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脅迫的カウンターパート

 


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「─────ハッタリじゃなかったとはなァ」と目の前の男にサルは言った。


「きっとお見えになると思っていました、どうぞこちらへ」とハリスは俺たちを出迎えた。


 ここは公的機関や事務所が林立するキャンベルの中枢区画。フルール商会もそこにあった。これみよがしの四階建て、その額には黄金の大輪が威光を誇示するが如く光り輝いていた。


 その最上階、ハリス個人の執務室と思しき部屋へ俺たちは通された。大理石のセンターテーブル、革張りのソファなど、この部屋で仕事する者の身分の高さが窺えるものばかりが目に入った。


「どうぞ腰を下ろしてください」


 促されるまま四人はふかふかのソファへ腰を下ろした。


「ハリスさん、面倒な前置きはいい。単刀直入に言ってくれないか?」と俺は機先を制した。


「ホホ……これは手厳しいですな、わかりました。私があなた方接触した理由は言うまでもなくビジネスのためです」とハリスは話し始めた。


「それは竜人の里に関連することでしょうか?」珍しくブレアが口を挟んだ。


「その通りでございます。昨日お話しましたが、私は先日諸用でコットペルを訪れました。その際に飲んだ"龍酒"なるものに心を奪われましてな。これは売れる、そう確信した次第です」とハリスは語った。


 これを聞いたブレアとアソールは憤りとも悲哀ともとれるような微妙な表情をしていた。


 竜人の里独自の酒の良さが彼に伝わったことは嬉しいものの、それをビジネスチャンスと捉えられたことに些かの寂しさを憶えたのだろう。


「竜人の里から友好の証として何本か寄贈されたとは聞いていたが、そのうちの一本を飲んだということか。確かにあれはいい酒だ、だがあんたの思う通りにはならないよ」


「どうしてです?」ハリスは首を傾げた。


「龍酒は造主の職人が一人で作っている上、製造条件に天候も含まれる酒だ。残念だが大量生産出来るものじゃない。俺達と接触して()()()()()()()って魂胆だろうが、徒労に終わるよ」と俺は説明した。


 酒に限らずどんな商品でもそうだ。こだわり抜いて作られていたが日の目を見なかった品の素晴らしさが、やっと大衆に認められて大量生産に踏み切った結果、質を落として凡庸なものになってしまったケースなど数え切れないほどある。俺は龍酒にそんな風になって欲しくは無い。


 そもそもシマキ氏はこういった手合いを相手にする男では無いだろうけれども。


「そうですか……」ハリスは肩を落とした。


「それよりもいいビジネスがある」と俺は逆に提案した。


「ビジネスときましたか。私の判断基準は厳しいですよ?」


「俺はこの国とは別の今は亡き島国の生まれでね、途絶えてしまった故国の酒を再興したいと思っている。それに手を貸して欲しい」


 もちろん、いつもの真っ赤な嘘だ。


「ほう、そちらも酒の話ですか。一体どんな酒で?」


「詳しい製法は明かせないが、とびきり美味い酒だ」


「それだけの情報じゃ流石に私も判断しかねますなあ、その手の儲け話というのは無数にありますから」


 ここでウイスキーのことを明かせば、この男は間違いなく興味をそそられるはずだ。この世界にそんな製法で作られた酒など無いのだから。だが、それをしてしまっては交渉の優位性を失う。


「─────そうか。ビジネスという言い方が悪かったな。昨日、俺達に働いた非礼の償いをさせてやるとでも言ったほうがよかったか?」鋭い眼差しで俺はハリスを見た。


 俺にしては珍しく、どこぞの輩のような荒々しく強い物言いだったと思う。


「な、何を……私を脅すおつもりですか!」


「別に法外なことをさせようってんじゃない。いつになるかわからないが、俺が作った酒のサンプルをここへ持ってくる。ビジネス云々はその酒を飲んで決めればいい。そのために少しばかり手を貸して欲しいって話さ。別に気に入らなければ断ってくれて構わないぞ。その場合、『フルール商会の会長は身分を隠して竜人に接近し、商売に利用しようとした』という純然たる事実を基にした悪評が立つかもしれないというだけだ」俺は淡々と言ってのけた。


「ぐっ……一体何を」


「いくつかある。まずその前に訪ねておきたいんだが、あんたがコットペルへ行ったのはペルズブラッド絡みか?」


「は、はい、おっしゃる通りです」


 これにはある程度確証があった。コットペルへ寄贈された龍酒たちは麦酒と交換という形でペルズブラッドへ納められたと小耳にはさんでいたからだ。


 大方、ペルズブラッドが大口顧客であるこの男の接待にでも使ったのだろうと容易に想像はつく。


「よしわかった。まずペルズブラッドの操業者に頼んで"麦汁"の一部を買い取れないか交渉して欲しい」


「麦汁……でございますか?」


「ああそうだ。いずれ麦酒になる製造工程上の液体だ、量は一樽もあればいい。理由は創作料理に使いたいとでも言えば一樽分くらい譲ってもらえるだろう。もしいい返事をもらえたなら日時はこちらで指定する」


「は、はい。その程度でしたら恐らくは……」


「よろしく頼む。次だ、これが最後だから安心していい。()()()()()()人間を知っていたら紹介してくれ」




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「何かショウさん怖かった……」アソールは大通りを歩きながら呟いた。


「こいつァ酒の事になると人が変わるから気をつけろ」とサル。


「何か、強い意志を感じました。それほどに……ウイスキーでしたか?」


「ああ」


「そのお酒への熱意は強いのですね……」とブレアは不思議そうに言った。


「そろそろ教えてくンねェか?最後の要求の意味をよォ」


「木だよ。ウイスキー造りにはが木樽必要不可欠なんだ。これからそれに適した木が生えている場所と調達する方法を探す。その第一歩を示してもらうための植物学者だ」と俺は説明した。


 ウイスキーの味わいの殆どは熟成保管時に使用される木樽(カスク)の種類によって決定される。長期間、木製の樽に入れておくことによって独特の樽香と黄金色の着色がなされウイスキーは完成するからだ。


「ほォ……やっぱり聞いてもよく分からねェが、要するにウイスキーを入れておく樽を作りたいってわけだな?」


「そういうこと!」


「あたしは色んなところに連れてってもらえるだけで楽しいからいいや」アソールはからっと笑った。


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