造酒危機
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「─────というわけで、頼む!酒蔵の竜人に会わせてくれ!!」と俺は懇願した。
「それは別に構わんが、変なことを言うやつだな」焼酎の入った陶器をテーブルに置いてからアラドは返事をした。
「ショウはね、将来お酒つくる人になりたいんだって。くさいのに」とまたぞろ俺の膝の上に収まっているアルムは言った。
「酒が作りたい?」
そこから俺はサルにしたのと全く同じ説明をアラドにした。
「────ほう、故国の酒か。紹介してやってもいいが、ひとつ条件があるぞ」
「飲ませろって言うんだろ」食い気味に俺は言葉を被せた。
「ははは!お見通しか。明日掛け合ってやる、その時に着いてくるといい」とアラドは協力を約束してくれた。
「ねえ、なんでくさいのにお酒つくりたいの?」
「臭くないお酒もあるんだ。今はまだ子供だから駄目だけど、大人になったらアルムにも飲ませてあげるよ」
「ショウ、人間は成人しないと酒は飲めないのか?うちの里じゃ、そんな決まりはないぞ」とアラド。
そんな馬鹿な、と言おうと思ったがよく考えてみるとこの世界における飲酒可能な年齢を俺は知らなかった。
「いや……どうなんだろうな。俺は余所者だからそこまでは知らないな。でも子供のうちから酒を飲むと発育に良くないんじゃないか?」
「そうか?俺は十一の時から飲んでいるぞ?」と開けっぴろげに族長は言った。
どうやらここは、とんでもない非行少年だった男が治める里らしい。この里の倫理観は一体どうなっているんだか。
翌日、さっそく俺の願いを聞き届けてくれたアラドの計らいで里唯一の酒蔵へ向かった。
「────ていうか、何故カリラさんまで」
「何を言うかと思えば。秘書官じゃぞ、儂は。大使に随伴するのは職務上当然の義務じゃ。それに酒の事は儂も興味があるでな」とカリラは何処か他所を見ながら語った。
大儀ぶって語ってはいるが、本心はついでみたいに後ろの方にくっつけた文句の方に間違いない。この女もまた酒が好きで好きで仕方がないということは、この間アラドとの宴会に同席した時の様子ではっきりとしている。
「ついたぞ、ここだ」とアラド。
見覚えのある巨岩が視界の端に入ってくる。これは天照大御神カリラが塞いだ岩戸だったはずだ。
「ここか……俺達は何度も通ってたわけだな」
アラドが案内してくれた場所はベンネ・ヴィルスの山肌の目と鼻の先で、洪水の影響を受けた土砂や土石流で押し流されることを辛うじて免れた数軒の内の一つだった。
「ちっ、なんでい。ニンゲンなんか連れちまってよ。すっかりヤツらの良いように利用されて恥ずかしかねぇのか?」軒先から男の声がした。
「ハハ……シマキさん、ご無沙汰です」とアラドはたじろぎつつも挨拶をしたので、俺とカリラも軽く会釈をした。
俺はこの時、アラドはよくこの申し出を引き受けてくれたと驚いていた。この酒蔵の主と思しき『シマキ』と呼ばれた初老の男はどう見ても我々に対して友好的ではないと肌で感じたからだ。
「あの、あなたがこの酒蔵の?」
「大使だとかなんとかつって浮かれてんじゃねぇぞ羽根なしが。さっさと他所へ行きやがれ」
「シマキさん!!」彼の言葉を咎めるようにアラドの怒号が飛ぶ。
「ちっ────ぁ?おい、そこの爆乳の姉ちゃん」
「厶、儂か?」
「おう、あんただ。あんた、もしかしてそこのデッケエ岩を運んで来たニンゲンか?」
「いかにもそうじゃが?」誇らしそうに爆乳の女は答えた。
「……………………蓋ァ………………助かった」たどたどしくシマキは礼を言った。
先程の"羽根なし"というのは竜人の里で使用される人間に対する蔑称で、ここへ来てから何度か耳にすることがあった。
そんな差別的な竜人がいじらしくもカリラに礼を言ったのは意外だった。
「お易い御用じゃ。それよりも儂らは主の酒を飲んで興味が湧き、働きぶりを見聞に来とるんじゃが、少し見せては貰えんか?」とカリラは言った。
「随分と年寄りくさい喋り方をする姉ちゃんだな。まあ、あんたなら見せてやってもいい。だがそっちの小僧は駄目だ」
「そこをなんとかお願いします。こいつもあなたの酒を飲んで美味いと言ってくれましたし、見学くらいは……」とアラドも食い下がった。
「なんだと!?てめえ羽根なしに"龍酒"を飲ませたのか!!」とシマキは荒ぶった。
「シマキさん、羽根なしはやめてください。ショウもカリラ殿も等しく竜人と手を結んで互いに助けうために先頭に立ってくれている人間です、失礼は私が許しませんよ」とアラド。
「『私が許しません』ときたか。ちっ、糞ガキがほざくようになったもんだ。だがな、このとおり酒造りはしばらくできねえ。せいぜい今ある酒を大事に読むこった」シマキはすぐ脇を顎で差した。
その先には元々小さな小屋があったと思われるが、今は無惨に土砂に押し流されて原型を留めていなかった。
「そこには何が在ったんじゃ?」
「カビ蔵だよ」
「カビ?」不思議そうにカリラは首を傾げた。
「龍酒をつくるのに必要なんだ。タネの方は無事だったが培養に不可欠な穀類が全部駄目になっちまった。しかも、こいつぁ"リュウゼン"っつう特別な穀物でしか育たねえ……リュウゼンは一年に一度しか実をつけねえから、あと半年はこのままだ」とシマキは俯いた。
「─────決まったな。カリラ、着いてきてくれるか?」と俺は沈黙を破った。
「もちろん、秘書官じゃからの」
「お、おいショウ、今の話聞いてたか!?この時期はどこに行ったってリュウゼンは採れないんだぞ」とアラド。
「さあ……案外どこかにひっそり生えてるかもしれないだろ。探してみるよ」と俺はすっとぼけた。
こうして俺とカリラは半ば強引に、かつ極めて利己的な事由でこの酒蔵の復興へ力を貸すべく、彼らの元をあとにした。