追放の童女
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「─────それで、何故あんなものを所持していたの?」鋭い目の女は両肘を机について対面の俺を見つめた。
「言ったら信じてくれるのか?」
この女はここの自警団長で名をアラヒーという。自警団舎へ連れてこられてすぐに俺は彼女の執務室へ通された。
「さてね、それはあなた次第」女は長髪を耳にかけ、不敵に笑みを浮かべた。
壁面に設えられた暖炉の奥で薪が乾いた音を立てる。アトデの自警団舎は南部のものとは違って気密性が高く暖かそうだ。
「あんた達もすでに知っているだろうが、コットペルで怪人による誘拐事件があった。例のキャンベルの襲撃事件の時に暗躍していた奴だ。そいつがブレアという竜人を転移魔法で連れ去った。それを阻止しようとして俺も一度は転移について行くことが出来たが、取り逃してしまった。怪人の転送網をひとつ潰すためにも、その場に置いてあった刻印柱を回収しておいただけだ」
まったく何度も同じ説明をするのは本当にうんざりだ。
「随分、理路整然と話すのね」
「ついさっき松葉杖の女に全く同じことを説明したばかりだからな。言っておくがあの娘と俺は無関係だぞ、釈放してやれよ」
「あら男前。証言にも嘘はないようね、ショウ・カラノモリ」
「なっ…………人が悪いぞ。最初からわかっていたな?俺が何者かも、ここへ流れ着いた経緯も」
この女は既に俺の正体を分かっている上で証言させて齟齬がないかを試したのだ。あまり気持ちのよいやり方では無い。
「ウフフ…………察しの通り怪人の誘拐事件のことも、あなたのこともすでにこの街まで伝達されているわ」
「だったらもういいだろ。刻印柱は元々自警団に引き渡すつもりで持って来たんだ、くれてやる。わかったらさっさと釈放してくれ」
俺はこんなところで足止めを食っている場合ではないんだ。
「ええ、もちろん刻印柱はこちらで回収させてもらうわ。でも釈放の方はダメね。王都から捕縛命令が出ているの」
「…………は?どうしてだ」
こんな辺境の街まで一報が届いている程だ、情報が一度中枢を経由していることは想像の範疇。しかし"保護"ではなく"捕縛"というところがどうも引っかかる。
「さてね、それはお上に聞いてちょうだい。明日、あなたを迎えに王都から使者が来るわ。とっても有名なね」
「有名な使者?中央のお偉いさんか?」
「お偉いさんというのもあながち間違ってはいないわね。トラッドの騎士階級最上位、十指のうちの一人よ」
「それってもしかしすると番号持ちとかいう連中の事か!?」
「────そう、彼女は"VI"の数字を与えられているわ」
カリラが若かりし頃に選抜されていたと聞いている、国内十指の実力を持った魔法使いの組織。その一人がわざわざ俺を迎えに来るとはやはりただごとではない。
「成り行きに任せるしかない……か」
「あなたのことは私も新聞を見たから知っていたわ。今回のことは事情を聞く限りあなたに落ち度はない。攫われた彼女を助けたいんでしょう?……なんのお触れも出ていなければ私達もあなたに協力したと思うんだけれど、お上からの命令だから勘弁してちょうだいね」と言ってアラヒーは斜め下へ目線を外した。
「別にいい、あんた達が気に病む事じゃないさ。気の毒だと思うんならひとつ質問に答えてくれないか?」
「言ってみて」
「別にこのあたりでなくてもいいんだが、『霧の島』と聞いて思い浮かぶ場所はあるか?」
「霧の島…………心当たりはないわね。なんなの?それは」
「そうか、怪人が言っていたんだ。勝手に話しておいて申し訳ないが、他言無用で頼むよ」
房にでもぶち込まれるかと思ったが、宿舎の一室を貸し与えて貰えた。
翌日、扉をノックする音で俺は目を覚ました。
「─────入るぞ」若い、というより幼い女の声だった。
「ふあぁ……誰だこんな朝っぱらに」
ベッドから身体を起こすと、装飾があしらわれた高級そうな深緑のローブを身にまとった金髪の可愛らしい童女がそこにいた。
「こ……ども?」
「子供ではないわ莫迦者がっ!!」と幼声で童女は一喝した。
随分と変わった喋り方をする子供だ。格好から察するに高貴な身分の子かもしれない。並行に切り揃えられた前髪が実にキュートだ。
「どうしてこんなところに来ちゃったんだ?お父さんとお母さんは?」俺はしゃがみこんで目線を合わせた。
「だから私は子供ではないというのがわからんかっ!!」
なるほど背伸びしたい歳頃らしい。そういえば俺が幼少の頃もそうだったが、周りのこれくらいの時分の女の子は妙に大人の真似事に拘ってたりしたものだ。
「はいはい、一緒に大人の所まで行こうな」俺はにっこり笑顔を作って童女の頭を撫でた。
「な……っ、やめろ…………っ」
「────ショウ・カラノモリ、その辺にしておきなさい。どうなっても知らないわよ」童女の後ろからアラヒー団長が顔を出した。
「ちょうどいい所に来た。この子を────」
「使者はこの方よ」
「は?」掌の下で膨れっ面をしている可愛らしい生き物へ俺は視線を移した。
「触るなっ!」童女は俺の手を払い除けた。
「その方が"追放"の称号を与えられた六番目の国選魔導士、キャメロン・ブリッジその人よ」アラヒーは憐憫を含む眼差しを俺に向けた。
「え?こんな子供がか?」
「私は三十八だ、子供扱いするでない」
「三十八?番号持ちってのは三十八番目まであるのか?」と俺はすっとぼけて見せた。
「年齢だ、うつけ者。これから貴様を王都へ連行する」
この童女が三十八歳だと?馬鹿な。死ぬ前の俺と五つしか違わないじゃないか。どうしてこんなに若々しく、というか幼いままでいられる。もしかしてこいつも時魔法の使い手か。
「俺はどうなる」
「それは私が決めることでは無い。団長、聞けばもう一人連行して欲しい人物がいるそうだが?」
「ええ、別室に待機させてあります。彼女は元々王都の人間で、ここへの道中で偶然この男を馬車に載せたそうです」
「なるほど。では順繰りにゆこう」
ローブの隙間から細くて小さな腕が伸び、掌が俺に向けられ淡い光を放った。アトデの街における俺の記憶はここで終わっている。
「─────なっ、なんだ!どこだここは!」
次に俺の瞳に映像が映りこんだ時、視界に捉えたのは鉄格子だった。足元は石の板、周囲は石の壁。
「あぁクソっ、また牢獄か」冷たい石の床に俺はどさりと座り込んだ。
まったくここより退屈な場所はない。前回はしょうもない話し相手が居たが今度は────
「わぷっ!?」
鉄格子をぼんやりと眺めていた俺の視界は突然なにか柔らかいもので遮られた。
「きゃあっ!」
松葉杖が床に転がる音が室内に反響する。顔を上げるとそこには照れくさそうに頭を搔くカティの姿があった。
「あんた……一体どこから……」
「いやー、ははは」
「重いから退いてくれると助かるんだが」
「おっ、重くないっ!!」
腰の上に跨る形で突然姿を現したカティ。今になって彼女の体温がじんわりと伝わってきた。
俺は急かすようにカティを睨みつける。
「あのー……手伝ってくれませんか」照れくさそうにカティは言った。
少し前屈みになりながらも俺は不自由な足を抱えた彼女を脇へよけ、松葉杖を拾い上げて渡してやった。