で情報を集めようかと思っている」
「なるほどぉ。あたし達でよければなんでも訊いてくださいっ!これでも記者の端くれです、何かお役に立てるかも」
「ありがとう、助かるよ」
『これでいいか』とキャメロンへ目配せをすると、彼女ゆっくり瞬きをした。
それから誘拐事件のことについて二つ三つ質問されたが、すでに公になっている事柄だけ掻い摘んで話したりした。
「─────馳走になって申し訳ないが、私達はそろそろ失礼させてもらう。仕事が山積みでな」空になったマグカップを置くとキャメロンは立ち上がった。
俺は急いで残りの珈琲を飲み干し、退店するキャメロンの後を追った。
キャメロンはカツカツと踵を鳴らして通りを十字聖堂の方へと歩いていく。
「貴様に重要なことを話し忘れていたが、記者からあんなに質問攻めに遭うのではかえってその方が良かったか。お前が血眼になって探している小娘の話だ」とキャメロンは通りを歩きながら後ろの俺に話し始めた。
「ブレアのことか!?」
「馬鹿者、声が大きい。そのブレアという娘の救出作戦が行われることになった、もちろん秘密裏にな。貴様はそれに同行してもらうことになる」と童顔の女は語った。
「本当か!?でも、それは嬉しいがブレアの居場所がわかるのか?」
「正確にはわからん。わからんが、貴様の記憶を書き写した報告書にロイグという怪人が『一人で霧の島へ来い』という旨の発言をしたという記述があった。これは覚えているか?」
「ああ、覚えている。だが俺にはそれがどこかまではわからなくて……」
「我々はその『霧の島』ではないかという場所を掴んだ。本来政府がただの一般人にここまで厚遇をすることはないが、人間と竜人を取り持つのに重要な役割を担う者となれば動かざるをえない。それに──────」とキャメロンは口吃った。
「それに、なんだ?」
「あれが貴様を殴りつけるためにわざわざこんなところまで来たと思うか?」
「いや、何かを訴えに来た……とか」
「概ね正解だ。攫われた竜人の娘を捜索して欲しいと直談判に来おったのだ。そして捜索するなら隊に加えろ、とな。昨日は一人だったが最初に王都へ飛び込んで来た時にはマクリーとムーアという竜人二人を従えていて、ご丁寧に三人とも飛龍の姿で王都の上空から現れおって、街は軽いパニックになったわ」うんざりした様子でキャメロンは語った。
まるで『我々を敵に回したくなければ協力しろ』とでも言いたげな行動だ。手段は選んでいられないということだろう。
「────せいぜい気まずくならんように勤めるんだな」