商業都市 キャンベル
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ベンネ・ヴィルス山脈から注ぐ清流スペイル河の下流、ローランド三番目の規模を持つ都市、キャンベル。
コットペルに定期発着する馬車で走ること二日半、やっとのことで街の近郊まで辿り着いた。
という道程を辿るはずだったのだが─────
「嗚呼、ショウ様と二人っきりの遊覧飛行……幸せな時間でした」ブレアは恍惚とした表情で両手を紅潮した頬に当てがった。
「ありがとう。ブレア、アソール」
現実は、早朝に飛龍化した姉妹の背に乗って出発し、日が暮れる前には到着していた。
「んもお、おねーちゃんが二人っきりがいいとかワガママ言うからあたしまで飛ばなきゃいけなかったじゃん」とアソールは膨れっ面で言った。
「あなただって二人きりで里までショウ様をお連れしたでしょう、これでおあいこです」意地悪そうに姉は言った。
「うう~っ!時間が長いもん!てか、ウッキー途中で寝ちゃうし、話し相手いなくてまじでヒマだったんだからね!」妹はサルを睨みつけた。
「ふあァ~っ……それくらい乗り心地が良かったってことじゃねェか」サルは欠伸混じりに言った。
「なら許す」とアソールは間髪入れずに即答した。
整備された街道を歩いて行くと、馬鹿でかい大通りに面したキャンベルの街が四名を出迎えた。
サルの解説によると、キャンベルは旧ローランド地方のほぼ中心に位置し、物流や通商の要となる都市らしい。確かに通りの大きさも往来する荷馬車の数もコットペルの比ではない。
大通りの脇には果実・野菜・家具・陶器・衣服・装飾品など、様々な種類の商品を取り扱う露店が秩序なしに隙間なく立ち並んでいた。
陳列されている様々な商品に目移りしながら大通りを街の中心部に向かって歩いて行き、やがて俺の真後ろを歩いていたブレアは、ある店の前で足を止めた。
それは帽子を専門に取り扱う露店らしかった。
「─────見たいのか?ブレア」
「ぁ。いえ、竜人にはこういったものくらいでしか頭を何かで覆うという習慣が無いものでつい……」とブレアは言った。
彼女が言う『こういったもの』とは、丈が膝までの長い前開きの法衣で、首の後ろにパーカーのようなフードがついているものを指す。そして今まさに姉妹が着用しているものがそれだった。
「寄っていくか」と俺は提案した。
アソールとブレアがこの法衣を着用せねばならない理由は、言わずもがな額の角にある。
他の竜人と違って長さ二センチ程度の可愛らしい一本角だが、その大きさに関わらず竜人というだけで忌避する人間もいる。いらぬトラブルを引き起こさぬように隠しているのだ。
結果から言うと俺はこの露店で、アソールにはキャスケットを、ブレアにはストローハットを買い与え、二人はそれをとても喜んでくれた。
女性にとって服や装飾品というのは、自分の精神を健全な状態に保つことが出来る、ある種の薬なのだと昔行きつけだった店でOLが話しているのを聞いたことがある。法衣を脱いだ姉妹の軽い足取りを見る限り、それもあながち言い過ぎでは無いかもしれない。
「さて、まずは今夜泊まる宿を探さなければな。サル、どのあたりにあるか知っているか?」
「宿場街は都市の中心の方に固まってる、だからこのまま歩いてきャじきにつく」とサルは答えた。
キャンベルは円形の都市で、街の中央をスペイル河が横断している。それに加え、今俺たちが歩いているような大通りは二本あり、都市の中央で交差する形になっている。
天空から俯瞰で見たキャンベルは横切る河に交差路を重ねた『*』の様相を呈す。最も面積が広い外縁部は商業区域となっており、サルの言う宿場はその内側にあるドーナツ型の区域のことを指している。
サルの案内に従って宿場街まで歩き、今晩の寝床を確保した頃にはすっかり日も傾いてしまっていた。
「────さてと、どうする?これから」宿の敷居を出て俺は言った。
「どうするってテメー、飲みに行く気マンマンじャねえかよ」とサルは煙たそうに俺を見つめた。
ありきたりだが、やはり情報収集と言えば酒場と相場が決まっている。知らない土地でも、酒場の店主と話したり、周りで飲んでいる連中の話に聞き耳を立てたりしているうちに輪郭が見えてこようというもの。
少し前にこれをやって死刑囚に身をやつしてしまった大馬鹿者がいた気がするが、今となっては忘却の彼方だ。
「お供いたします」とブレア。
「やっば、まじでわくわくする!夜もお店出てるかな?」アソールは踊る胸を抑えきれぬようだ。
何処へ行く宛もなく、俺が夜遊びの一歩目を踏み出そうかという時だった。真後ろから聞き覚えのない男の声が聞こえた。
「────見たところ、同業の方では無さそうですが、フルールモア・マーケットは初めてですかな?」
四名が一斉に振り返ると、声の主は宿屋の扉のあたりにその声の主はいた。身長が低く恰幅が良くて立派な口髭を蓄えた男だった。
「えっ。誰?てか、フルール……なんだって?」アソールは感じたままに口にした。
「驚かせてしまってすみません、私はダンバートという小さな街とキャンベルの間で通商を行っているハリスという者です」男はこちらに軽く会釈をした。
宿から出てきたところを見ると、俺たち四人と同じ場所に宿泊する客のようだ。
「フルールモア・マーケットというのは、あなた方も通ってきたキャンベルの外縁を埋め尽くす市場のことです。環状にびっしりと埋め尽くされた露店のテントが無数の花弁のように見えるので、大輪の花を意味する"フルールモア"と呼ばれるようになったそうです」とハリスは付け加えた。
「まあっ、素敵な由来ですね」とブレア。
「俺以外の連中は初めてだ、つッても俺だって詳しくは知らねェから同じようなもんだが」とサルは答えた。
「そうでしたか。最近何かと物騒な噂もありますから、あまり暗い場所へは行かないことをおすすめしますよ」とハリスは釘を指した。
「ご忠告感謝する。俺達はこれから一杯引っかけに行こうと思ってるんだが、よかったら一緒にどうだろう?色々知ってそうなあんたがいてくれたらこちらとしては安心だ」と俺は誘った。
「ハハハ!話が早いですな。私もそのつもりで声をお掛けしました。これも何かの縁です、どうぞよしなに」とハリスは再び頭を下げた。
「さっすがショウさん、交渉術はお手のものっ!」アソールは囃し立てた。
こういうことは独りで飲みに行っていれば嫌でも身についてくる。残念ながら相手が毎回おじさんなのだが。
こうして一夜限りの仲間を一人加え、俺たちは五人は夜のフルールモア・マーケットへ繰り出した。