新聞記者
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──────数時間前
街道の脇で小休止をとっていると、荷物を積んだ馬車が一台通りかかった。
「───────あ。ちょっと停めてくださいっ」荷馬車から若い女の声が聞こえてきた。
馬車はその場に停車し、ほどなくして座席からキャスケットを被った小さな女が降り、松葉杖をついてこちらへ近寄ってきてこう言った。
「あのぉ、大丈夫ですか?」
「いや、あんたの方こそ大丈夫か」
松葉杖をついている奴に心配されるほど俺は険しい顔をしていたのだろうか。
「あたしは全ぜ…………んん?むむむ。あーーっ!!」女は仰け反って俺の顔面を指さした。
「な、なんだいきなり」
「お兄さん、もしかしてアトデに行かれるのではっ?」
「そうだが」
「あーっなんという偶然!あたしも今アトデに向かっているところなのですっ!御者さん、この方を載せてあげても構いませんね?座席は空いていますよね?代金はあたしが払います!いいですよね?」女はバカでかい声でまくしたてた。
御者が遠くの方で右手を上げて合図をした。
「決まりですっ!さあ…………おとととと、ちょっと肩を貸して貰えませんかねぇ…………」
渡りに船とはこの事だけれどどうも解せない。俺とこの女の立ち位置が反対なのだとしたら十分起こりうることだとは思うのだが、何故ここまで見知らぬ男に親切にしてくれるのか。
「こちらとしてはこれ以上ないほど有難い申し出だが、どうしてこんなに親切にしてくれるんだ?」
「ややや、積もる話はゆっくり馬車に揺られながらと致しましょう。さあさあさあ、あちらへ」
促されるまま彼女に肩を貸し、俺は馬車へ乗り込み腰をかけた。
「あたしはカティって言います、王都で新聞記者をしているものです」と女は自己紹介をした。
「新聞記者……へえ。俺はショウだ、載せてくれて本当に助かった。今人を探していてな、急いでいるんだ」
「ほう!おかしいと思いましたよ、竜騎士の貴方がこんな街道の脇で疲れた顔しているなんてっ」
「なんだ、俺の事を知っているのか」
「知ってますとも!あの新聞うちから発行されてますからっ」
「は?じゃあ君はあの新聞社の社員なのか?」
「もちろんもちろん。てゆか、あの"竜騎士の戰い"って見出し考えたのあたしですし!」
「よし、殴らせろ」俺は右手で拳を作って彼女を威嚇した。
「もちろんもち───ええ!?なんでそうなるんですかぁっ!?」カティは両掌を開いて俺を制止した。
「あの記事のせいでそこらじゅうでああ呼ばれるこっちの身にもなれ。恥ずかしくてしょうがない」
「あらら、お気に召しませんでしたか。でもさっき載せてくれて助かったって」
「『馬車に』に決まってるだろ!!」
「えへへ、冗談ですよぉ。ところでどうしてこんな場所へ?確かショウさんはローランドにお住いのはずでは?」
「それが一刻を争う事態で───────」
目の前の女は新聞記者だということを思い出し、言葉に詰まってしまった。現にこの記者は今の切り口を耳にしただけで瞳を爛々と輝かせてすでに聞く体勢に入っている。
「まあ、言ってしまってもいいか。今世間を恐怖に陥れている怪人のことは知ってるな?」
「もちろんです!」
「あんたが作った記事に掲載された写真に写っている竜人のこともわかるな?」
「はいっ。ブレアさんとアソールさんというご姉妹で、コットペルとの親善大使と秘書官をされていた方ですよね?」
「そうだ。その姉の方が怪人に攫われた」
「なっ─────それでここまで彼女を探しに!?」驚きのあまりカティは口を覆っていた。
「まあそんなところだ。キャンベルで起きた事件で大勢の転移魔法管が犠牲になっただろ、その能力を怪人に悪用されてな」
「あのぉ……もしかするとブレアさんとショウさんというのは恋仲とかではありませんかね?」カティはにんまり笑った。
「余計なことを聞くようならもう何も話さないぞ」
「は、はいっ!失礼いたしましたっ!」
「それでだ、一刻も早く彼女を取り戻したいんだが、実は俺の方も分からないことだらけでどう動いたらいいか迷っている。だから力を貸してほしい」真っ直ぐカティの目を見て俺は伝えた。
「………………や、ヤッバイ目ぇしますね、わかりました。あたしに出来ることならなんでもするッス。まずは─────」
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アトデの街はハイランド西部に位置し、遠目から見たところコットペルと比べて遜色ない規模の街に見えた。北風を避けるためか、街の周囲はぐるりと石壁に囲まれている。
「─────止まれ、荷物を改めさせてもらう」街の門兵が馬車の前に立ち塞がった。
「何かあったんですかい?」怪訝な顔で御者は門兵に訊き返した。
「昨日、ローランド地方で怪人による襲撃があった。その手口が貨物に刻印柱を紛れ込ませて街中まで輸送し、転移するというものだったらしく警戒を強めるように王都から御触れが出ている。面倒なことを言ってすまないが、怪しいものが無いかだけ見させてもらうぞ」
「そうですか、どうぞどうぞ」と御者は対応した。
二人の門兵が馬車の最後方に周り、荷台に怪しいものが無いか調べ始める。
「ま、まずいかもしれない」
「えっ?」カティは口を半開きにしてこちらを見た。
「持ってるんだよ、俺。怪しいもの……」
「ええっ?」
「さっき、西の海岸に転移してきて置き去りにされたって説明しただろ?その時に一応と思って置いてあった刻印柱も持ってきちゃってんだよ……」
「もしかして、さっき荷台に放り込んでたのがそれですかっ!?」
俺は双眸を閉じて強く頷いた。
「────応援だ!!応援を呼べッ!!」
真後ろから厳しい声が響き狼狽える御者。
「この荷物は誰のものだ!」すぐさま追求の言が飛ぶ。
両手を開いて左右に振り、自分のものでは無いと否定する御者。
「俺が持っていたものです……」後ろの座席からゆっくりと身を乗り出して言った。
「今、転移魔法に用いる刻印柱は王都に直轄管理されているはずだ!何故貴様のような者が携帯している!」と怒鳴りつける門兵。
ごもっともだ。それにしてもロイグはどうやってコットペルに現れたのかと思っていたが、そんな手口を使っていたとは。
「ままま待ってくださいっ!この人は無実ですっ!」しゃしゃり出るカティ。
「む、お前も仲間か」と門兵は目を光らせる。
「えっあたしは……」
俺はちらりと横目でカティを見た。
「うぅ、あたしも……仲間……です」
「よし、この二名を自警団の詰所へ連れて行け!」
「あーん!なんでそうなるのおおおおおおおおおお」
しかしながら、昨日の今日で中枢へ襲撃事件の調査内容が通達済みであることは、俺が動く上では有利に働くのではないかと思われる。
やれやれ、この街には闘技場などなければよいのだが。