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龍涎浜の怪人

 



 夥しい数の脅威。これまで最も窮地に立たされているかもしれない一幕にも関わらず、どこか消化試合のような雰囲気があった。


正直に言って俺一人ならば今頃、しっぽを巻く準備をしているところだ。


 最強の女、爆乳の秘書、全盛期の国選魔道士であるところのカリラが傍らにいて、俺は無尽蔵に彼女の魔力を巻き戻して回復出来る。なし崩し的にはなるかもしれないが、この軍勢も退けるだろう。





 しかし、俺の予想は意外な形で裏切られた。







「────へえ、面白い力を使うねぇ、キミ。()()()()()?」


 女を蕩けさせるような色気のある若い男の声だった。






 その声が聞こえた直後、俺とカリラを八つ裂きにしようとじりじり迫ってきていたはずの軍勢は歩みを停め、宝石のような真っ黄色の瞳は光を失った。


「…………シーズ共が活動をやめた?」


 甲殻型のシーズは次々にその場で前のめりに倒れるか、あるいは後ろへひっくり返り、やがてその間を縫うように()()の何かが姿を表した。



「うえっ、こいつら不味っ」


 そいつは人間の言葉を話し、人間と同じ輪郭を保っていて、若い男の姿をしていた。


「ショウ、何かわからんが危険じゃ、こやつは……」とカリラは警鐘を鳴らす。


 俺も全くの同意見だった。


 金色の瞳、体表に見られる肌色と漆黒のコントラスト。衣服は着用しておらず、局部に生殖器はない。人の姿形をしているが人に在らずということをそれらが雄弁に語っていた。


「なるほど、ショウっていうんだ。いやー、早起きして良かったよ。こんな面白いものが見られるなんてねぇ」


 人語を話すということは、人語を理解しているという事だ。ならばここから先の言葉は慎重に選ばねばならないと肝に銘じ、俺は重たい口を開いた。


「─────助けてくれて有難うございました。どちら様で?」と慇懃(いんぎん)無礼に俺は訊ねた。


「アハハ!もしかして緊張してる?大丈夫大丈夫、別に何もしないさ。したところでキミは死なないだろ?隣のおねーさんは別だろうけど」と男は言った。


 この無邪気の皮を被った邪気は、あのいけ好かないクレイグを思い出させた。


「質問に答えんか」とカリラは男の身元について追及した。


「五月蝿いなあ……今ボクはショウと話しているんだよ」


 一瞬の出来事だった。男がカリラに手をかざすと、カリラの身体は淡い光を放ち後方へ吹き飛んで行った。


「なっ!?カリラさん!!」


「よし、これで邪魔者はいなくなった」前髪の奥の黄色い瞳が黒い髪の隙間から妖しく輝いて見えた。


「お前、彼女に何をした!!」


「別に死んじゃいないさ、少し眠ってもらっただけ。それにキミの能力なら死んでいようが関係ないだろ?」


 どうしてそこまで時魔法のことについて子細に知っているのだろうか。歴史上行使された時魔法は、若返りや老いをコントロール出来るという事象が中心で、『死をも巻き戻せる』ということを言い切れる存在は限られているはずだ。


「何故それを……人間にも竜人にも見えないお前は一体なんなんだ!!」


「竜人か。あれも酷く中途半端な存在だけれど、キミ達の尺度で言えば、彼らは人間と同一視しても差し障りないだろうね。そしてその物差しで測るなら、ボクは人間では無い。でも()()()()()()()()()()()()()


「人間になるだって?」自然と首を捻った。


 この男が何を言っているのかわからない。目の前のお前はどうしようもなく人間では無いじゃないか。


「そのうちわかることさ。また必ずキミは"黎明の三賢"と出会う、シーズを喰らう者にね。でも今日はここまで。またね、ショウ」


 誓って俺は一度も目を離していないし、瞬きもしていない。正体不明の男は忽然と姿を消し、俺の視線の先にはただ虚空が在るだけだった。


「消えっ………………はっ、カリラさん」俺は踵を返し、直ちに彼女が吹き飛んで行った方向へ走った。




 謎の男の言う通りカリラは生きていた。


 ただし酷く衰弱していて口も動かせず、このまま放って置けば死んでしまうことは間違いない。


「待っててくれ、今巻き戻す」


 





巻き戻しの魔法が履行され、九死に一生を得た彼女は言った。


「はァ…はァ…あやつ、()()()()()()()


「吸い取った?一体何を」


「魔法力を根こそぎ一瞬でじゃ。そしてすぐさま儂の魔力を使いおった……儂が吹き飛んだのはあやつ自身の魔法でなく、儂の魔力じゃ」とカリラは語った。


念動魔力(サイコキネシス)で吹き飛ばしたって言うのか!?」


「そうじゃ」


「他人の魔法力を吸い取って、自分自身の力をのように使えるなんて魔法────」


「ない」俺の疑念をかき消すようにカリラは言い切った。


「あの男"黎明の三賢"とか"シーズを喰らう者"とか言っていた……何か心当たりは?」


「知らんな…………じゃが、シーズを喰らうというのは何となく想像がつくぞ。ほれ、そこな残骸共を見い」カリラは立ち上がって蟹型のシーズの亡骸へ目を向けた。


 それらに完全に生気はなく、まるで鉄の塊のように砂の上に転がっていた。


「こやつらの原動力は魔法力じゃ。身体に傷を負わなければ、魔法力が尽きぬ限り老いもせぬし、滅びもせぬ」


「こいつらは命の源である魔法力を吸いきられたということか。待てよ、じゃあシーズはどうやって魔法力を外から取り入れるんだ?」


「そんなことも知らんで生きておったのか?シーズは人が死んだ時に霧散する魔法力を表皮の気門から体内に取り入れて蓄えるのじゃ」


「それが理由で人を襲うのか!それじゃ、さっきの男は……」


「似てるじゃろう、見た目も性質もシーズそのものに」


「けれどシーズを殺した所を見ると、人間の敵と決めつけるのも早計か」


「儂はシーズ由来の何かだと予想しておる。どちらにせよ協力的な存在では無いことは言えるの」


 辺りは薄暗くなり、もうじきオレンジ色の大円はベンネ・ヴィルスの尾根の向こうへ身を潜めようとしていた。


「とにかくここから離れよう、あの男の気が変わらないうちに」


 俺とカリラは収穫物を馬鹿でかい風呂敷に包み、慌てて浜辺を発った。


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