指名と使命
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「つまりこいつの中身ァ、九十七のババアだってことか?」やれやれと言いたげな表情と声色でサルは言った。
「ああ」と俺は肯定した。
誰か訪問者があると面倒なことになると考えた俺は、カリラを連れて家を離れ、彼女を自宅に招き入れることにした。
「そんなにホイホイバラしちまっていいのかよ。どこから情報が漏れるかわからねェぜ?」
正直なところ、この指摘には否定する言葉は持ち合わせていない。でも後悔はない。今度は『やりたいようにやってやる』と決めたのだから。
「余計なことは言わんから安心せい。また年寄りの姿に戻されてもかなわんしの」とカリラは言った。
彼女が隠蔽に対して協力的であることは、こちらもある程度わかっている。
外見だけが若返った彼女がこれまでと変わらずにクレアを名乗れば、俺の正体は瞬く間に見つかってしまうだろう。わざわざ名前を変えて生きるという決断をしてくれたのは、俺のことを慮ってのことでもあるはずだ。
「そういうわけで、暫くの間ここに厄介なるでの」とカリラ。
「彼女が仕事を見つけて、住む場所を決めるまでの間だ」と俺は付け加えた。
自警団が与えてくれた借り上げの住居は男二人で住むのには十分な広さだったが、住人が三人になり、加わるのが女性だと言うことを加味するとかなり手狭になる印象だ。
「なるべく早く出ていくから心配せんでいい。そうでもしてやらんと、悶々として色々と大変じゃろうからな」カリラは色気たっぷりに言った。
「ケッ」
「別に俺たちは平気だよ」
認めたくはないが一理ある。彼女はいつか『若い頃は評判の女だった』と豪語していたが、どうもそれは嘘ではないらしい。確かにこの美貌は男が放っておかないだろう。
「代わりと言ってはなんじゃが、メイドの真似事くらいはしよう。どうせろくなもん食っとらんじゃろ?」
図星だった。俺もサルも料理が出来ないわけではないが、台所は手付かずのままだ。大抵は酒場か屋台で済ませてしまう。
それからカリラは早速食材を調達しに行くと言うので、いくらかの現金を持たせてやると軽い足取りで家を出ていった。
「本当に思いもつかねェようなことをしやがる。少しは考えて力を使え」とサルから短めのお叱りを受けた。
「すまん」
その時突然、俺とサルの手が光を放ち、自警団の紋章が浮かび上がった。
「これは─────」
「お呼びらしいぜ。帰ってきたか」
左手の甲に自分の意思以外で紋章が浮かび上がった時、それは自警団お抱えの刻印魔法の術者から魔法力が供給されている証。つまり、その意味は"招集"を示していた。
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「さすがに全員というわけにはいかんか。よし、始めよう」と団長は切り出した。
招集は俺とサルだけでなく、団員全員に向けて発信されていたようで十八名の団員が招集に応じていた。
今度ばかりは団長室ではなく四十名以上を収容可能な会議室で行われた。ここは普段ほとんど使用されることはなく、有事の際に団員が常駐する"対策室"としての側面も持っている。
「諸君、まずは急な招集にも関わらずここへ脚を運んでくれた事に感謝しよう。耳にした者も多いかと思うが、知らぬ者の為に説明しておこう。今壇上に上がった四名は水源調査の最中シーズと遭遇し、これを殲滅。その折に竜人族の少女と接触し、禁足地である竜人の里へ招かれた」とフィディックは手短かに説明した。
調査任務に携わった四名は団長と共に一段高い壇上に上がらされ、団員たちと対向する形で待機を命じられていた。
「私の一存で拘束することはしなかったが、今一度正式に君達四名の処遇について中央議会の意向を伝えるとしよう。議会の判断は『不問に付す』とのことだ」
四名の緊張が安堵に変わった瞬間だった。
「さて、優秀な我々の仲間を失わずに済むことがわかったところで未来の話をしよう。それもごく近い将来のだ。私がこの街を数日間留守にしていたのは、彼ら四名が竜人の里からとある提案を含む書状を持ち帰ったことによるものだ」とフィディック。
座席に腰を掛けている者たちの視線は酷く冷たいものに感じられた。それこそ、始めてデールが俺とサルに相対した時と同じ目だ。
「これより一定期間の間、我々コットペル自警団と竜人は相互に協力し、ベンネ・ヴィルス水源正常化の為に手を組むことになる。これは決定事項だ」
会議室にざわめきが広がる。デールはあらかじめ聞かされていたのかすました顔をしていたが、サルとダフトは驚いた顔をしていた。
「コットペルはベンネ・ヴィルスから注ぐ水量が減衰すると酒造業に支障が出る。一方、竜人側は洪水に悩まされているそうだ。つまり彼らとは共生の関係を築くことが出来るはずだ」とフィディックは語った。
アラドと酒を酌み交わした時、俺が提案したことは酷くぼんやりとしたもので、こうも具体的かつ早急に実現するとは思いもよらなかった。そもそもアラドが書いた書状にそんな文言を連ねていることすら初耳だった。
「─────しかし、中央議会は竜人が申し出た共生関係を条件付きで受諾した。その条件とは"親善大使"の設置だ。水源正常化の公共事業が完遂するまで、これを相互に常駐させるものとする」
なるほど。親善大使と言えば聞こえは良いが、これは人質だ。結局この国の中枢の連中は竜人のことを何も信用しちゃいない。
ん?今、『相互に』って言ったか?
「親善大使のことに関してはまだ竜人族側には周知出来ていないが、事前に今後の外交役として今壇上に居るショウ・カラノモリが指名を受けた。親善大使として彼を据え、これから竜人の里と協議をしていく予定だ」