中央議会
「────今日の晩、臨時の中央議会が開かれる。トラッドの指導者と国選魔導士が額を集めて貴様の処遇を決めるのだ。そこで私はある提案をしようと思っている」とキャメロン。
彼女は一呼吸置いて、その後に続く要の部分を話し始める。
「ショウ・カラノモリを飼い慣らすのはどうか、とな」
この口ぶりには当然ながらあまり良い印象を受けない。ただしそういった言い方になってしまうのもわかる気がする。
彼等にとって俺は"人間が大好きな猛獣"なのだ。人間を襲うことはほぼないとしても、人間に脅威を与えるだけの力があるということは明白で、安全装置もなしに傍に置くことなど到底できない。
「どうやって俺を飼い慣らす?」
変な応答だと自分で言っておいて思った。この状況から俺が一定の自由を獲得するためには、何か強制的な縛りが無ければ成立しないと想像したゆえの返事だった。
「貴様の身体には私が施した刻印が刻まれている」
「いつの間に……ど、どこだ?」
「教えんよ、それに場所が分かったとしても私にしか見えん。その刻印が刻まれている者は私の追放魔法によっていつでも遠隔転移させることが出来る。この意味がわかるか?」
「あんたは俺がどこに居ようと一瞬で俺を牢にぶち込めるってことか」
「そういうことだ。アトデの段階で逃亡される危険性もあったから付けておいた」と無邪気に語るキャメロン。
この魔法もこの女も鬼畜すぎる。倫理観と人権までどこかへ追放されてしまっている気がしてならない。
「つまりあんたが俺の手綱を握るってのか?」
「そうなるな。何、便宜上のことだ。貴様が妙な動きをしなければいいだけの話。牢へぶち込めるなどと生易しい例を挙げたが、水中や土中に転移させればすぐに処刑することも可能なのだぞ?」とすまし顔でキャメロンは語った。
この女が今、俺の生殺与奪を完全に手にしていることを俺は理解した。
「─────わかった。その条件でブレアを探しに行けるなら、俺はそれでいい」
キャメロンは俺の返答を聞くと、ゆっくり一度瞬きをして姿を消した。
それから再び彼女の顔を見たのは数時間後、ちょうど俺が牢のベッドに横たわっていた時だった。
「えっ!?はっ!?」
俺は気が付くと鮮やかな朱色の絨毯の上、大勢の大人が見守る中だらしない格好で尻を掻いていた。
「───ショウ・カラノモリ、姿勢を正しなさい」老齢の男性の声が俺に差し向けられた。
すり鉢状に作られた会議室は半円形にいくつもの座席が置かれていて、三段に高低差がついている。そこへ十数名の人間が顔を連ね、その視線は全て中心に居る自分自身へ降り注いでいた。
俺は慌てて体を起こし、気を付けの姿勢をとった。荘厳なつくりの会議室と厳かな雰囲気に自然と背筋が伸びる。
先ほどの声の主である正面最下段に座る白髪の男性が「これよりトラッド国憲法第七十七条、時魔法に関連する複数項に抵触する件について聴取を行う」と宣言を行ったあと「かけなさい」と座席への着席を促された。
改めて俺を見つめる顔ぶれを見てみると、皆一様に異端者を見る冷たく厳しい眼差しだった。その中にキャメロンもいて、彼女だけは背が低いからか机の向こう側から不敵な笑みを浮かべた顔だけが見えていた。
「カラノモリ君、私が此度の議会を取りまとめる議長をしているブルックという者だ。これから君にいくつかの質問をする、いいかね?」と先ほどの老齢の男性が言ったので、俺は「はい」とだけ返事をした。
「ではさっそく設問に移らせてもらおう。第一に、先日の心問調査によって君が時魔法を行使していることが判明したわけだが、それは間違いないかね?」
「はい、おっしゃるとおりです」毅然とした態度で俺は答えた。
「ここにいる中央議会の議員と国選魔導士に名を連ねる者は心問調査の報告書に目を通している。まず全員が疑問に思ったであろう事柄から解決しておこうと思う。君の記憶を心問魔法によってホーマン君が読み取った結果、君の記憶はわずか一年にも満たないことが分かった。それはなぜかね?」とブルックは俺に問いかけた。
身体中から脂っぽい汗が噴き出した。
心問魔法とやらはどうやら俺の生前の記憶に対しては干渉していないことは嬉しい誤算だった。しかし───それはこの世界へ転生してからの記憶しかないということで、非常に不自然なものにならざるを得ない。
「………わかりません、アイラの村の近くの森で目を覚ましたというのが俺の最も古い記憶です。それ以前の記憶は俺にも…」と俺は嘘をついた。
心問魔法の正体がわかった気がする。まず、俺が考えていることをそのまま読み取れるわけではないということ。もし俺が過去に思考していたことを読み取れるのだとするなら、クレイグの存在や転生にまつわる情報も全て読み取れることになるのだから、この質問自体が必要なくなるはずだ。その正体は俺が過去に起こした行動を俯瞰的視点で追体験するものではないかと推測できる。
「ふむ、やはり記憶障害か……」ブルックは真っ白な顎鬚をつまんで難しい顔をした。
「───議長、発言よろしいでしょうか」と緑ががった長髪の男が言った。
「許可しよう」とブルック。
「時魔法を使えるのなら身体的年齢は裏付けに何の効力も持ちません。私はこの男が大災害を引き起こした張本人である可能性が高いと考えます」
恐れていたことが起きてしまったと思った。これまでに時魔法を使える者が見つかったのは当然これが初めてで、俺が二代目だということは俺にしか知りえないこと。俺自身が大災害を引き起こしたのだと決めてかかられるのもごく自然な流れ。そして俺はそれを否定する術を持たない───
「む、何かねキャメロン君」
キャメロンの方へ目をやると、彼女の机から小さな腕がひょっこり顔を出していた。
「先日中央議会でも槍玉に上がったので皆記憶に新しいかと思うが、この者は龍鶴会合を成し遂げた功績がある。調査報告書の内容を見ても、キャンベルを怪人の手から救うために時魔法を行使するなど、善性が感じられる。何よりこの場で大人しく設問を受けているのがそれを示すいい証拠ではないか?」とキャメロンは弁論した。
どうしよう、好きになりそうだ。
「情でも移ったかキャメロン!ちんちくりんは黙っていろ!」と長身の男は怒鳴り散らした。
「小便臭い小僧が私に意見するな。貴様こそ大人しく見ていたらどうだ」とキャメロンも応戦。
「キャメロン君、フェルディ君、私語は慎みなさい。次に勝手に発言をしたら退場させるからそのつもりで」とブルックは釘を刺した。
イエローカードを叩きつけられたことが堪えたのか、両名はしぶしぶ矛を収めたみたいだった。