転移魔法ターミナル
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「─────え?いっぱい?」
「はい、本日分の転送は予約が埋まっております。明日ならまだ空きがございますが、予約いたしますか?」カウンターの向こう側から窓口の女性は言った。
「じゃあ、お願いします」と俺は答えた。
ここは転移ターミナルと呼ばれる場所で、フルール商会のビルと同じ区画にある公共交通機関だ。
ハリスに紹介してもらった植物学者はハイランド地方の大学教授で、キャンベルからなら転移魔法によってすぐ訪ねられるらしくここへ足を運んだ次第だ。
「えー!予約とか必要不可欠なの?けっこーめんどいね」とアソール。
「そうですか。ではおもてなしも頂いたことですし、今日はショッピングと洒落込みましょう」ブレアはきらきらした瞳で俺を見た。
「お、おお、そうするか」
彼女の言うおもてなしとはハリスが土産に持たせてくれた商品券のことである。
「サル、お前はどうする?」
「俺ァ昨日泊まった宿へ戻ってまた話をつけてくる。そンで寝る」サルは目を細めて答えた。
「そうか、悪いな」
サルはくるりと踵を返し、背中越しに手をひらひらと振りながらターミナルの出口へ消えて行った。
「ショウ様、私達と一緒にフルールモアを見て回りませんかっ?」ブレアは俺の腕に腕を絡ませてこちらを見た。
長いまつ毛の奥の藍色に吸い込まれそうになりながらも俺はなんとか頷いた。
そそくさと帰っていったサルには先見の明があるのかもしれない。なぜならこの後、日が暮れるまで姉妹に引き摺り回されて酷い目にあったからだ。女の買い物に付き合うというのはやはり男には荷が勝ちすぎている。
翌日の午前中に再び四人そろって転移ターミナルへ赴くと、予約を確認したあと奥の転送室へ通された。
部屋は円形で足元の床には大輪の花が彫られていた。周囲の壁は全て棚になっており、そこに様々なオブジェが飾られている。それらは手に取れる程度のサイズで、柱や錐の形をしていて、側面には何やら模様や文字が刻まれている。
「これがカリラさんが言っていた刻印柱か……思っていたよりも小さいな」
「ショウ様、刻印柱というのは一体なんなのですか?」ブレアは首を傾げた。
「俺も見るのは初めてなんだが、転移魔法の転移先になるものらしい。多分形が違うのは所有者が違うってことなんだろうな」
「へえ~。それじゃ、これと同じものがどこか遠くにもうひとつ置かれてるってこと?」とアソールは刻印柱の内の一つを指して訊ねた。
「ぁ。言われてみればそういうことになるか」
団長が受け取った報告書によれば、失踪した転移魔法官は自らの刻印柱をここから持ち去って、死体だけがキャンベル近郊で見つかったということらしいが、アソールの言葉が気づかせてくれたのは対になる柱の存在だった。
「───お待たせいたしました」扉が開き、ローブを身に纏った男性が転送室へ入ってきた。
男は俺達が立っている部屋の中央まで歩いてきてこう続けた。
「転移が初めての方はいらっしゃいますか?」
俺は咄嗟にサルの方へ顔を向けると、彼は首を横に振った。
「全員初めてだ」と俺は代表して言った。
「左様でございますか、ではこれから簡単に注意事項をご説明いたします」と転送魔法官は言った。
それから、転移時は魔法力がノイズになるので極力漏出させないことや、転移魔法官から物理的に離れないことなどを手短に彼は説明した。
「転移に関する説明は以上ですが、何かご質問はありますか?」
「なんというか、必要のない質問で申し訳ないんだが、これから行く先にもこれと同じような刻印柱があるのか?」
「左様でございます。我々転移魔法官は二つの刻印柱の間を行き来する魔法を用います。私はこれから向かうインパネスと、ここキャンベルを結ぶ専属の転移魔法官でございます」丁寧な口調で彼は答えた。
「なるほど。最近、キャンベルの転移魔法官が失踪したという噂を耳にしたんだが、その方もどこかとキャンベルを結ぶ役割を?」先ほど生じた疑問を解するべく、それとなく俺は質問した。
「はい、彼女はこことグラスゴールの間を転送する転移魔法官でした。現在は別の都市への転移を経由することでグラスゴールへの転移が可能となっておりますので、詳しくは受付の者へご確認ください」
「わかった、丁寧にありがとう」
「いえいえ、こちらこそご不便をおかけして申し訳ありません……では、転移の方へ移らせていただきますが、準備はよろしいでしょうか?」
四人は互いの顔を見合わせ、静かに頷いた。
「それでは足元の紋章から外へ出ないように注意して、私の周りを取り囲むように立っていてください」
転移魔法官は俺達の中心で目を閉じて集中し始めた。
そして「参ります」と彼が小さく言葉を発した瞬間、景色は切り替わった。
円形だったはずの部屋は四角形に、足元の紋章は大輪の花から三枚の月桂樹の葉に変わった。周囲の棚にはやっぱり刻印柱が整然と陳列されていて、その中の一つがぼんやりと青い光を帯びていた。
「問題なく転移が完了しました。あちらの扉を出て、手続きをよろしくお願いします」と転移魔法官は促した。
彼の指示に従い俺たち四人は扉の先へ歩いて行った。振り返って、閉めた扉をこっそり開けて覗いてみたが彼はもうそこにいなかった。
手続きを済ませ、転移ターミナルを出るとそこは全くの別世界だった。
「さっ、寒っ!!!」
「こりャたまンねえェな」
刺すような空気の冷たさもそうだが、何よりも瞳に飛び込んできた夥しい数の純白が、ここは数分前に居た場所とは全く別の土地なのだと痛感させた。
竜人の姉妹の方へ眼をやると、彼女たちは下手くそな傀儡人形のようにキリキリと首を左右に動かすばかりで、言葉を完全に失っていた。
「えっ。なにこれ」やっとアソールは口を開いた。
「なンだてめェら、もしかして雪を見たことねェのか?」サルは嘲笑気味に言った。
「雪……これが雪なのですね……!!」ブレアは瞳を爛爛と輝かせている。
二人が雪を見たことが無いのは、考えてもみれば当然かもしれない。竜人の世界は閉じていて、ベンネ・ヴィルスの麓にしかなかったのだから。
「ほらよ」背負った馬鹿でかい背嚢からサルは防寒着を俺に差し出した。
昨日フルールモア・マーケットで購入しておいた裏起毛のローブだ。
「ありがとう、サル」
俺はその防寒着を急いで羽織りながら、女児のようにはしゃいでお喋りをしている姉妹を横目で見た。
「二人とも寒くないのか?」
アソールはいつも通りホットパンツから健康的な太ももを雰囲気に曝していたし、ブレアの方もいかにも肌寒そうな半袖で薄手のワンピース姿だ。
「全然ヨユー!あたしら竜人は寒さには強いんだぁ」とアソール。
「私達の火の魔法は特別で、魔法力を身体に纏わせることで内側から身体を温めることが出来るのです」とブレアは説明を付け加えた。
何て便利な機能だ。もしかするとこれは、ローランド軍がハイランド領で継続戦闘を行うことを前提として付加した特別な技能だろうか。
冬場に竜人と一緒に布団へ入れば心地よさそうだと思った矢先、それはすぐに邪念へと変わってしまったので仕方なく俺はその煩悩を心の隅へ追いやった。