帰郷
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「いいのかよ大将、こんなところにいてよォ」
「何のことだ?」
「キャンベルを襲った連中のことが気にならねェのか?」
「ああ、そのことか。もちろん気にはなるさ、だけどそれで右往左往しなきゃいけないのはこの国を取り締まっている連中だろう?だったら任せておけばいい、それこそ番号持ちとかにな」
事件の翌日、すぐに俺達四名は重要参考人として聴取をされるため四日間の拘留を受けた。とは言えその待遇は決して悪くはなく、キャンベル防衛に大きく貢献したとして丁重に扱われた。
「てっきり正義の味方にでもなっちまったかと思ったが、そうでもねェか」とサルは一笑に付した。
「見えてきたぞ」
この日、俺とサルは小型の馬車を借り、コットペルの南西に向けて進路をとっていた。目的はようやく道筋がついた木樽の調達のためだ。
本当は一人で来るつもりだったのだが、俺は馬の乗り方を知らない。竜人の姉妹に乗せてきてもらうという手もあったが、アラドから大目玉を食らって自宅謹慎中だったので、サルの手を借りたわけだ。
正面の小さな村は木製の障壁によって内と外を隔てられ、上下に開閉する扉が俺達を迎えた。少し懐かしい気持ちでロープを引くと、滑車がカラカラと音を立てて扉は開いた。
たったの数時間しか滞在しなかったがこの世界における俺の故郷とも言える場所、アイラの村。
「あーーっ!!」村の出入口付近に居た若い女性は俺達を確認するなり指さした。
予想外の展開に硬直していると、女性はどこかへ走って行ってしまった。顔に見覚えは無い。一体なんだったのだろう。
困惑しつつも、長老宅を探して行先の定まらぬ歩みを数十歩ほど踏んだあたりで男がこちらに走ってくるのが見えた。
「ショウ!!ショウじゃねえかっ!!」
「タリス!久しぶりだな」
どうやら先程の女性は俺の顔を見てタリスをここへ向かわせてくれたらしい。
「『久しぶりだな』じゃねえだよ!おめえの人生どうなってんだ!?」
彼の言う通りだと俺も思う。
「誰だこいつァ?」
「前この村に立ち寄った時に世話になった村人だよ、サル」
「そっちは、もしかして一緒に新聞に載ってた人け?」
「あ、ああ。こんな村にまであの新聞は出回っているのか……」
「最初におめえの噂を聞いた時ゃ、無銭飲食で死刑になったけんど、それを掻い潜って自警団に入ったっつう話だ。何やってんだあいつはと思ってたら、今度は竜人とコットペルの間の親善大使になったっちゅう話でたまげただよ。そうかと思えば、今度は"竜騎士"とかなんとかで……おら頭がおいつかねえだよ」
「竜騎士はやめてくれ……恥ずかしくて消えたくなる」
"竜騎士"とは竜人と結託してキャンベル防衛に一役買ったことを報じる新聞の見出しに含まれる文言だ。竜人の姉妹はもちろん、俺とサルはいわゆる時の人になってしまったらしかった。
別にそれ自体はいい。ネガティブな理由で全国的に名が売れてしまったのならともかく、良い評判が広がるのは喜ばしいことだ。ただしひとつ気になる点を挙げるならば、そこらじゅうで『竜騎士様』と呼ばれたり、名前の前に『竜騎士の』という言葉をつけて呼ばれたりすることが堪らなく恥ずかしい。
「タリス、あの時みたいに長老の所へ案内してくれよ」
「別にかまわねけど、長老になんの用だよ?」
「事情があって、俺とタリスが最初に会った森に生えている木が欲しいんだ。だからあの土地の持ち主というか、あのあたりの権利関係はどうなってるのか知りたくてな」と俺は説明した。
「なんだかわからねえけど、それならおらにでも答えられるぞ。あの森は誰かのものってわけじゃねくて、ここのみんなで恵みを分け合ってんだ。ファニスの木は大概、燃料になるか家具や農具にしてるだよ」とタリス。
「そうか……それじゃあその家具職人か農具職人を俺に紹介してくれないか?」
「家具職人?そりゃおらじゃいかんのか?」
「ん……?タリス、お前家具職人なのか!?」
「そうだよ。この村にはおら以外にも居るけど、みんなおんなじようなもん作ってるだよ。机とか棚とか」
「門外漢な俺を許して欲しいんだが、酒樽を作れたりしないか?」
「酒樽は家具じゃねえからな、普通の家具職人には作れねえと思うだよ。けんど、おら達は別だ」
「ほんとか!?」
「おう、よく作ってんだ。ペルズブラッドへ卸してんだよ、麦酒と交換でな」
タリスの言葉を聞いて全身から力が抜けた。俺が求めていた木材がアイラの村近辺の森に自生しているということをグリンパーチ植物大学で知った時"灯台下暗し"という慣用句が頭に浮かんだが、そんな生易しいものでは無い。俺が求めて居たものは灯台の下ではなくて灯台の内側に既に在ったんじゃないか。
俺が得るべき教訓は『一見して関係なさそうな営みもどこかで繋がっている』ということだ。
「タリス、俺達の為にファニスを使って幾つか樽を作ってくれないか?もちろん報酬はきっちり出す。どうだ?」
「おめえの頼みだ、礼は要らんって。作り溜めてあるから幾つか持ってっていいだよ」
「流石にそれは申し訳ないな………そうだ、それじゃあこういうのはどうだ?俺が樽を欲しがってる理由は新しい酒を作るためなんだが、そいつが出来上がったら樽一杯の酒をここへ持ってくるよ」
「酒だあ!?おめえもつくづく何を考えてっかわからねえやつだよ。でも、おめえの作った酒ならおら飲んでみてえ!」
「よし、交渉成立だな。恩に着るよ……」
それから俺とサルはタリスの作業場へ案内された。土の床にはそこかしこに木の切削屑と見られる木片が散らばっていた。
「へへ、あんまし綺麗じゃねえから恥ずかしいけど、ここがおらの作業場だ。奥にちょうど作りかけのやつがあるだよ」
作業場の奥には梁からロープで吊るされた金属製の輪の内側に、十数個の木の板を繋ぎ合わせた円形の筒が置いてあった。
「おおっ!これが樽になるのか!」
「おう、これは板同士を貼り合わせて繋いでるところだよ」とタリス。
数十枚の木の板を貼り合わせたものが樽。そのことは誰にでも理解が及ぶと思うが、単純に直方体の板を並べても樽は完成しない。一枚一枚かんなで削って唯一無二の板をいくつも仕上げていくことが求められる。
何しろこの内側に液体が入るのだから、一分の漏れも許されず、板同士が接合される部分は凹凸無くぴったり同じ角度でなくてはならない。それを目で測り、肌で覚えるのが職人だ。どんなに科学技術が進歩しようがこれだけは代替が利かない技術。
「こいつをこの後、何箇所か乾いた植物のつるで締め上げて完成だよ。完成したやつが隣の倉庫にあるからいくつか持っていくといい」とタリスは解説を混じえて言ってくれた。
古くから日本では桶や樽を容器たらしめるために箍という竹製のバンドで締め上げる。『たがが外れる』という慣用句のたがだ。そういった樽の製法は植物を使って板達を束ねている点において共通点があった。
このあと四つほど同じ大きさの樽を見繕い、俺とサルは馬車の荷台へ運んだ。