漂う岩戸
会合は終始和やかな雰囲気で進行し、可能な限り双方にメリットのある妥結点を模索することが出来た。役目を終えた団長はデールと竜人の親善大使・秘書官を伴って引き上げて行った。
会合では大きくわけて二つの案が可決された。
ひとつは、人間側の土木技師は部下たちを呼び寄せて、濁流によって住めなくなった竜人達の新しい家屋を別の場所に立て直し、落石や土石流から里を護る障壁をつくること。
もうひとつは、竜人側の技術者が仲間を募り、漏れ出た水が山脈西側の水域へ注ぐように、飛龍化の巨躯を活かして河川を作るという大胆で大規模な案が採用された。
このように結局のところ別々に作業するという姿になったのは、アラドとフィディック双方の合意によるものだ。二つの種族の間にある溝は時間をかけて、なし崩し的にしか埋まっていかないとの共通の見解によるものだった。
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工事に取り掛かって五日が経った。
人間側の仕事である住処を失った竜人達の家屋の建築は、河川の為に土地を切り開いた際に出る樹木を加工して使用することで既に出来上がっていた。
俺の方はと言うと、大使ということもあり里の中ならば自由に行動することが出来たが、特にすることも無いので少しでも両陣営の助けになるようにと、伝達役や雑用をカリラと共に引き受けていた。
作業は想定通りに進んでいたが、意外なことで大きく駒を進めることになる。
「─────のう、小僧。儂はひとつ疑問に思っとることがあるんじゃが……」とカリラはぽっかり口を開けた例の洞穴を見つめながら言った。
「疑問?」
「何故ゆえあの穴、もといあの空洞に直接土を詰めて塞いでしまわんのじゃ?」
「そうしたいのは山々なんだが、途中で崩落して死者を出す恐れがあるし、何より少しずつ空洞を埋めていっても、工事期間中に一度でも雨が降れば土砂として外へ流れてしまうからだ」と俺は説明した。
「なるほどのう………なら、一度に埋められるとしたらどうじゃ?」
「そりゃあ一番いいと思うよ、出来ることならな」
「ふむ。少しここを離れる、待っておれ」そう言って彼女はどこかへ消えていった。
数分後カリラが戻ってきた時、俺は衝撃の光景を目の当たりにする。
それは巨岩だった。人間の身の丈の何倍もあろうかという巨岩、それがふわりふわりと宙に浮かんでこちらへゆっくりやってくる。
そして、俺の眼前までそれが漂って来た時、真下に何か光るものが浮遊しているのが見えた。
「カリラ……さん?」
巨岩の真下に漂う浮遊物は、全身から眩い白色の魔力放射光を発し、直立姿勢で腕を組んでいるカリラ本人の姿だった。
「山脈の裾にちょうどいいのが落ちてたわい。ほいっ」
カリラが右手を振り下ろすと巨岩は洞穴の脇へ凄まじい音を立てて落下した。
「これは一体……」
その神々しい姿を古代人が見れば、きっと神として崇め奉るだろう。
「これが儂の魔法、いわゆる念動魔力じゃ」とまだ空中に漂うカリラは言った。
「念動魔力……あんなに重いものを軽々と……ん、待てよ?そんなものがあるならなんで寝たきりになんてなったんだ?」
「たわけ。魔力の総量は齢三十を境に右肩下がりになるんじゃ。九十七にもなってこんな芸当が出来るわけあるまい。せいぜい歩行を補助する程度じゃったよ」
九十七歳と言えば歩行出来るだけでも驚きだと言うのに、彼女が毎日のように大衆浴場へ歩いて通うことが出来ていたことに今さら合点がいった。
「その岩で蓋をしようってのか?」
「そうじゃ、もちろんその前に腹がパンパンになるまで土やら岩石やらを放り込んでやるがのう」
これが国内十指に入る国選魔導師の全盛期の力ということか。どうやら俺はとんでもない化け物を眠りから覚ましてしまったらしい。
「な、何事だ!!」馬鹿でかい音を聞きつけてアラドが飛んできた。
「アラド、悪いんだけど作戦を練り直した方が早いかもしれないぞ……」と俺は空中浮遊するカリラを顎で差し、アラドに進言した。
この三日後、洞穴は土と石で満たされ、岩戸によって封じられることになった。
三日のうち二日間は河川づくりの為に竜人が掘削して発生した土を洞穴のそばへ運ぶための時間で、実質的にこの空洞が塞がれたのはたった半日の出来事だった。
カリラの 念動魔力による土の搬入はまるでグラスに水を注ぐように滑らかに流動的に行われ、何度か彼女自身が洞穴内に入って土を整える場面もあったが、殆どなんの障害もなく完遂された。
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「─────暇だ」
カリラの手によって水源の回復はほぼ成った。人間側の仕事は山脈の山肌と里の間に土砂崩れなどから里を護る障壁となるものを建造するという当初からの予定を残すのみ。
河川を作ろうとしていた竜人達は水を逃がす必要が無くなったため、掘削した部分をそのまま流用して街道として整備する選択をとった。
「ショウ~、あ~そ~ぼっ」玄関の方から声が聞こえた。
そんな訳で特に何もすることがなく竜人が建てて置いてくれた平屋で数日もこんな自堕落な毎日を送っている。
「入っておいで~」
「ショー!!」アルムは横になっている俺を見つけるなり懐に入り込んだ。
この娘は毎日のように訪ねてくるが、毎回熱量が変わらないことに驚く。
「邪魔するぞ、ショウ」
「おや、今日はアラドも一緒か。どうかしたか?」
「すっかりだらけきっているとカリラ殿に聞いてな。お前に重大な仕事を持ってきた……………というのは嘘だ。今夜うちで一杯どうだ?」とアラドは冗談を混じえて言った。
「そりゃあ、断れるはずもない重大な仕事だな」
「ははは!それじゃまたあとでな。アルム、あまりショウを困らせてはダメだぞ」
「困らせてないもんっ!」
アラドは娘を俺に預けて戻って行った。
「よし、アルム。お散歩行くか」
「いくーっ!!」