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[幕間] ポットスチル・モンキー

 



「なあ、ショウよ」木製の椅子に腰掛けた男は切り出した。


「なんだ」


「テメーがいつも言ってる、ウイ……ウイシキ、だったか」


「ウイスキーな」と俺は訂正した。


「そりゃ一体なンの酒だ?俺ァあんたに協力してやるとは言ったが、まさかあの竜人の連中が造ってる酒みたいな味じゃねェだろうな?」


 この男の顔色を見るに、どうやら竜人の里で振る舞われた酒はお気に召さなかったらしい。


「ウイスキーは…………基本的には麦の酒だ」少しの逡巡の後に俺は答えた。


「なンだよ、結局麦酒じゃねェか」


「まあ聞けよ。ウイスキーを造るには、大麦を発芽させ、乾燥させて砕いたものを温水に漬けて糖化させる。それから、その液体を濾過して"麦汁"を抽出し、酵母を使って発酵させる必要がある」と端的に俺は()()()()説明した。


「ほォ………………あ?だからそりゃ麦酒の作り方じゃねェか」


「そう、ここまではサルが言っている麦酒と同じ製法だ。でもここからが違う。麦酒はここから一、二か月くらい低温で熟成して完成するだろ?」


「ああ」とサル。


 当然のように製法にまで一般人の知識が及ぶとは、さすが酒の街コットペルだ。


「ウイスキーの場合はここから麦汁を火にかける」


「あ?なンでそんなことすんだよ」


「濃縮された酒を造るためだ。火にかけると言っても、釜の中でグラグラ煮詰めるってわけじゃないんだ。そんなことをしたらせっかく精製されたアルコールがどこかへ揮発してしまうからな。ここで使われるのが"蒸留器"だ」


「だからなんなんだよそりャ。ジョーゾーだかジョーリューだか知らねェがよ」


「サル、『ケトル』はわかるか?」


「湯ゥ沸かす時使うやつか?」


「そうだ。今ここで創れるか?」


 俺がリクエストすると、サルはアコタイト製の立派なケトルを彫金魔法で拵えた。


「もう少し注ぎ口を長く細く管みたいに伸ばしてくれ」


「こうか?」


「もっと横方向へ長くだ。少し下に向かって傾斜していると尚いい」


 何度か修正を加え、嘴のように長い管の注ぎ口を持つケトルが出来上がった。


「これが蒸留器だ。多分竜人の里にもこれと同じような形のものがあるはず」


 これが単式蒸留器(ポットスチル)と呼ばれる、最も有名な方式の蒸留器だ。


「こんなもんどう使うンだよ」


「例えばこいつで湯を沸かす時、中の水が蒸発して気体になる。その蒸気は冷やすとまた水に戻るのはわかるか?」


「それはわかる。湯気に手ェかざすと手が濡れるからなァ」


「じゃあ管の先に別の器を用意したとして、蒸気が管の内側を通過している時に冷却してやるとどうなる」


「そりゃァ、管の中で水になって器に溜まってくだろうなァ」


「その通り。蒸留器はそれと同じことを麦汁でやってるってだけだ。竜人が造った酒を見ただろ?一度気体になってるから、蒸留した酒はあんなふうに無色透明になる」


 サルが理解するか怪しかったので割愛したが酒造における蒸留とは、アルコールと水の沸点が異なることを利用し、濃度が高いアルコールを取り出すための技術なのだ。


「麦酒は黄金色だから、確かにそこは違うなァ」とサルは納得しかけた。


「だが実はウイスキーも黄金色をしている」


「あ?今、無色透明つッたじゃねェか」


「ここまで説明した蒸留の工程で出来上がったのは、ウイスキーの前身である"原酒"だ。こいつを樽に詰めて寝かす」


「なンか麦酒もそんなことしてなかったかァ?」


「麦酒は火にかけずに一、二ヶ月間熟成させる程度だろう。ウイスキーは樽に詰めたまま数年間熟成させる」


「数年だァ!?」


「長いものだと二十年ほど熟成に費やすこともある」


「の、飲めンのかよ、それ」


「樽に詰める原酒は、麦酒の十倍程度のアルコールを含む。腐敗することはないよ」と俺は答えた。


 樽詰めされるウイスキーの原酒は60%以上がアルコールで占められている。ここまでアルコール濃度が高い液体の中では細菌もウイルスも生きてはいられないため、樽の気密性を完全に保つ事が出来れば50年間熟成することも夢ではない。


「強えェ酒だな…………それじャ、今作っても飲めるのは数年後じゃねェか。何故わざわざそんなことをする」


「樽の香りをゆっくり原酒に移すためだ。その過程で透明だった原酒には黄金色や薄茶色っぽい色がついていく。これでウイスキーの完成だ」


 ウイスキーは熟成に使われる樽の材質や、熟成年数などで味わいの70%が決まるとすら言われている。


「随分気が長ェ話だな、大将。これじゃ実際に造れるようになる前にくたばっちまうぜ?」


「そうでもない。手段を選ばなければ……な」含みを持たせた言葉だった。


「あ?………………テメー、最初から時魔法をウイスキーの熟成に使おうと考えてやがったな?」


「まあな。ゆくゆくはサル、あんたにこのケトルのスケールを大きくしたものを作ってもらうから覚悟しておいてくれ」とサルに告げた。


「へっ。たンまり給金を貰わねえとなァ」にやりとサルは笑った。



読んで下さってありがとうございます。


一章はここまでで、次の投稿から二章へ入ります。

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