[幕間]やりすぎジャーナリズム
「いたたたた!怪我人なんだからもっと優しくしてくださいよっ!」
ここは王都の一等地にそびえ立つとある新聞社の一室。私は昨年、燃える記者魂を胸に彗星の如く現れて、この汗臭い新聞社の男共をたちまち魅了した麗しの女記者。その名を─────
「カティ、お前太ったか?」
「あーっ!?このうら若き乙女になんてこと言うんですかっ!?しかもとびきり可愛い」
「自分で言うな」男は物でも扱うみたいに私のことを仮眠室のベッドに置いた。
「痛あ゛っ!!クソチーフ!!怪我してるって言ってるじゃないですかぁっ」
「だから出社せずに家で大人しくしとけって言ってあるだろうに。それをわざわざ会社で寝泊まりなんぞしやがって」
「記者魂に休息はない…………めらめらと燃えたぎる炎が消えるのは私が土に還る時のみです!」
「お前土に還りそうだったじゃねえか。頼んでもいない仕事でキャンベルくんだりまで行って、怪我しやがって」男は包帯でぐるぐる巻きにされた私の左足をはたいた。
「い゛だあいっ!!暴漢だ、横暴だ!!記事にしてやろうかまったくっ」
このとおり私は今、全治三ヶ月の怪我をしています。崩れた家屋の下敷きになった左脚の脛のあたりが、そりゃあもう見事にポッキリと折れて現在療養中。けれどもそれは左脚のお話、左脚以外は絶賛稼働中というわけです。
それもこれも渦中のキャンベル襲撃事件のせい。
この間の転移魔法官が遺体で見つかった失踪事件、すでに調査団は調査を打ち切っていましたが、私の記者としての鋭い嗅覚が、暗躍する闇の組織の匂いを嗅ぎつけたのです。決してフルールモアの焼物市で食べ歩きをする為にキャンベルへ行ったわけではありません。
そんなわけでチーフの制止を振り切り、私は単身キャンベルへ向かったんですが、私が得たものは名誉の負傷と血も涙もない減給措置……そして、命懸けで瞳に焼き付けた映像だけ。私の転写魔法でこれを紙面に載せるまでは、まさに粉骨砕身、身を粉にして働かねばなるまいて。
「────ぐふっ…………ぐふふふふ」
「笑い方気持ち悪っ」
「なぅぁーーっ!?ちょっと、いつまで居るんですか!早く出ていって下さいよ。用もなく女の子の部屋に長居するもんじゃないですよ?」
「ここはお前の部屋じゃないだろバカ、俺達も使う仮眠室なんだよ!そこをわざわざお前のために空けてやってるんだ。何か言うことがあるんじゃないか?」とチーフは私を睨みつけた。
「ん?うーん…………チーフ、私お昼はソーセージが食べたいです」
「こっ、殺してやろうかこいつ……」
「絶対記事にします」
「死人にそんなこと出来るかアホ。はあ……もう既に他所の新聞社が事件の記事を出してる。後発だがこっちは実写を載せられるんだ、きっと飛ぶように売れる。午後からは俺も手伝ってやるから今日中に仕上げるぞ」そう言ってチーフは仮眠室を出て行った。
それから私はチーフが運んできてくれた昼食を摂り、ソーセージを頬張りながら一人で見出しの内容を考えることにしました。
『巨龍と双龍、相対す』『空の王者』『龍を駆る者』どれもいまいちしっくりこない。
「─────なんだったんだろ、あの光」
私の技量では転写の為に焼き付けておける映像はたったの一枚きりで、焼き付ける度に上書きされてしまう。だから転写で持ち帰る映像は厳選しなきゃいけません。
黒い龍が墜落したあたりから金色の大きな光が何かに引っ張られるみたいに飛んで行ったのを私は目撃しました。持ち帰る映像はもう決まっていたから上書きすることはしなかったけど、一体あれはなんだったのか。
転写された映像と睨めっこしていると、不意にドアをノックする音が仮眠室に響いた。
「ぶぉーぞー」私がソーセージを頬張りながら入室を許可すると、チーフが入ってきて「これを見ろ」と他社の新聞を私に手渡した。
「ん゛ん!!ごえっへ!」
「口の中のものを飲み込んでから喋れ」
「ん、んぐ。これって転写の人物が誰だかわかったんですかっ!?」
「ああ、やっぱり小さい方の二頭は竜人の変身魔法らしい。コットペルに唯一居住権を持つ姉妹で、背中に乗ってたのはコットペルの自警団の連中だ。しかもこの四人のうち三人は─────」
「親善大使とその秘書官んん!?」
「そうだ、一時期話題になったコットペルと竜人の友好に一役買った連中だな。凄いことが起きてるよ」
「なになに…………『大輪の如き都市へ降り注ぐ大火から民衆を護ったのは二頭の美しい飛龍だった。コットペル自警団員と見られる二名がその背にまたがり、まるで騎士が馬の手網をとるように自在に龍を操った。』ですって」
「まさか北と南の戦争の産物がこんな形で脚光を浴びるなんてな」
「閃いたァーーーっ!!」
「うわ、急にでかい声を出すな、びっくりしたなあ」
「見出しはシンプルに『竜騎士の戰い』、これでいきますっ!これは英雄譚になりますよ!」
「竜騎士ってお前…………それほとんどこの記事に書いてある文章の盗用じゃねえか」
「どこにもそんな文字列はありませんっ!万が一パクリと言われても、売れなかった方がパクリになるんです!!」
「その言い草はもう自分で盗用だって認めちゃってるようなもんだけどな……」
こうして私は、後にこの年の定期刊行物発行部数第一位を飾ることになる奇跡のような新聞を書き上げたのです。
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二章はここまでで、次話からは三章に入ります。
追伸
適当なことは書けないと思ってしまったので某蒸留所の見学ツアーにエントリーしました、勉強してきます。