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襲撃、再び

 



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 アイラからの復路、龍化して飛行中のブレアの首元でクリアに見えるベンネ・ヴィルス山の新緑を見つめながら、山脈の向こうに住んでいる小さな天使のことをぼんやりと思い出していた。


 そんな折、ブレアの瞳が何かを見つけたみたいだった。


 《ショウ様っ!あれはなんでしょう?》魔法力を用いたブレアの声が頭の中に響いた。


 眼下に見える竜鶴の丘のあたりで大きな砂埃が舞っている。


 《何か起きて──────》


 俺の言葉を妨げたのは、打ち上げ花火が弾けた時のように大きな大気の振動だった。


 《降下してみましょうか?》


 《ああ、今の衝撃音はただごとじゃなさそうだ》


 風を受けていた翼を小さく折りたたみ、竜鶴の丘をめがけてブレアは風を切る。


 丘の下に二つの人影が見える。彼らは砂埃が上がる丘陵の横腹に対峙するような形で佇んでいた。そして、さらに接近するとその二名が俺がよく知る人物であることが明らかになった。


 ブレアは翼の生えた半竜人の姿になり、俺を抱えてゆっくりと彼らの元へ降下する。


「─────小僧っ!?」ふわふわと空中を漂う女は俺を見つけて言った。


 傍らにはフィディック団長の姿もある。


「カリラさん、これは一体どういう……」


「どうもこうもない、()()()じゃ」カリラは収まりつつある砂埃の向こう側を顎で差した。


 砂埃にぼかされて鮮明には見えないが、こちらに向かって歩み寄るシルエットは明らかに人の形をしていた。


「怪人か!?」


「いいや違うな、知能が低すぎる。あれはシーズに近い」と団長。


「人型のシーズ……」


 俺は初めてトラッドへ来た日の事を思い返した。アイラを襲ったデイダラボッチのように巨大な人型のシーズのことを。思えばあれ以来、俺が遭遇するシーズは人間以外の種をベースにしたと思われるものだけだ。


「戦闘力はさほど高くないんじゃが───────」


 カリラが説明しようとした瞬間だった。人型のシーズは砂煙を突き破ってこちらに飛びかかって来た。


「はッ!」


 俺とブレアは迎撃体勢をとったが、団長が発する声と共に何かが爆ぜたような衝撃音が鼓膜を揺らしたかと思ったら、シーズは後方に吹き飛びんで丘陵の横腹へ叩きつけられ、またぞろ大きな砂埃を上げた。


 外見上はシーズ独特の黒色の体表に覆われていたが、ロイグやボウモアとは違って一瞬見えた表情からは確かに知性を感じられず、どこか獣のような雰囲気さえあった。


「団長、今の音は……」


「私の衝撃魔法だ、対象に触れずに衝撃を与える。このシーズ、戦闘力はたかが知れたものだが馬鹿げたタフネスを持っているようだ。本来ならもう何度死んでいてもおかしくない」と団長は語った。


「わしと団長の二人がかりで何度も攻撃を加えているんじゃが、外傷の類いは瞬く間に治癒してしまうんじゃ。それで仕方がなく街の外へ追いやるしかなくてのう、このザマじゃ」とカリラは眉間に皺を寄せて言った。


「あの、コットペルの方は無事なのでしょうか?」とブレアは心配そうに訊ねた。


「大丈夫なはずじゃ。()()()()()()()()()()()()()、街の中心部に現れて発見が早かったからのう」


 ほっと胸を撫で下ろすブレア。


「いや、待てよ───────」


 どこから沸いたかわからない。そんなことが果たしてあるだろうか。こんな人外の化け物がコットペルに一歩でも脚を踏み入れればすぐに悲鳴が上がるところではないだろうか。


「きゃっ……ショウ様?」懸念に気がついた瞬間に俺はブレアの手を握って踵を返していた。


「ブレア、コットペルへ急ぐぞ!飛龍になってくれ!」


「な、なんじゃ?どうした?」とカリラは困惑していた。


 ブレアは促されるままに飛龍に変身し、俺は再び彼女の背に跨った。


「嫌な予感がする。一旦ここは二人に任せる!」


 《よし、出してくれ》と俺はブレアに魔法力を使って伝達。


 ただならぬ気配を察知したブレアはそのまま飛び立ち、真っ直ぐ全速力を用いてコットペルへ飛び立った。





 《──────ショウ様、一体何を……》


 《俺の気にし過ぎならいいんだが、これは陽動かもしれない》と彼女の疑問に俺は答えた。


 《陽動……ですか》


 《ああ。もし団長とカリラさんが今戦っているシーズが偶然コットペルを襲撃したというのならいいんだけれど、何者かがコットペルへ送り込んだのなら、破壊目的にしてもあまりに戦力として希薄すぎるし、再生力という特殊能力も時間を稼ぐためのものに見えてくる》


 《何者か…………あっ、これって》


 《気がついたか、この手口はキャンベルの時と同じなんだよ。いきなり街の中に現れたってのもロイグの仕業と見れば納得がいく。何が目的かは未だに分からないがな》


 キャンベル侵攻の時はボウモアが使役するシーズの大群によって自警団の目をひきつけ、ロイグは中心部にある転移ターミナルの内部で秘密裏に目的を成した。シーズを使って目的の場所から人を遠ざける陽動としては類似点がある。


 《どこへ降りますか!》


 《サルやアソールが心配だ、邸宅の方へ行こう》


 ブレアは邸宅の庭へ向けて、直滑降の体をとった。そして最後には飛龍の姿のまま着地点に激突する間際に力強く両翼によって起こした浮力で落下のエネルギーを相殺した。


 俺はブレアの背を急いで降り、玄関の扉を開ける。そして廊下を走り抜けると乱暴に居間のドアを開けた。


「ショウさんおかえり~」


「なンだ?てめェその顔は」


 そこにはサルとアソールがくつろいでいた。


 杞憂だったのかもしれない。そんな風に心の内に安堵がじんわり広がったその時だった。俺の想像では後ろへついてきているはずのブレアの姿が無い。


 急いで玄関先へ戻り、扉を開けるとそこにブレアはいた。ただし、招かれざる客も。


「─────やあ、ショウ。せっかく君の留守を狙ったのに随分勘がいいじゃないか。感心したよ」とロイグは言った、ブレアの真後ろから爪を喉元へ突き付けながら。


 残念ながら俺の懸念は現実のものになってしまった。最悪な形で。


「なんの目的でこんなことをする、ブレアを離せ!」と俺は怒鳴りつけた。


「いやあ、僕達はさ本当のところ君に力を貸して欲しいだけなんだ。だけれどショウ、君はどうしても僕達に対して協力的じゃないだろ?だからこうして()()()()をして外堀から埋めようとしているのさ」


「お姉ちゃん!!」俺の怒鳴り声を聞きつけて外へ飛び出してきたアソールが姉の姿を見て叫ぶ。


 サルは再び合間見えた男の姿を認め、目を剥いて言葉に窮していた。




「ショウ。悪いけれどこの子、貰っていくよ──────」


ロイグが転移魔法によって姿を消すその刹那、ブレアは懸命にこちらへ向かって手を伸ばす───────


キャンベルでロイグと遭遇しながらも捕縛を試みなかったように、こいつは次の瞬間には跡形もなくトラッドのどこかへ消え失せてしまう。それも今度は俺の大切なものを奪って。


彼我の距離は三メートルか、四メートルか。すぐに絶望的な物理的隔たりになるであろうその距離と、届かない自分自身を俺は呪った。


そして、願った。彼女の手を握るためのチカラを下さい、と。


ロイグはブレアを連れて虚空に消えた。

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