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蒼と黒

 

「よーし、行くよウッキー!」


 元気を取り戻したアソールは再び飛龍の姿に変身し、いつかのようにサルを乱暴に背に乗せた。


「痛ッて……普通に乗せろこのクソ!」


 サルを乗せたアソールは脇目も振らず、黒龍に向かって行った。


「大丈夫か、あいつら……」


 《ここへ留まっても護りきれません、ショウ様、私達も!》闘志を秘めた龍の瞳がこちらを見ていた。


 いくら妹の身体が元に戻ったとは言え、目の前で妹を傷つけられた怒りは冷めやらぬようだった。それを聞いた俺は頷いて、すぐさまブレアの首元へよじ登る。


 先程まで黒龍の首元に蓄えられていた赤熱の塊は丸太のように太い首の内側を通ってせり上がり、今にも喉元から吐き出されようとしていた。


「アソール!一旦戻れ、巻き添いを食うぞ!!」


 至近距離で炎弾の直撃を受けるかと思われた瞬間、ミシミシと音を立てて漆黒の鱗が飛び散った。アソールは下方から"鉄拳"によって鱗ごと顔面をアッパー気味に撃ち抜き、炎弾は間一髪のところで上空へと発射方向を逸らされた。



 《あの拳はなんでしょう……》ブレアは見たことがない妹の姿に困惑している様子だった。


  《サルの奴だ、間違いない》


 二人の間でどんな会話が交わされたかは分からない。状況から判断するにあの鉄拳制裁はサルが彫金魔法によって周囲の金属を引き寄せ、アソールの拳を塗り固めたことによって実現したのだろう。


 以前までの彫金魔法の効果範囲はここまで広範囲に及ぶものではなかったはず。俺が竜人の里でのらりくらりとしていた間、サルは目覚めたばかりのチカラを懸命に磨いていた。


 顎を撃ち抜かれた黒龍は空中に留まろうと懸命に翼を動かすが、焦点が定まっておらず、そのままふらふらとよろめいて地に落ちてゆく。


 飛龍のパワーに金属の質量と硬度が加わった一撃はさぞかし、彼の脳を揺らしたことだろう。


 少し間があって上空で起きる大爆発。オレンジ色の光が降り注ぐ中、アソールは勝ち名乗りの咆哮を上げた。


 《好機です、追撃を!》ブレアは力強く大地を蹴った。


 《ああ!》


 落下点を見下ろし、未だ横たわったままの黒龍の姿を見つけるとブレアは翼を折りたたみ、狩りをする猛禽類の如く滑降。


 彼女の右爪が黒龍の横っ腹を捉えようかという瞬間だった。


「かは……ッ」突然の衝撃に俺はブレアの背中から振り落とされた。


 黒龍は身を捩って硬質化した尻尾を鞭のようにしならせて薙ぎ払ってきたのだ。直接攻撃を受けたのはブレアだったが、腹から背中へ衝撃が貫通するほどの威力。


 ブレアのものと思われる苦悶の咆哮が響き渡る。全身を貫いた痛みに耐えながら身を起こすと、そこには巨龍に踏みつけられてもがき苦しむ蒼龍の姿があった。


「ブレア……っ!待ってろ、今行く!」


 俺が彼女のもとへ駆け寄ろうとやっと一歩目を踏み出した頃、()()は既に起こっていた。黒龍は前足でブレアの身体を踏みつけたまま、背中の翼に食らいついている。


「やめろぉ!!よせえええええ!!」


 骨が軋み折れる音と共に黒龍はブレアの翼を食いちぎり、足元には黒々とした血溜まりをつくり始めた。何故この脚はこんなにも遅い。何故こんな非道い目に遭う。もうぴくりとも動かなくなってしまった彼女を認めた時、内側で真っ赤に燃えていた感情の炎が何かによって冷やされていくのを感じた。


 俺を射すくめる黄色い目を真っ直ぐに見据えながら、俺はゆっくりと距離を詰めていく。いつ流したかわからない涙で頬は濡れていた。


 今や不思議と心は悲哀や悔恨といった感情で支配されてはおらず、純粋な憎しみに囚われていた。自分でも驚いたことに、安堵すら覚えていたのだ。俺にとって本当に恐ろしいことは何か、最も取り返しのつかないことは何か、それを脳が認識してしまったからに他ならない。


 これは時魔法があって本当に良かったという安堵。死は取り返しのつかないものでは無いと思ってしまっている点において、もはや俺は常人の死生観を失ってしまったのだと理解するのは難しくなかった。


「お前は許さない、この世から消してやる」


 それはアイラの村でシーズに遭遇した時以来の全力開放だった。






 *

 *

 *

 *

 *

 *

 *

 *

 *

 *







「───────おや、少し戻ってくるのが早いんじゃないかな、唐之……いや、翔太郎」フィディック団長は言った。


 頼りを置く地面もないし、見上げるべき空もない。痛みも無ければ快楽もない。明かりはなくて、闇だけがある。


「何故今なんだ。何故俺を連れ戻した?」


 俺はこの空間と()()()を知っている。俺の事を翔太郎と呼べるのは、地球上の人間を除けば一人しかいない。あるいは、()()とでも表現した方がいいかもしれない存在。


「猿芝居はよせ、いつもの憎たらしい子供の姿に戻ったらどうだ?」と俺は続けた。


「人聞きが悪いなあ、僕は君を連れ戻してなんかいないよ、君の方から来たんじゃないか。それも招かれざる客まで連れて、ね」クレイグは以前見た子供に姿を変えながら話した。


「客だって?」


「─────クレイグ、今はそう呼ばれているのね」


 その女の声に身体中の毛が逆立った。


「ボウモア……なんでお前がここにいる!?」


  ロイグと同じ漆黒の肌と紫紺の髪を持つ女。キャンベルを襲ったシーズ達をミキサーにかけるみたいにひとつに纏めて解き放った女。そしてブレアを間接的に手に掛けた女が、振り返るとそこに立っていた。


 ここは超常的存在の閉じられた空間であり、同じ世界のどこかに存在していることすら疑わしく、そもそもクレイグが招いた者以外が立ち入れるとは到底思えない。


「前任者の件以来だね、ボウモア。言っておくけれど相変わらず君達ごときに力を貸すつもりは無いよ」クレイグは冷たく言い放った。


「別にいいわ。もっと他の方法で協───────」


 ボウモアは何かを言いかけて唐突にこの空間から消え去った。


「ハハッ!鳩が豆鉄砲を食らったような顔だね、翔太郎。他人の家に土足で上がり込む不遜の輩には退場して頂いただけさ」


「クレイグ、悪いが俺はこんな所で油を売っている場合じゃないんだ」と俺は訴えた。


「人の家にあがりこんでおいて"こんな所"とは随分と酷い言い草だね。ま、君の場合は土足じゃないけれどね。心配しなくてもいい、今君が体験しているのは、あの世界の君が刹那的に見ている夢みたいなものだからね」とクレイグは皮肉混じりに説明した。


「夢ってのは、夢だと理解した瞬間に醒めるものじゃあないのか?少なくとも俺はいつもそうだった」


「うーん、じゃあ明晰夢とでも言い変えようか。ともかく君の精神は、君が意識を失った瞬間の時の流れにまたすぐに戻るってことが言いたいのさ」


「なら訊くが、なぜ俺はまたあんたの所へ来ることが出来たんだ。こちらから会いたいといくら思っても実現しなかったのに、何故あのタイミングで……」


「あれあれ?そんなに僕に会いたかったのかい?分不相応にも別次元の存在に恋心を抱いてしまったわけだ。泣けるストーリーだねえ、映画化待ったなしだ」小馬鹿にした態度でクレイグは口角を上げた。


「反吐が出るようなことを言うな。きちんと説明しろ」


 やれやれといった表情で首を振り、クレイグは目の前にいつかのどこまでも続く長机と番いの椅子を顕現させた。


「────まあ、座りなよ」



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