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立つ鳥、言葉を濁さず

 

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 コットペルと竜人の里が手を結んでから二ヶ月ほと経っていた。


 この頃になると予定していた事業は全て終わり、大使としての任を解かれ、俺はコットペルへ戻って来ていた。


 利害の一致から結ばれた龍鶴の同盟だったが、伝書鳩による定期交信は続けられ、一般人が相互に往来することが許された。もちろん、コットペルからは自警団に認められた者、竜人の里からは族長に認められた者という条件は付いているが。



 この日、俺はサルとカリラと共に自警団舎を訪れていた。



「─────なんだ、話とは」団長の鋭い眼光が俺を射すくめた。


「カリラの自警団加入を申請したい」と俺は言った。


 彼女は若かりし頃、つまり国選魔道士の()()()だった時分にそれなりの財を成していたため、金に困ることはなかったそうだ。


 しかし今はカリラという全く別の若い女として生きねばならない以上、()()での私財は運用出来ず、食い扶持が必要になる。


「ほう、願ってもない。戦力としては今更私が確かめるまでもないだろうし、竜人達にも顔が利くのは大きな利点になる。認めよう」とフィディックは快諾した。


「ほほ、恩に着るわい」とカリラ。


「それで、()()()()()()()の話を聞かせて貰おうか」と団長は言った。


「な、何故それを……?」


 確かに彼の言う通り、俺には団長にもうひとつだけ話があったが、それを一言も漏らしてはいない。


「知れたことを。彼女の加入を申請するだけならば、わざわざ貴様ら()()でここへ顔を出す必要はあるまい」


 言われてみれば確かにそうだ。最初に病室で会った頃から、この男は一貫してこちらの心の内を見透かすような発言と眼をする。


「自警団を辞めたい、とでも言い出す気かな?」フィディックは俺とサルを睨みつけて言葉を紡いだ。


「───────はい……」


 図星だった。


 仕事があって、この世界での市民権を得たまでは良かった。しかしこのままではウイスキーは作れない。材料も加工技術も人材も何もかもが足りないのだ。何より、別の仕事の片手間に出来るほど甘いものでは無い。


「何故だ。死刑囚から公人にまで成り上がったというのに、何故それをあっさり捨てられる?理由を聞かせてもらおうか」静かに団長は言った。


「生き甲斐の、夢のためだ。団長に話したことは無かったかもしれないが、俺は新しい酒をこの手で作りたいんだ」とストレートに言った。


「酒?………クフフフフ……ハハハハ!そんな理由か。お前が自警団加入を断ろうとした時、私が言ったことを覚えているか?」


「ああ、"この場で執行する"と」


「その覚悟があって来たのだな?」と団長は語尾を強めた。


「はい」と静かに俺は頷いた。


 時間にして五秒ほどの沈黙が訪れた。いつ腰にぶら下げたサーベルが抜かれるかもわからない膠着状態に、顔の毛穴から油っぽい汗が噴き出した。


「────フゥ……私としたことが負け惜しみが過ぎたようだな。こちらから言えることは『辞められては困る』ということだけだ。この場で貴様を叩き切るとコットペルが火の海になるかもしれんのでな」と団長は息を整えて言った。


 別に交渉のカードにするつもりはなかったが、事実俺が殺されたと知ればアラドは黙っていないだろうし、その時こそ人間と竜人の間には修復不可能な溝をこさえることになる。


「ショウ・カラノモリ、今となっては我々が竜人と手を結び続ける上で貴様は必要不可欠な存在となった。自警団の職務を辞めることはこの際構わない。籍をここへ置いたまま、里との交渉の際にだけ要請を受ける外交官として雇われるのはどうだ?」と団長は続けた。


「給金はどうなる」


「銭ゲバめ。六掛けか七掛けか、異例のこと故わからないが、幾らかの契約金を団が負担しよう。まったく、辞めようとしている男の言葉とは思えんな。立場が逆転してしまったものだ」と団長は呆れ顔で言った。


「それは有難い」


「相棒が辞めるってンなら俺も辞める。わかってるよなァ?」とサル。


「ああ、わかっている」団長は苛立ちを隠さずに答えた。




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 自警団舎へ行った帰り、三人は昼食を摂るためにコットペルの飲み屋街の一角にある店へと向かった。


「あ、きたきた!こっちだよーっ」


「皆様、お待ちしておりました」


 ポニーテールの快活な妹と、センターパートの礼儀正しい姉が、テラスの丸テーブルの椅子へ腰掛けて待ち構えていた。


 コットペルの酒場の殆どは、こうして日中の間はレストランやカフェテリアのように振舞っていることが多く、晴れた日なら店の外にテーブルを出している。


「ショウ様、退任の申し出はどうでしたか?」とブレアは訊ねた。


「ああ、無事というか、思いもよらない高待遇を受けられそうだ」


「まあ!それは良かったです」ブレアは嬉しそうに顔の前で掌を合わせた。


 この竜人の姉妹は親善大使の任期が終わってからも、アラドに許可を求め、竜人の里へは戻らずにコットペルで暮らすことを選択していた。




「よくもまああの堅物からここまでの言質を取れたものじゃ」とカリラは感心している様子だった。


「俺たちの穴埋めみたいな形になってしまって、申し訳ない」


「気にするでない。儂はこの街が好きで留まっとるわけじゃし、おかげで食い扶持が出来て喜んでいるのは儂の方じゃ。団が借上げている住居は儂が引き受けるから何時でも好きな時に帰ってくるといい」


「ありがとうございます」


「これで気兼ねなく旅が出来るねっ!」アソールはにっこり笑った。


「ショウ、まずはどこに行くつもりだァ?」とサルはサンドイッチを食べながら言った。


「手始めにキャンベルへ行こうと思う」と俺は答えた。


「やはり気にかかるか」とカリラ。


「それもあるが、どこか遠くへ行くにしても転移魔法を使うには都市へ行く必要があるしな……」


「何処へでも、お供いたします」とブレアは微笑んだ。



 コットペルへ戻ってすぐ、俺はサルとこれからの展望について話し合っていた。


 そこで俺が決めた指針は、いずれこのコットペル周辺でウイスキーを製造する為に必要なものや人材の確保を目的とした旅に出ることだった。『旅』などと大仰な言い方をしたが、要はコットペルという拠点を作ってこの近辺を見聞して回ろうというだけのことだ。


 当初は俺とサルだけでコットペルを出立する予定でいたが、竜人の姉妹が自宅へ遊びに来た際にうっかりこの話をしてしまったことで、半ば強制的に同行が決定した。彼女達が竜人の里へ戻らないのが『人間の世界をもっと知りたい』との理由からであることを鑑みると、当然と言えば当然の流れかもしれなかった。


アソールとブレアはコットペルにおいて既に市民権を得ているが他の地域ではそうでは無いということに留意しなくてはならず、一抹の不安はあるものの、彼女達の飛龍化の魔法はそれを補って余りあるほど旅の助けになるはずだ。



こうして、俺はようやくこの広い世界へと本当の意味で漕ぎ出した。

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