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不穏な報せ

 



「───随分楽しんでいたみたいじゃないか」団長は含み笑いで言った。


「か、からかうのはよしてくれ」


「フィディック、こいつは常識人ぶってるが結構スケベなヤツだぞ?」すっかり出来上がったアラドは言った。


「ハハハハ!同行させる秘書官に血縁でもない女を推薦すると言い出した時は私もそう思ったさ、それがまさかあのような傑物だとはな」と団長は笑い飛ばした。


「────傑物とは随分と可愛げのない言い方をしてくれるのう」


 扉の辺りに舞い戻ったカリラが立っていた。


「カリラさん、どうしてまたここに?」


「決まりきったことを訊くでない、酒を飲むために決まっておろう」


「おお、カリラ殿!」


「やっとるようじゃの」


「丁度いい、この場を借りて二人の耳に入れておきたいことがある。人間も竜人も他人事では無いかもしれない話なんだ」と俺は前置きをした。


「随分勿体つけるじゃないか、話してみろ」と団長は促した。


 俺はカリラの補足を借りながら龍涎浜で遭遇した未知なる存在のことについて話した。




「"黎明の三賢"……私は聞き馴染みがない。族長殿はどうだろうか?」


「いや、俺も聞いたことがないな……」とアラド。


「そうか。二人なら何か知っているかもしれないと思ったんだけどな」と俺は少し肩を落とした。


「関係があるか分からないが"三賢"といえばトラッドの議会最高位の称号と同じだ」と団長は言った。


「かっ。あの頭の硬い爺どものことか」とカリラは自分のことを棚に上げて扱き下ろした。


「さすがに国の要人とは無関係だろうな。俺はあの男が言った"いずれは人間になろうと思っている"という言い回しがどうも気にかかっている」


「人間になる、か」団長は眉間に皺を寄せた。


 その言葉だけで、自分は人間ではないと言外に告げているようなものだ。


「ショウとカリラ殿が揃っていても圧倒されるほどの手練だ。警戒するべきだと私は思う」いつの間にか酔いはどこかへ吹き飛んで真面目腐った表情のアラドは言った。


 その危険度について、俺からはもっとはっきりとした輪郭が見えている。トラッド国の懐刀と言われる国選魔導士一人と同等の力を持つはずのカリラが、為す術なく倒されてしまったという純然たる事実。


 少なく見積っても国内十指の実力者に比肩するだけの脅威であることは疑いようがない。




 四人が知恵を絞り出そうとしていた時、不意に扉が開いて一人の女が広間へ入ってきた。


女はこちらを見つけるなり、つかつかと歩いてくる。


「お元気そうですね」波打つ赤い髪の女は言った。


「今日は団長にくっついていないからどうしたのかと思ったよ。そっちも元気そうだな、デール」


「少々事務処理に追われていましてね。団長、これを」デールは懐から二つ折りになった一枚の紙を取り出した。


「─────これが最終報か……わかった」フィディックはそれに目を通して言った。


「何の報せだ?」


「キャンベルで起こった転移魔法官失踪事件の調査報告書だ」と団長は答えた。


「転移魔法?ってなんだ?」


「まったく、相変わらず今までどうやって生きてきたのか理解に苦しむ人ですね……転移魔法というのは一瞬で離れた場所を行き来することが出来る魔法です」とデールは説明した。


「一瞬で!?」


「この間、私が王都へ行った時があっただろう。王都は旧ハイランド領の中心あたりに位置しているから、本来コットペルからずっと北へ向かわねばならないんだが、最寄りの都市であるキャンベルまで足を伸ばせば、転移魔法を使って一息で王都まで行ける」と団長は語った。


 この世界へ来て色々な魔法を目にしてきた。しかし、それらはどれも地球のテクノロジーを集めた機械や装置によって代用が利くものばかりだったが、今度ばかりは違う。


 車、電車、新幹線、飛行機、どれも人類が発明した素晴らしい移動手段だ。けれども転移は、瞬間移動だけはまだない。


「驚いた、なんて便利な魔法だ。その転移魔法官が失踪したって?」


「そうだ。だがこの最終報には()()()()()と書いてある」


『保護された』ではなく、『発見された』という言い回しに、急に嫌な予感がした。


「─────察しの通り死体でな。キャンベル近郊の人気が無い場所に遺棄されていたそうだ」と団長は続けた。


 この話が始まってから、ずっと難しい顔で腕を組んで閉口していたカリラが口を開いた。


「…………小僧、浜で会った謎の男のことなんじゃが、突然目の前から消えたと言ってはおらんかったか?」


「ああ。目にも留まらぬ疾さで去っていたとか、そういうことではなくて、音もなく急に消えたんだ。でも、放射光は無かったし魔法の類いではないと思う」と俺は説明した。


「いや、そうとも限らんぞ。転移魔法は術者が魔力を込めた刻印柱(ピラァ)がある場所にしか転移は出来んのじゃが、転移が発動する瞬間、魔力放射によって光を帯びるのは人体ではなく刻印柱(ピラァ)のほうじゃ」とカリラは言った。


「そうなのか?」俺はデールの方へ視線を移す。


「何の話をしているのかわかりませんが、転移魔法に関してはこの方のおっしゃる通りです」とデールは肯定した。


「発覚当初は、キャンベルに設置された彼自身の刻印柱(ピラァ)を持ち去って行方をくらましたために、自らの意思で失踪したかと思われていたが、どうもきな臭くなってきたな」フィディックは眉をひそめた。


「団長、キャンベルと龍涎浜はどれくらい離れているんだ?」


「キャンベルはここより南西に位置している。龍涎浜まではかなりの距離があるが、失踪が発覚したのは六日ほど前だから、行けないことも無い」と団長は答えた。


「そんなに長距離を移動する目的が何かあったのか……」


「確かに興味深い情報だが、その男が失踪事件と関係があるとも限らん、無理やり紐付けて考えても埒が明かないだろう。何か関連性のある報告が上がってきたら捜索を検討しよう」とフィディックは語った。



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