真相
「あの女……ボウモアは『収穫』って言ったんだ。それがどうも気に掛かっている」
「『収穫』か…………この場合収穫される対象は我々人間だと考えるのが自然だな。やはり今後もキャンベルと同じような憂き目に遭う都市があると見るのが妥当か」
「ああ、俺もそう思う。だが人間を殺して一体なんの得になるのかがわからないんだ」
「シーズと全く同じような性質を持つとするならですが、命の源は魔法力のはずです。それならシーズに殺戮をさせて魔法力を掻き集め、間接的にそれを吸収するためではないでしょうか?」とデールは予想を語った。
確かにそれは有りうることだ。吸引能力は最初、ロイグだけのチカラかと思っていたが、見たところ他者から魔法力を吸い取る機能だけはボウモアも共通して持っている。ダリウスの部下が目の前で急死させられたことによってそれがわかった。
「そもそもシーズってのは一体なんなんだ。誰かに造られた存在なんだろう?」
「シーズは昔、ハイランドの海洋学者が作り出した存在だ。竜人が生まれた理由と同じだよ」とフィディック。
「それじゃあ戦争のために……?」
「そうだ。発表段階ではラットや鳩のような小型のものだけだったが、ゆくゆくは人間に寄り添うよう家畜化される大型のシーズを創り出す予定だった。戦場と市井の両面で役に立つ労働力としてな。ところがそれ以降シーズ開発の進捗は発表されず、北と南の停戦協定が行われる頃にそれを覚えている者は殆ど居なかったそうだ。そして数年後にその研究所が原因不明の爆発事故を起こし、そこから逃げ出した何十頭かのシーズが自然界で繁殖したとされている。これは私も祖父祖母に聞いた話だから、信憑性は薄いがな」とフィディックは成り行きを語った。
「シーズも戦争の産物だったのか……その海洋学者ってのはどうなったんだ?」
「その男は爆発事故の現場から遺体で見つかったらしい。どちらにせよ爆発事故がなくとも年齢的に今は存命であるはずが無いが、もし当時その男が生きていれば、我々がここまでシーズに怯える必要もなかったかもしれないな」
一理ある。人間が大きな効力を持ったものを制御しようとする時、それが意にそぐわない挙動をとった時のために備えて必ず安全装置を用意しておくものだからだ。
その海洋学者もシーズが暴走した時に備えて、何かを用意していたのかもしれないが、今となっては確かめようのないこと。
「そうか……ボウモアやロイグみたいな知能を持った存在が自然発生的に生まれるわけがない。生みの親が死んでいる以上、別の何者かの手引きがあったとしか……」
「中央もそう睨んで、今になってまた調査をしている。爆発事故発生当初いくら調べても助手のような存在は見つけられなかったのに、滑稽な話だ」
「なんだか余計にわけがわからなくなってしまったな……」
「何か情報を入手したら必ず連絡しろ。こちらも新しい情報が入ったら人を遣わす、実際に接触したお前なら何か気づくことがあるかもしれんからな」
「ああ、わかった」
ボウモアはロイグのことを指して『弟』とも言った。この表現は姉弟の繋がりだけを並列に見ることはもちろんだが『同じ親から生まれた』という視点はどうしても排除することは出来ない。
つまり彼らを産み落とした存在がこの世界のどこかにいるというのは自明の理だろう。
それから俺は自警団舎を出て、デールにいくつかの空き家物件を見繕ってもらい、一緒にそこへ見学に行くことになった。
「────あなたほど会う度に肩書きが変わる人を私は見たことがありません。死刑囚、自警団員、親善大使、その次は竜騎士ですか」革靴の踵を鳴らして歩きながらデールは言った。
「頼むから竜騎士はやめてくれ、恥ずかしくて死にたくなる。あの記事を書いた連中のことが俺は恨めしいよ」
竜騎士と言われて喜ぶのはせいぜい十二、三歳までの男だけだ。『私、こういうものです』と渡された名刺に"竜騎士"と記載されていたら俺はその場で吹き出さない自信が無い。
「いいじゃないですか、竜人と共に歩む身としてはとても妥当な肩書きだと思います。子供が考えた最強の戦士みたいで格好いいですよ」と言ってデールは半笑いで流し目を俺によこした。
「喧しい、分かってるから言葉にするな。それはそうと、転移網の方はどうなんだ」
「政府直轄の組織に組み込まれて管理されることになったので、当面の間一般人には使用できそうにありません。あなたが遭遇した男性の怪人がキャンベルへ侵入した経路が問題になっていまして……」
キャンベル襲撃事件の翌日、トラッド全土に張り巡らされた転移網は一時停止の措置が行われたと拘留中に耳にした。
「一体どうやって侵入したんだ?」
「ここよりもずっと南、旧ローランド領の最南端に位置する"ブラドノック"という街をご存知ですか?」
「知らないな。どうしてそんな辺境の土地が関係してくるんだ?」
「ロイグという怪人はその小さな街から、キャンベルの中枢に侵入したんです。彼はキャンベルへシーズが侵攻する前日の深夜、無人になったブラドノックのターミナルへ侵入し、秘密裏に刻印柱を奪取して逃亡。翌日、人気の無い場所で標的となる魔法官が転移してくるのを待ち、魔法力を吸い取り殺害。そのままその魔法力を使ってコットペルのターミナルへ転移したと見られています」
「手の込んだことを………………ん?でもおかしいだろ。いくら大きくない街だとしたってターミナルには何人か転移魔法官がいるはずじゃないか。何故キャンベルとブラドノックを往復する転移魔法官の刻印柱だけを狙って盗むことが出来る?」
「その点だけははっきりとわかっていません。恐らく何度も身を隠して現場に足を運び、標的を見極めて用意周到に準備をしていたとしか……」
「それにまだおかしな点はある。キャンベルとブラドノックを行来することが出来る者が分かっていたとして、どちらの街に居を構えているか分からないじゃないか」
転移魔法官は二点間を一瞬で結ぶことが出来る能力を備えているのだから、キャンベルとブラドノックを結ぶことが出来る者ならそのどちらかの街に住んでいるはずだ。
「もしキャンベルに住んでいるのなら、朝一番で客と一緒に転移してきたところを狙えるかもしれない。けれどもブラドノックに住んでいるのなら、一度客と一緒にキャンベルへ転移してから、戻ってくる時にようやくロイグの所へ転移されることになる。キャンベルに転移する際に、復路に必要な刻印柱が転移室に無いことに気がつくかもしれないだろ」と更に俺は追及した。
「ふぅ…………なんというか、頭が回るようで回りませんね、あなたは。別にどちらの街に住んでいようが関係なかったのですよ。考えてもみてください、もしあなたが転移魔法を使えるとして、自分の職場に向かう時そこに刻印柱があるのならどうしますか?」
「──────あっ」
まさに盲点だった。転移魔法官が二点間を往復することばかり考えて通勤のことにまで考えが及ばなかった。
「多くの転移魔法官がそうしていると思いますが、ターミナルへ出勤する時にも転移魔法は使用されています。ですからどちらに住んでいたにしても標的にされた転移魔法官は自分の刻印柱が転移室にあるかどうかを確認する術なく彼の元へ転移するしかなかったのです」
なるほど、それならば転移網の全面停止は英断だと言える。いくら要所に設置されたターミナルの護りを堅固にしようとその内側から敵は現れるのだから。タネが分かっている以上、秘密裏にとはいかないだろうが、彼の手法を使えばトラッド中のターミナルが侵入経路になりうるのだ。
「改めて思うけれど、ロイグの能力と転移魔法は最悪の相性だ……」
転移魔法官を殺し、転移した先でまた殺して転移し、それを繰り返して目標とする都市の内側に現れる。まるで"一マス進む"と書いたマスしかない双六をしているようなものだ。
「それともうひとつ。どういうわけかわかりませんが、キャンベルのターミナルに居た方達は殺害されなかったことも気掛かりで、彼らは口を揃えて『何も覚えていない』と証言しています」
死後、俺の時魔法によって巻き戻しを受けた者達だ。
「そこに六人の転移魔法官も含まれていたのですが、うち一人はロイグに持ち去られた自らの刻印柱へ転移して消息を絶っています」
六人も居れば一人くらいは興味本位で行動してしまうか。きちんと書き置きを残したのに、これでは巻き戻した意味が無い。
「─────あ……れ?」
思い出せ。あの時、俺は建屋の外からターミナル全体に効果が及ぶように巻き戻しをしたはずだ。だからこそあの場で骸だった全員が蘇ったわけだが、そうなるとターミナルの中に置いてきた書き置きの方はどうなる。
「どうかしましたか?」
「いやっ、なんでもない。それはなんとも不自然な話だな」
なんて初歩的なミスを。書き置きも時魔法の影響を受けて白紙に戻ってしまうことになぜ気づけなかったんだ。
助けられる命を失ったばかりか、これでロイグにこちらの方からも転移出来ることを既に知られてしまっているということじゃないか。あまりにも詰めが甘かったと自戒せざるをえない。
「ちなみに今の話は全て秘匿事項です、あなただからお話しました。くれぐれも口外無用でお願いしますよ」とデールは俺に釘を刺した。