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秘書官

 

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 サルと共に自宅へ帰ると、扉を開ける前から美味そうな匂いが漂っていた。


「戻ったか。全く、鍵もかけんで出掛けるとは不用心な奴らじゃ」


「ちょっと急ぎの用でね。それよりカリラさん、この匂いは?」


「ラム肉のスープじゃ」


 鍋の蓋を開け、中を覗き込むと湯気と共に少し癖のあるラム肉と野菜の旨みを含んだ香りが顔を舐めた。柔らかそうなラムとごろごろした根菜が食欲をそそる。


 それからサルのアトリエと化していた食卓の上のガラクタを脇へ避けて、招集の話を混じえて三人は初めての食事をした。









「─────ほう、竜人との共同事業か。まさか斯様な時代が訪れるとはの…」


「もう俺たちにとっては禁足地でもなくなったしな」


 フィディック団長の話では、書状の効果によってコットペル自警団の人間ならば例外的に竜人の里へのコンタクトが認められるようになったらしい。まあ、そうでなくては協議もへったくれもないのだが。


「というわけで婆さん、俺達ァしばらくここを空けるから頼んだぜ?」とサルはカリラに言った。


「これこれ、ぴちぴちの女子(おなご)に婆さんとはなんじゃ」カリラは悩ましげに胸の輪郭を掌で撫でた。


「そうだぞ、サル」と俺も同調すると、うざったらしそうにサルは舌打ちをした。


「それに俺達がここを空けるってのはどういうことだ?」


「あァ!?あんたは親善大使として、俺ァその秘書官として里へ行くからに決まってるだろうがよォ」


 竜人の里との()()()使()()()には、大使に一名まで秘書官を同行させることが許されているとフィディック団長から説明を受けていた。


「それなんだが………カリラさん、俺と一緒に来てくれないか?」


「は?」サルは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


「なんと……儂が竜人の住処へゆけるのか!」


「おい、相棒。なンで俺じゃなくてこのば………この女なンだよ!!それに自警団員以外に特例は認められねェだろ」


「そのあたりは確認済だ、秘書官にも適応される。そもそもこの配慮自体、家族や配偶者を連れて行けるようにという措置だそうだからな。自警団員である必要はない」


「なんじゃ小僧、プロポーズか?」カリラは頬を赤らめた。


「いや、配偶者である必要もない」と俺が直ぐに否定したらカリラはしょんぼりしていた。


「申し訳ないんだが、お世辞にもサルが外交に向いているとは思えない。それにだ、カリラさんをコットペルから一旦遠ざけた方がいい」と俺は続けた。


 クレア老が急に居なくなったことは、遠方の身内が身柄を引き取りに現れたということにでもしておけばいいが、入れ替わりでカリラがこの辺りをうろつくとなると、相当低い確率だが誰かに勘づかれる恐れがある。念には念だ。


「滅多にない機会じゃ、儂で良ければ共をするぞ」とカリラは了承してくれた。


「────チッ、わかったよ」どことなく寂しげな表情のサル。


「ありがとう」


 カリラの実年齢は九十七歳、つまり竜人が生み出される原因となった戦争を経験している。当時の情勢や常識に則した知識が何かの役に立つかもしれない。しかし外見は戦後に生まれたであろう二十代前半程度にしか見えないため、怨恨の的になることもないのだからこれ以上適任な存在はいない。


「ん、美味いねこれ!」ほろほろのラム肉を頬張って俺は言った。


 カリラは母親のように優しく微笑んでいた。





 翌日の夕方、伝令の団員は団舎へ戻ってきた。


 通常コットペルから竜人の里へ向かう場合、ベンネ・ヴィルス山脈を南へ迂回する必要があるため、早駆けの馬でも往復で一日以上かかってしまうらしかった。


 伝令役が持ち帰った文書には親善大使交換を承認する旨と、直接的な会合を行う日時や場所が記されていて、それを受けて自警団は参加する人員を選抜し、会合に備えた。


 親善大使に任命された俺はというと、通常の警戒任務のシフトから外され、会合までの五日間を準備期間の休暇として与えられた。


 サルが仕事から帰ってくる度にチクチク嫌味を言ってきた所をみると、秘書官に選ばれなかったことが相当に悔しかったらしい。仕方がない、何者にも適正というものがある。


 一方、カリラの方は"秘書官"という言葉の響きに引っ張られてか、襟付きのジャケットとタイトスカートをどこからか買ってきて着ていたし、身体が若返ってどんな服でも着られるようになって嬉しそうな様子だった。

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