灯台守の遺物
そこらじゅうに張り巡らされた蜘蛛の巣を破り、螺旋を三周ほとした頃、やっと灯台の頭頂部へと至った。
そこには確かにオレンジ色の光が灯されていてたが、それは俺が想像するものとは全く別のものだった。炎ではなく、まして霊的な火の玉などでもなく、俺がこの階段を上がってくる時に使用した人工的な灯りと同じ。すなわち大型の発光石が台座にはまっていた。
「こんなに大きな発光石もあるのか。まてよ─────」
この廃屋灯台に足を踏み入れてすぐにやはりこの灯台には人気は無いと決めてかかっていたが、これを見せられると話は変わってくる。発光石は魔法力を込めることによって発光する。つまり魔法力を供給する者が居るはずなのだ。
「ここへ上がって来るまでに部屋は無かった、一階にも人が生活している様子はない……」
ここで俺はアイラに住むローゼばあちゃんのことを思い出した。
「────となると地下か」
石で組まれた階段を下り、真っ暗な一階フロアを捜索すると、案外呆気なくそれは見つかった。取手がついた金属製の板を横へずらすと石で出来た地下への階段が姿を現したのだ。しかも階段を降りた先にある部屋からは人工的な灯りがこぼれている部屋が二室ある。
「失礼します」と一言断りを入れてその階段を下り、手前側の部屋へ入った。
──────俺は絶句した。
例えば部屋の中に白骨死体があっただとか、ゾンビ犬がいただとか、そういった衝撃とは全然毛色の違う衝撃。
この部屋には海月しかいないのだ。
部屋の大半の面積を占める巨大なガラス製の水槽が鎮座し、その内側には見たこともない種類の海月がふわふわと漂っている。何年も手入れがされていないのか、水槽の内側は殆ど苔や藻で覆われていた。
水槽から三つの金属製シャフトが立ち上がっていて、ひとつはこの部屋の天井に配された発光石へ、もう二本は天井に開けられた穴の中へ通されているみたいだった。
部屋の隅には小さな木製の机と椅子が置かれており、引き出しを開けると封がされていない便箋が入っていた。
中には茶色く変色し、カビだらけの紙が入っていて、そこにはここを後任する人間に向けて掠れた文字でこの海月達の正体が記されていた。
「"有機灯火装置"?」
所々掠れて完全には読めないが、書いてあることは殆ど理解することが出来た。この海月は特別に遺伝子を組み替えて作り出した、魔法力を放出することが出来る海月らしい。
つまりここには彼らが放出する魔法力によって恒久的に灯りを灯す有機的な装置であることが書かれている。水槽の海抜高さを調整し、引き潮の時に一部の海水が排水され、満潮の時に新しい海水がエサとなるプランクトンと共に入ってくる仕組み。
「遺伝子組み替えなんて技術がトラッドにあったとは。それじゃこの海月達はずっとこの部屋で生き続けてたっていうのか……」
俺は便箋を机の中に戻し、隣の部屋へ行ってみることにした。
するとそこには八畳ほどの広さに朽ちた二組のベッドと机と椅子、本棚が所狭しと置かれていた。寝具の状態を見るに、やはり残念ながらこの場所には誰も住んでいないのだろう。
机の上にある革製の日誌と思しきものを開くとページにはびっしりと海洋生物に関する研究の記述がなされていた。
その中の一節には"海月の中には不死性を持つ種がいる。彼らは死を悟ると幼生へと戻り、また一生を振り出しに戻すことが出来る。この種類の海月に我々人間と同じように魔法力を持つ改良をし、利用することが出来れば恒久的に魔法力を取り出すことも可能になるかもしれない"という記述もあった。
「なるほど。ここは灯台であり、研究室でもあったのか…………バランタイン博士、か」手帳の裏表紙に書かれた文字を見て俺は独りごちた。
微生物を利用した排水処理などがそうであるように、現代の地球でも似たようなものはある。しかしこの世界ではそこに魔法が加わってくるのだから凄い。
この夜、俺はそこいらじゅうの書物を物色しては手に取り、床に座って読みふけるうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。
翌朝、俺は直ぐに東へ進路を取った。
というのも、昨晩一夜を明かした灯台の研究室に置かれていた日誌を読んでいる時、文章中に"アトデ"という名前の街が頻出し、日誌に付属された地図の中にその街を発見したからだ。
自分自身の位置まではわからなかったが、地図によると西海岸に沿うよう南北に街道が走っていることがわかった。つまりこのまま東へ進めば遅かれ早かれ街道へぶつかることになり、アトデの街はその街道をさらに南下した場所にある。
結果から言えば、俺はこのアトデという街へ今日のうちにたどり着くことが出来た。道中、思いがけない出会いがあったおかげで。