血みどろリサイクル
「クソッ─────麻痺毒か……これにやられた奴も多そうだな」
巻き戻しの時魔法を左手に施すと痺れは綺麗に消え、動かなかった筋肉は再び感覚を取り戻す。
「なンなンだよこいつァ」サルは不気味な亡骸をつま先で蹴った。
「さっきダリウス団長が言いかけたことが気になる。変な女がシーズを合体させたとか言ってた……」
「あの小僧の言う『ボウモア』とかいう奴かもしれねェな」
複数のシーズを合成させて強大な一つの個体を作り出せる技術なんてものがあるならば、ゾッとするような話だ。
俺とサルは息を整え、ダリウスの援護に向かう。二手に別れて、時魔法で迅速に一匹を倒し、全員でもう一匹の相手をする、これこそ俺が意図した動き。
ダリウスのもとへたどり着いた時、想像していた戦況とはかなり乖離があった。というより、戦いそのものが終わっていたのだ。
「こっちは片付いた、あんたの方もか?」
馬型の合成獣は翼と鎌を失い、身体に大きな切創をつくって地に伏していた。
「ああ。驚いたぞ、あの化け物をたった二人で下すとは……」ダリウスから笑みがこぼれた。
ダリウスには俺が禁術を使う者だと解っていない以上、手練に見えるのは当たり前かもしれない。こちらからすれば、たったの四人であの魔獣を退けたことの方が驚きだ。
「あんたの仲間も結構負傷したみたいだな」
「ああ、だが生命に別状はない。お前たちの手助けなしにはなし得なかった。我々はキャンベルを護りきった!」ダリウスは猛々しく右腕を天に突き出した。
彼の部下もそれに呼応し、勝鬨の雄叫びを上げた。
「───────それはどうかしら」それに水を差すように、どこからか女の声が聞こえた。
ダリウスの部下のうちの一人がぶるぶると身体を震わせ、やがて白目を向いて前のめりに倒れ、その背後に声の主は佇んでいた。
艶々とした紫紺の長髪と目尻がつり上がった女だった。パリコレクションのモデルを彷彿とさせるような強い意志を帯びたはっきりとした顔立ち。そしてロイグと同じように四肢は漆黒の表皮で覆われ、引き締まった脚線美には惚れ惚れするような妖艶さがあった。
「貴様はッ!!こいつだ、こいつがさっき話した女だ!!」ダリウスは叫んだ。
「あらあら、アタシの下僕に酷いことしてくれるわね。あなた達にはもう少しここで遊んでいてもらわなきゃ困るの」
倒れてしまったダリウスの部下の背中には特に外傷はなく、瞳を大きく見開いたまま虚ろに夜空を見上げていた。
「やっぱりお前も人の生命をなんとも思っていないわけか。これはロイグの為の時間稼ぎか?」
「……………………へえ、驚いたわ。あの子に会ったのね……まさか、あなたがショウかしら?」女は一瞬だけ目を剥いた。
「ああ。そう言うお前は『ボウモア』だな?」
「はあ……お喋りな弟を持つと苦労するわ。それにしてもアタシに向かって『お前』とはあなたも生意気ね、躾が必要だわ」彼女の切れ長の目が三日月型にひしゃげた。
「ひとつ言っておくが、ロイグならさっき逃げて行ったぞ」
「はぁ?……あのガキ…………ッ!連絡も寄越さずに……これだから幼稚な男は嫌いなのよ」紫紺の髪の女は小声でブツブツと不満をぶちまけた。
この人外の反応を見る限りフルールモア・マーケットへのシーズ侵攻が陽動という予想は、どうやら的を射ていそうだ。
「じゃあアタシもこれでお役御免ってわけ」
「貴様が何者かは知らんが、これだけの人数の前にノコノコと姿を現して逃げられると思っているのかッ!!」ダリウスは激昂した。
目の前で部下が殺されたのだから無理もない。
「ウフフフフ……逃げる?おかしなことを言うわね、どうしてそんな必要があるの?」こちらの神経を逆撫でするような笑いだった。
ボウモアの言葉には一理ある。今しがた倒れたキャンベル自警団の男の死にざまは、転移魔法ターミナルに転がっていた骸たちと全く同じだ。こいつにもロイグのように魔法力を吸引して、自分の魔法として使用できるチカラが備わっているかもしれない。もしそうだとすればこの女を捉えるのは至難の業ではないのか。
「─────気をつけろ、こいつは相手の魔法力を吸い取って自由に使うことが出来る」俺はダリウス達へ警告した。
「半分正解。でもアタシの能力はそんな陳腐なものじゃないわよ?ま、"二代目"が相手じゃアタシも余裕で構えているわけにはいかないわね」ボウモアは右の掌を天に掲げた。
次の瞬間、ボウモアの掌から金色に輝く無数の糸が四方八方へ放たれた。そのうちの一本は俺の身体目掛けてほとばしり、躱そうと試みたがそれは左胸を打ち抜いた。
「なっ────なんとも……ない」
痛みもなく、脱力感もない。未だ左胸を貫き続ける金色の色に俺は触れようとしたが、手ごたえはなく、振り返ると糸は俺の身体を貫通して真っすぐ後方に伸びていた。
「アッハハハ、いい反応!安心して、これは攻撃じゃないから。攻撃はこれから」ボウモアの眼がまたぞろ三日月形に怪しく歪んだ。
「ショウ、見ろッ!奴らの死骸だ!」すぐそこに転がるいくつかの生き物が混ざった亡骸をサルは指さした。
ボウモアの掌から伸びた触れられない金色に輝く糸はダリウス達が討った合成獣の亡骸に接続され、ぼんやりと淡い光を放っている。
「何をした!!答えろッ!!」
「何をした?まだ何もしていないわ。それに飼い主が所有物に何しようが勝手でしょう?待っていてちょうだい、とびきり可愛らしいアタシの下僕を見せてあげるっ!」
無数に伸びた金色の糸は馬型の合成獣をボウモアの頭上に引き寄せた。先程倒した類人猿の合成獣が俺の脇を通り過ぎて行く。
「なっ───────」ボウモアの頭上にふわふわと揺蕩う亡骸達を見つめて俺は言葉を失った。
冗談じゃない、と俺は思った。
見る限りボウモアの掌から伸びる糸一本に対して一つのシーズが接続されているのは自明だ。そしてダリウスが言っていた『シーズを合体させた』という言葉から、これから起こることに些かの畏怖を覚えざるを得ない。
「あらあら、青い顔をしちゃって。知っているかしら?死んでしまったシーズの魔法力は時間とともに霧散して星に還る。でも、それって勿体ないじゃない?」
ボウモアがそう語る間にも街中から肉塊が寄り集まって、彼女の頭上に漂っていた。先刻倒したはずの類人猿型の合成獣姿もある。
「これだけの因子があれば、どんな生き物でも創造できる。そうだわ、あなた確かあのまがいものと親交があるらしいじゃない。せっかくだから本物を見せてあげる」
彼女の頭上に漂う夥しい質量の亡骸は螺旋を描いてひとつにまとまり、やがて驚くべき変貌を遂げる。
「どうかしら、美しいでしょう?」
その生き物は巨大な四つの足で大地を踏みしめると、上下に堅牢な刀剣の如き牙が林立する口を大きく開いて甲高い咆哮を上げた。その音圧は鼓膜を今にも突き破らんばかりだ。
「あぁ…………あっ…………俺は、夢でも見ているのか?こんなものに……こんなものに勝てるわけがない」ダリウスは膝から崩れ落ちた。
「こいつはアルムやあの姉妹みたいに優しいタイプじゃあなさそうだな……」