腹案
「───確かに両名がいうことも共感に値するものだと私は思う。ラディ、お前はどう思うね?」ブルックは隣の老人に話しかけた。
よく見るとこの二人は顔がよく似ていて、血縁関係にあるのだと一目で分かった。
「そもそも時魔法の術師というのはハイランドとローランドを併合に至らしめたほどに我が国にとって強い影響力を持った存在であり、長年探し続けた存在でもある。本来ならば論を俟たずして根絶やしにすべきだ」とラディは語った。
「ふむ」
「───だが、適切に利用すればこれ以上に強力なものはない。報告書通りなら現在我が国を恐怖に陥れている"黎明の三賢"と自称する怪人に対抗する力になるやもしれん」とラディは続けた。
思わぬところから出された助け舟に俺の胸の内に安堵の色が広がる。
「しかしその怪人達がこの男を狙って何か企てようとしているという節がある。それを阻止するという意味ではお前が言うように根絶やしにするというのも───何かね、キャメロン君」ブルックは挙手をしたキャメロンの方を見た。
「その点については私に腹案があります。今この男の身体には"追放刻印"が付与されています。いざとなれば私の意志でいつでも隔離あるいは処刑できる準備があるということです。この男の能力を最大限活用し、反旗を翻すようであれば黄泉へ追放すればよろしいかと」とキャメロンは言い放った。
「ふむ、追放刻印か…………カラノモリ君、君自身はどう思うかね」意外なことに議長は大罪人に発言の機会を与えた。
「俺が今考えていることはブレアを怪人の手から取り戻したい、それだけです。それに必要なことであればどんな条件でも飲み下して見せます」と俺は本心で語った。
「悪鬼の言葉に耳を貸してはなりません!議長、この者は即刻処刑されるべきです!!」とフェルディは再び喚き散らした。
「………………フェルディ君、私が先程言ったことを覚えているかね?速やかに退席したまえ」
「で、ですが─────」と未だ食い下がるフェルディ。
議長は深いため息を漏らした。
「キャメロン君、追放魔法の行使を許可する。彼を家に返してやれ」とブルックは冷たく言った。
「承知しました」そう返事をしたキャメロンは、それはそれは悪い顔をしていた。
次の瞬間、フェルディの姿は会議室のどこにも無かった。この出来事は俺にとって非常に有利に働いたと言い切ってもいいかもしれない。
ブルック議長も同調を見せたように、フェルディの『処刑せよ』という主張は一見して野蛮なように見えて、この国にとって最も安全でリスクの少ない選択肢だった。しかし、それを振るう者の態度がこの選択肢の有効性に陰りを差してしまった。対照的にキャメロンが提示した案は賭けの要素が強いはずなのだが、消去法で承認を得られるかもしれない空気が流れ始めている。
「この男をどうするかは一番最後に決めること。今は設問をすすめるとしよう」とブルックはこの場を総括した。
その後の設問は時魔法によって可能なことや効果が及ぶ範囲など、時魔法そのものに対する質問に終始した。
「────やはり驚異的な能力だと言わざるを得ない。特に死者であろうが関係なく生前の頃へ巻き戻せるという点は神憑り的だ」とブルック。
「しかし効果範囲に関しては大災害で言い伝えられているほど広範囲なものでは無いようだな」とラディは補足した。
「ともあれ、一旦これで予定していた設問は全て終えたことになる。処遇に関しては更に我々で審議をしてから言い渡す、それまでおかしな気を起こさぬようにな」とブルックは俺に言い渡し「何か質問がある者はあるかね?」と辺りを見回した。
すると最下段の隅に座っている男が挙手をした。
「なんでしょうか、ダルモア卿」と議長は発言を促した。
「ショウといったかな?君の記憶を書き写した報告書に度々出てくるウイスキーと言う酒は美味いのか?」と白髪混じりの口髭を蓄えた痩せ型の男は訊ねた。
「ダルモア卿、本件と直接関係の無い質問は……」議長は困ったような表情で指摘した。
「よいではないか、設問もこれで終わりなのだろう?どうだ、美味いのか?」
「あ、ええ、とても美味しいですよ」
しまった。時魔法の事にばかり意識がいって、ウイスキーの製法が公になってしまったかもしれないことに気がつかなかった。
「私は無類の酒好きでね。ちょうど葡萄酒にも飽きが来ていたところだったのだよ。もし君がこれからも存命であれば是非ともひとつ譲ってもらいたいねぇ」と男は言った。
ここへ集まった人物達は政治畑の要人と国を守護する騎士。その中でこの男だけが異質だと俺は思った。
議長の態度、聞き慣れない敬称、そして葡萄酒。このダルモアという男、間違いなく貴族だ。それも政治的な権力も有する高位の家柄。
少し前、この国のことをデールに訊ねたことがある。彼女が教えてくれたのは、トラッドは王制を敷いているが、国王は表向きの顔でしかなく傀儡であるということ。そして真に実権を握っているのは莫大な領地と雇用を抱えるいくつかの上位貴族であること。恐らくこの男の家柄はそのうちのひとつなのだろう。
「────きっとお気に召すと思います。機会があれば是非……」と俺は社交辞令のような言葉でお茶を濁す。
正直なところ好きか嫌いかで言えば嫌いだ。葡萄酒を独占する貴族のうちの一人とあっては当然だ。
「その辺で宜しいですかな、ダルモア卿。コホン……それではこれにて閉会する。カラノモリ君、我々はこの後協議を行い、処遇が決まり次第君に言い渡す、よいな?」
「はい」
「ふむ。ではキャメロン君、送ってやりたまえ」
「承知しました」
目の前が真っ暗になったかと思ったら、またぞろ色気のない石壁の内側に戻ってきていた。
いつの間にか握り固めていた拳の内側は汗でびしょ濡れになり、額はぎとぎとと脂ぎっていた。聴取などと言っていたが、刑事裁判の被告人にでもなったような気分だった。
「さて、どうなるか」俺は半ば諦めたように独りごちた。
ベッドへ腰を下ろすと、急に疲れがどっと出た気がして横になったが、ブレアのことを考えるとなかなか寝付けなかった。