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小悪魔なご令嬢

 

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 竜人の姉妹に焼き付けの工程を依頼した日の翌日、俺は速達でキャンベルのハリスに麦汁の供給を求める手紙を出した。熟成樽の養生も終わり、これであとは麦汁の到着を待つのみ。


 干し葡萄由来の酵母も、熟成用の木樽(カスク)も最も良い状態で試作に臨むため、毎日決められた時間に一日分時を巻き戻し、麦汁の到着までベストコンディションを保つように努めてきた。


 そしてその二日後のことだった。


「こんにちはー!」不意に外から女の声とドアをノックする音が聞こえてきた。


 今か今かと待ちわびていた俺はすぐさま椅子から立ち上がり、ドアを開ける。しかしそこには意外な人物が佇んでいた。


「あ。ショウさん、こんにちは」


 艶のある栗色の髪と、いつも俺をからかうように見つめる瞳がそこにはあった。


「─────ん?ミル……?」


 そこに立って居たのは、俺が足繁く通う大衆浴場の店主だった。彼女の後ろには四人の知らない男と、荷車に乗っている大きな樽が見える。


「えーと、何で君がそれを持ってきたのか聞いてもいいか?」


「なんでって、ショウさんが頼んだんじゃないんですか?わざわざお得意さまに頼み込むなんて回りくどいことしなくっても、あたしに言ってくれれば良かったのに」そう言ってミルはこちらに微笑んだ。


「お嬢!もう運んじまっていいんですかい?」男の一人が言った。


「うん、運んであげて」とミル。


 すると四人の男は手馴れた様子で樽を転がして室内へ運び込んで行った。


「……()()?」


「えっと、この人達うちの従業員なんです。あれ、言ってませんでしたか?あたしのフルネーム、ミル・エルギンっていうんです」と彼女は俺に告げた。


 俺はすぐにピンときた。


「エルギン…………それじゃあ君はペルズブラッドを経営する一族の令嬢ってことか!?」


「えへへ、令嬢なんて言われちゃうと照れちゃいますけどね……そうです、だからこうしてお望みの品を持ってきたんです」


「待てよ、するとダフトのやつもエルギン家の一族ということじゃないか……そんな生まれでどうして君は大衆浴場の店主なんてしてるんだ?」


「ダフトお兄ちゃんもそうなんですけど、あたしの性格は見ての通り大雑把で、お酒作りには向いてないみたいで……だからああして気楽にやってるのがちょうどいいんです」とミルは語った。


 てっきりあの大衆浴場はペルズブラッドがどこかから雇った人材をあてがっているものだとばかり思っていたので驚いた。まさか経営者の実の娘だったとは。


「なあ、こんなこと訊くのも変だけれど、お父上に俺の悪評とか広めたりしてないよな?」


「悪評?なんですかそれ。いつかあたしと同じ湯に浸かれると信じ込んでいる男の人のことですか?」ミルは意地悪っぽく口角を上げた。


「お、おい!家で俺のことをそんな風に話してるのか!?」


 俺は父親になったことは無いが、いくら客とは言え可愛い娘とあわよくば入浴しようという輩を見つけたとしたら、万死に値すると思うに違いない。


「ふふふ、冗談ですよっ。ご贔屓にしてくれるお客さんとだけは伝えてあります」


「なんだよ、脅かすなよ……」


 この街は麦酒によって栄えた街。それに関連する事業や酒を卸す酒場や酒屋が寄り集まって出来たようなものなのだ。それに、聞けば自警団の活動費もペルズブラッドが公費としてかなりの割合を負担してくれているらしい。この可愛らしい小悪魔の父はコットペルで一番怒らせてはならない人物なのだ。


「─────お嬢!終わりやした!」ドアからペルズブラッドの従業員がぞろぞろと外へ出てきて、そのうちの一人が言った。


「じゃ、あたし達は行きますね」そう言ってミルは掌をひらひらさせた。


「ありがとう、またな」


「ぁ。そうそう、酒が出来たら飲ませろと父が言っていましたよっ、それでは」そう言い残して彼女は引き上げて行った。


 はて。調味料の材料にしたいという理由にしておいて欲しいとハリスに頼んだはずだが、流石に無理があったか。それを見抜いた上で麦汁を提供してくれるとは、ミルの父は相当に懐が深い人物に違いない。


 兎にも角にも、これから俺はウイスキー作りに着手出来る。その喜びに身体が震えた。


 颯爽とした気持ちでドアを開け、改めて部屋の中を眺めると、三人で暮らすにはただでさえ手狭なのに、ウイスキー作りの為の樽が幾つも鎮座していて、このままではカリラの生活に支障が出てしまうかもしれないと今更ながらに危惧した。


「─────場所が要るな」


 試作を始めてしまってから不足を感じるのでは手遅れだと思った俺は再び外へ飛び出した。善は急げだ。




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「─────それで何故私のもとへ来る」短髪の男は不機嫌そうに言った。


「以前俺とサルが団に加入する時、すぐに住居を用意してくれただろう?だから、あんたならどこかに宛があるのかと思って」


「団を辞めて出ていったかと思えばすぐにトラブルに巻き込まれ、こともあろうに竜人を危険に晒し、すぐにこの街へ帰ってきたかと思ったら今度は住居の打診をしろ、と。貴様ほど面の皮が厚い奴を私は見たことがない」フィディック団長は掌で双眸を覆った。


「キャンベルの件なら別に俺が引き起こしたことじゃない。それに、今世間を騒がせてる"怪人"についての報告は早い段階できちんとしたはずだぞ」


「はぁ……デール!聞こえたか?」団長は少し大きめの声を団長室に響かせた。すると部屋の外から「は、はいっ」と慌てた声で返事があった。


 ドアが開き、頭を搔きながら気恥しそうに赤い髪の女が部屋に入ってきた。


「盗み聞きとは行儀が悪いじゃないか、デール」


「たっ、たまたま私も団長室に用があっただけです!」視線を泳がせながらデールは弁明した。


「その辺りの福利厚生は彼女に一任してある。どちらにせよ、お前のもとへ自警団の人間を遣わすつもりだったんだが、これでその必要もなくなったな」


「何故自警団が俺に用がある?まさか竜人の里と何かもめたか?」


 俺がこの自警団に籍を置いたままにしている理由から考えれば、竜人と交渉する必要が生じたと推測するのが自然だ。


「そうじゃない。お前達二人にはキャンベルの自警団とフルール商会から謝礼として一時金が出ている。それを受け取らせるためだ。これから住居を探すというなら色々と買い揃えるものもあるだろう、それに宛てたらどうだ」机の向こうから男は不服そうな眼差しをこちらへ向けた。


「ありがとうございます」自然と言葉が口をついた。


「ふん、金の話をする時だけへりくだる銭ゲバめ…………それはいいとして、お前は今後"黎明の三賢"とやらがどんな動きを見せると思う」と団長は話を切り替えた。


 話が長くなる覚悟を決めて、俺は革張りのソファに腰をかけた。

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