探検隊
こうして小さな手を握って里を散歩するのはもう幾度目になるだろうか。
「ねー、ショウ。今日はどこ行く?」アルムはきらきらした翠色の瞳で俺の顔を見上げた。
「そうだなあ、まだ行ったことがないところへ行ってみたいな」
「じゃあちょっと遠いけど『くさくさの塔』行く?」
「くさくさの塔?なんだそりゃ」
「あっちの森の先にあるの。行ってみる?探検」アルムは里の北側を指さした。
「森は危なくないのか?」
「ううん、子供だけで行ったこともあるから大丈夫!」
「そっか。じゃあ行くか、くさくさの塔!」
「おーっ!」
それから探検隊の二人は里の北にある森へ向けて進路をとった。
道中に幾人かの竜人と挨拶を交わしたが、以前よりも挨拶をしてくれる人が増えたように感じる。
「この先!」
里の住居が途切れる北端、山脈の裾をなぞる形で青々とした木々が生い茂る森はあった。
「この森を抜けるわけだな」
森の奥へと続く道は整備されているとは言えなかったが、歩いて通るのに困難ではないほどに切り開かれていた。定期的に人の往来があるのだろう。
「あたしが隊長やるから、ショウは隊員やって!」とアルム。
「隊長と隊員はどう違うんだ?」
「隊長の方がえらい!だから隊員は隊長の言うこときかなきゃダメなんだよ?」前へ歩み出ながらアルムは言った。
「ははっ、そうか。わかりました、アルム隊長!」俺はアルムに向かって敬礼の姿勢をとった。
「よろしい。ショウ隊員、こっちにきなさい」
命令に従って俺はアルムの元へ近づいた。
「何でしょうか、隊長」
「なでなで」とアルムは言葉少なに要求した。
「んん?隊長それは探検とは関係ないのでは……」
「むむっ、きさま命令にそむくのかっ!」とアルムは俺を叱責した。
どうやらこれで威厳があるつもりらしい。
「あ、いやそういうわけでは……」俺は観念して彼女の髪を撫でてやった。
瞼を閉じて気持ちよさそうに頭を撫でられるアルムは、なんだか犬みたいだった。こんな命令ならいくらでも従ってやるとも。
それから探検隊ごっこをしながら森の中の道一本道を二人で進んで行った。ごっこ遊びのつもりだったのだが、俺にとっては実際に未知の発見があった。
森に生えている樹木にはどれも別の植物と思われるつるが巻きついていて、それは地中から伸びているみたいだった。
「隊長、この木に巻きついているのは何でしょう?」
「それの根っこのとこ、食べられるってお母さんが言ってた!」と隊長は説明した。
「なるほど、隊長のお母様は物知りですね」
「ふふん」自分が褒められたわけでもないのにアルムは鼻高な表情だ。
そんなやり取りを繰り返しながら二人はしっとりと涼しい森の道を歩いた。
すると樹木の一群は視界から消え、やがて断層が隆起して作り出したと思しき崖が正面に現れた。
「ついたっ!あれが"くさくさの塔"だよ」とアルムは崖の上にそびえる建造物を指さした。
アルムが"くさくさの塔"と呼ぶその建物は煉瓦のように四角く加工された石を幾つも使って組み上げられていて、四角柱型をしていた。
さらに頭頂部には金属で出来ていると見られる半月状の物体が乗っかっていた。ちょうどアルファベットの『D』を九十度右へ倒したような格好だ。
「不思議な形の建物だな……でもアルム、なんでこれが"くさくさ"なんだ?俺はてっきり草がびっしり生えてるのかと思ってたよ」
「もっと近づけばわかるよ、くさくさっ!ってなるから」とアルム。
彼女に手を引かれ脇にある階段を登っている最中『くさくさ』は正体を現した。
「この匂い……」
でんぷん質を思い起こさせるような香りが鼻をつく。
「くさくさっ!!」アルムは鼻を摘んだ。
階段を登りきると全貌が明らかになった塔の根元は空洞になっており、四隅の脚部によって支えられていた。
「くさくさの塔はね、お酒をつくるのに使ってるんだってお父さんが言ってた!」とアルムは教えてくれた。
俺はその塔を見たことがあった。これは恐らく"兜釜式蒸留機"と呼ばれる蒸留方式だ。ただし、俺の知っているものは何十倍も小さなものだが。
空洞になった脚部で火を起こし、上部の密閉された空間でもろみを加熱・蒸発させる。頭頂部の巨大な兜釜には水が貯められていて、そこへ付着した蒸気は熱交換が起こって冷やされ液体へ戻る。
塔を裏手から観察すると、横っ腹から蒸留後の酒を取り出すための雨樋に似た垂れ口があるので間違いない。
だがこれでは冷却水はどうする。兜釜に溜められた冷却水は内部の温度よりも常に低く保つために逐次交換するか、循環せねばならないはずだ。だがこの巨大な兜釜にはそんな仕組みはないように見える。
「───────ぇ───────ねぇ、ショウ!!」アルムの声に俺は我に返った。
「あ、ああ、どうした?アルム」
「どうしたじゃないよもうっ!いきなり固まって動かなくなっちゃうんだもん」
「ぁ、ごめんごめん。ちょっと考えごとしてたんだ」アルムの頭に掌を置いて俺は言った。
─────暇だって?莫迦か俺は。俺にはこの里ですべきことがもう一つあるじゃないか。
この日、"くさくさの塔"を探検で見つけたことによって俺は忘れかけていたこの世界における大目標を思い出した。