無礼講
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背の低い円卓が置かれた茶の間と、そこへ並べられた豪勢な料理達。丸焼きにされた地鶏や色とりどりの果実、調理された野菜は"ごちそう"と表現するに十分足るだろう。
それを数人の男女で囲んでいる。もし写真におさめるとするなら、現像されたものからはとても心温まる印象を受けるはずだ。
しかしながら音声と動きを含む撮像としてはまるで駄目だ。いつ終わるかもわからない重々しい沈黙。円卓を囲む全員が『怯え』や『警戒』といった、楽しさとは程遠いものに支配されていた。
「さ、さあ、どうぞ召し上がってください」気まずさに、たまらずカイルは口を開いた。
それから俺達は黙々とそれを口へ運び、口々に「美味しい」だとか「これはなんという料理ですか」だとか月並みな言葉を並べて竜人の夫婦と会話を交わしてはいたが、両者の間に流れる重々しい空気は払拭されることが無かった。
軽口が自慢のサルですら押し黙る始末だ。
「ねぇ、ニンゲンはごはん食べる時喋っちゃだめなの?」あぐらをかいた俺の膝におさまっているアルムは上目遣いで言った。
アルム、そうじゃない。本来食事は会話を交わしながらするものだ。もちろん口の中のものをきちんと飲み込んでからだけどねと、そう教えてやりたかった。
「─────あの、」意を決して俺は切り出した。
「どうかしましたか?」カイルは心配そうな面持ちで問い掛けた。
「差し出がましいお願いなんですが、この里で造られたお酒とかって……」
この雰囲気をぶち壊したいのが半分、純粋に未知の酒を味わってみたいという気持ちが半分だった。
「ありますが……」カイルはなにか言い淀んでいる風だった。
「振舞ってやれ、私の分もだ」アラド族長は言った。
『自分の立場を分かっているのか』とでも言いたげな仲間からの視線が矢のように降り注ぐ。
「ショウお酒飲むの?」
「あ、ああ、そうだよ。大好きなんだ」本心だった。
「あんなくさいのよく飲めるね」アルムは信じられないと言いたげな表情で言った。
そうこう言っているうちに陶器製のグラスをふたつ盆に載せたカイルが食卓へ戻ってきた。
「どうぞ」
目の前に置かれたグラスには無色透明の液体が入っていた。
「アラドさん、この里では一緒に酒を飲む時の作法はどうするのですか?」
「陶器の尻を軽く机に叩きつけ、次の一人が同じことをする。三人以上で酒を飲む場合、叩きつける所作が被ってしまった時は一口で酒を飲み干さねばならない、という具合だ」とアラドは説明した。
なるほど、竜人は日本の大学生のような飲み方をするらしい。
「では、ここは私が」そう言ってアラドは陶器の底で机を軽く叩いた。
それに続いて俺も同じ所作をすると、アラドは器を口に運んだのを見て俺も同じようにして酒を口に含んだ。
そして俺はアルムの言葉の意味を理解した。
まずは下の先端に感じるアルコールの刺激、次に鼻から抜ける強烈な臭い、もとい香り。それは日本人である俺にとってはとても馴染みのあるものにそっくりだった。
「─────美味い。これの原料は芋ですか?」とアラドに訊ねた。
「ほう、驚いた……その通りだ。麦酒を飲みなれているトラッドの者は、てっきり臭いだなんだと文句を言うものかと思っていたよ」
「実は、俺はトラッド国の生まれではなく最近この地へ来たばかりでね。今はもう無くなってしまった国ですが、祖国にはこれと同じ酒がありました」
振る舞われた酒の正体は、日本で言うところの芋焼酎に非常に近しいものだった。それを理解した時、俺の心の臓は久しぶりに高鳴った。
トラッドで広く愛飲されている麦酒、つまり"ビール"は醸造によって造られる酒。一方、焼酎は蒸留によって造られる酒。両者は製法が全く違うのだ。
そして、ウイスキーもまた蒸留によって造られる酒だ。酒場で麦酒以外に酒はないと言われて肩を落としていたが、この里には蒸留酒を造る技術がある、それだけで天にも昇る想いだった。
「うえ~っ!これが美味しいとか、ショウの舌おかしいんじゃないの~」アルムは俺の懐でじたばたした。
「それはこの里の人たちもだろ?」少々賭けの要素が強い冗談だった。
「ふふふ……ははははは!そうかもしれんな」アラドの強ばっていた表情はやっと緩んで口角を上げた。
ここから先はもう、加速度的だった。
竜人族は乾杯のやり方こそ独特だが、酒の楽しみ方は共通のものだったからだ。それから俺とアラドはすっかり打ち解け、すぐに互いのことを名前で呼び合うまでになった。
ここまで親睦が深まったのは、俺が竜人族に因縁があるトラッドや旧ローランドの血を引く人間ではないからということも一助になったのかもしれない。
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「ショウよ、また何時でも遊びに来いよ」アラドは赤ら顔で言った。
「そうさせてもらうよ、その時はまた酒盛りだ」
アラドと一対一の宴会は夜更けまで続き、カイルと自警団のメンバーはとっくに床の間で眠りについていた。アルムはと言うと、俺と離れたくないと駄々をこねて、今は俺の懐で寝息を立てている始末だった。
「アラド、正直にあいつらのことをどう思う?」俺はついに核心めいた質問をした。
「正直に言って、か…………やっぱり許せねえ。許せねえが、なんて言ったらいいか……別に今、隣の部屋で寝てる連中が俺たちに何かしたわけじゃねえのは俺もわかってるんだ。けどな、俺たちみたいな半端者を生み出しといて、子孫がのうのうと暮らしてるってのが許せねえのかもしれねえ」とアラドはたどたどしく言った。
「そうか」懐の銀髪を撫でつけながら、俺は否定でも肯定でもない相槌を打った。
国同士や人種の問題はいつだってそうだ。かつて侵略に遭ったり迫害を受けたした人民に根付く感情というのは、代が変わったとしてもそう簡単に払拭できるものでは無い。
「ニンゲン達も最初は一緒に暮らしていこうって提案したんだ。けども、やっぱりそういう目で見てくれるやつばかりじゃねぇから、結局こうなっちまった」
「────なあアラド、これは俺の自己中心的というか、利己的な提案なんだが、聞いてくれるか?」真っ直ぐ彼の目を見て俺は切り出した。