同胞として
またぞろいつぞやのように俺は木製の椅子へ腰を下ろした。
「君が一時的にここへ戻って来られたのは、あの不届き者のせいさ」
「ボウモアのせい?あの女にそんな能力が……?」
「ハハッ、ないない。君が居たから出来たことさ。君は僕が与えたチカラをさも自分の持ち物のように使っているけれど、あれは君の身体を通して僕が発現させているチカラなんだ。時魔法を使うのに限度を感じたことはあるかい?」
「…………言われてみれば、無いかもしれない」
「当たり前さ、リソースを負担しているのが僕なんだから。つまり君と僕は切っても切れない糸で繋がっている……君がさっき彼女の下僕に時魔法を使おうとした時、それらが共鳴を起こしたのさ」
「何を言っているか分からない。共鳴……一体何と何が」
「愛犬を散歩させていたら向こうからも同じような連中がやって来て、犬同士が喧嘩するもんだからリードが滅茶苦茶に絡まって解けなくなった、とでも喩えようか」
こいつの話はいつもそうだ、喩え話がかえって理解を妨げようとしてくる。
ボウモアはあの黒龍の生みの親であり、不思議な糸で相互に接続されていた。片やクレイグは俺の生みの親であり、時魔法という権能を供給するための道筋がついていた。つまりそれらが混線してしまったのではないかと自分なりに納得した。
「へえ、あんたみたいな全能者にもトラブルは起こるんだな」
「ハハッ!僕が全能者だって?そんなものはどこにも存在しちゃいないよ。地球人の言葉を借りるなら"誰にも持ち上げられない石を作り出せる者など存在しない"といったところかな。君も知っているだろ?全能者のパラドックスさ」
「知るわけないだろ。そんなことよりクレイグ、さっき"前任者"とか聞こえたがなんの事だ」
「ふむ、君もなかなか耳聡いな。僕が水槽に放した一匹目の"ヌマエビ"のことさ。大災害を起こした人物、とでも言えば君にもわかるかな?」
大災害の経緯を耳にした時から懸念はあった。それがこんなにも意外な形で明らかになるとは。全てを観測するクレイグが言うのなら、これ以上信憑性に足る話はない。術者はやはり俺と同じクレイグの使徒だったのだ。
「そうなるとまたひとつ疑問が増える。調停者がすでに居るのなら、何故新たに俺を差し向ける必要がある?」
「さてね。僕は過程込みで愉しみたいんだ、あんまり何もかも話してしまっても君という物語が面白さを欠いてしまうだろ?」
クレイグは俺という物語の視聴者─────考えたくない事だが、つまりこいつには俺の動向は全て見えているということではないのか。
「俺が調停者とやらの使命を果たそうとしなかったらどうする?」勇気をだして俺は訊いてみた。
「別にどうもしないさ、僕の箱庭を滅茶苦茶にしようって言うんなら話は別だけどね。さっきも言ったけどこれは君の物語だ。登場人物が自分の思った通りにしか動かない物語ほど見ていて退屈なものは無い」
最悪この場で存在を消されることまで考えていた俺は胸を撫でおろした。
「ならば御要望どおり俺は好きにやらせてもらうからな。気に入らなくなったら好きにするといい」と俺はハッタリを効かせた。
「ハハッ。君が言わずとも元々君達はそういう存在さ、好きにするといい。おや、そろそろ時間みたいだね──────」
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景色が切り替わると、鉄の匂いと焦げ臭さが鼻をついた。
「───────も、戻った……」
黒龍が座していた位置には様々な種類のシーズの亡骸が山のように折り重なっている。陸上に生きる動物達ばかりか、海洋生物の特徴を持ったものまでいた。
「この死骸の山は……それじゃあ時魔法は履行されなかったのか……いや、そんなことを考えている場合じゃない!」
俺は血溜まりの中に横たわるブレアに駆け寄る。彼女はもう声を上げる力も無く、ゆっくり瞬きをしながら俺の身体へ鼻先を擦り付けるだけだった。
「待ってろよ、今元に戻してやるからな」
俺はすぐさま巻き戻しの時魔法を詠唱。アソールの時と同じく、頭部を除く全ての部位に対して効果を及ばせる。
すると大地に流れた血液やちぎれた翼は全て彼女の身体へと巻き戻り、やがて竜人の姿へと戻った。
「───────ぁ。ショウ…………様?これがアソールを治したチカラなのですね?治癒ではなく、時間を……」ブレアはその身で権能の仕組みを理解したみたいだった。
「ああ、その通りだ。世間的に言うところの禁術……これはアラドにもフィディック団長にも明かしていない力だ。黙っていて悪かったな」
「いいえ。私がどうして非難することができましょうか。その禁術が私達を救って下さったのですから……たとえ疎まれる力だとしてもです」そう言ってブレアは俺の胸骨に中心に頬を預けた。
脱げてしまったストローハットを右手でキャッチすると、酷くほつれてささくれた繊維が掌を刺激した。
「ぼろぼろになってしまったな。新しいのを買ってやるからな……いや、もう隠す必要もなくなるか」
「いいえ、買ってください」と彼女は胸の中で言った。
「────お姉ちゃん!!」
ほどなくして、頭上からサルを抱えたアソールが"竜人式降下術"によってゆっくりと降りてきた。
「ブレア、テメェもうなンともねェのか?」と珍しくサルはブレアを気遣った。
「はい、ショウ様が綺麗に治してくださいましたから」サルの方へ向き直ってブレアは答える。
「へ、そうか」
「お姉ちゃん、死んじゃったのかと……どこにも行っちゃ嫌だよ……」アソールは堰を切ったように泣き出し、ブレアの身体にしがみついた。
「ええ。お姉ちゃんはどこにも行きませんよ、アソール」ブレアはそれを優しく受け止め、背中に両腕を回して抱きしめた。
ここへ降りてくる時、血溜まりの中で横たわる姉の姿を見たのだとすれば、アソールは相当な精神的ダメージを負ったはずだ。彼女がここへ駆け付けた時に待ち受けているのが姉の亡骸でなくて本当に良かったと思った。
「サル、上で見ていたか?」
「途中からなァ」
「俺はあの黒龍がどうなったかよく覚えていないんだ。何が起きた?」
「"光の塊"みたいなモンがここから飛び出して、どこかに消えちまった。それで黒い龍の方は死骸の山に戻ったンだ。それから俺達二人がここへ降りてきた時は、ちょうどテメェが姉の方を巻き戻してるところだった」とサルは語ってくれた。
「そうか。ひとつに纏められていたシーズが元の死骸に戻っているところを見ると、あの女が魔法力を回収したか……」
「─────おーい!」
向こうから手を振りながらやってくるのはダリウスを含むキャンベル自警団の連中だった。
「はァ……はァ……まさか本当に倒してしまうとは」山のように折り重なった亡骸を見てダリウスは言った。
「手厚い見送りのおかげでな」俺は皮肉を言った。
「あー…………いや済まない、あの方法しかなかったのだ。そちらのお二人は……その額の角……」
俺は慌ててブレアに帽子を被せた。その直後にもうどうしても隠しようがないと思い直した。
「そう、この子達は竜人の姉妹で、ブレアとアソールという。あの化け物からキャンベルを護った手柄の殆どはこの子達のものだよ」と俺は説明した。
「私達も遠目で見ていたよ、二頭の美しい蒼色の飛龍があの巨大なシーズへ立ち向かっていく様を。キャンベルの民を代表して、心から感謝する」団長が頭を下げると、団員も一様に頭を下げた。
「頭を上げてください。現在の竜人は、人と歩むことを望んでいます。同胞に手を貸すのは当然の行いです」泣きじゃくる妹を抱き寄せたままブレアは毅然とした態度で言った。
凛として清廉潔白で、辰巳下がりなブレアの佇まいにキャンベル自警団の一同は目を奪われている様子だった。
嫋やかだけれども芯が一本通っている強い女性。それが彼女なりの"他所行き"な態度なのだろう。
「ダリウス団長、俺達はこれからフルール協会へ行く。本部が設置されているならあんたもそこへ戻るんだろう?」
「ああ、事態収束の指揮をとらねばならないからな」
「なら一緒に行こう、あんた達と一緒の方が話が早い」
ダリウスは俺の求めに対して小さく頷いた。