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ダイヤモンド・カッター

 

 巨鳥の落下地点に程近くなってきた頃、眼下から女の声が聞こえてきた。


「ブレア、ちょっと待ってくれ!」


「はいっ、一旦止まります!」


 するとすぐ近くの教会の上部にある、ステンドグラスの小窓がついた塔の部分から身を乗り出してこちらを見ている女の姿が確認できた。


「あいつは……!」


 まだ忘れるほどの時間は経っていない。その女は議事堂で会った金髪の女だった。


「ご存知の方ですか?」


「ああ、さっき初めて会ったばかりだがな。キャメロンと同じ番号持ち(ホルダー)で、確か名前はブローラ」


「おい、お前ら!死にたくなかったらそれ以上行くな!」ブローラがこちらに向かって喚き散らしている。


「何か理由がありそうだ、言ってみよう」


 ブレアは高みから彼女のいる塔の小部屋へ飛び移った。それから俺とブレアは彼女を見下ろすような格好で視線を合わせた。


「─────はっ、男のくせに情けないカッコ。そいつが例の怪人化した娘?」ブローラはこちらに向かって威勢よく吐き捨てた。


 しかしそれが虚勢だということはどう見ても明らかだった。彼女が腰を下ろしている場所は血塗れで、左手には()()()()()()()()()()()()()()からだ。


「そうだ、この子は今しがた空から降ってきた化け物と戦闘に陥り、ひとりで倒したばかりだ。そういうあんたも戦闘中なんだろ?格好いい右手じゃないか」俺は嫌味ったらしく言ってやった。


「チッ……化け物のくせに人を助けるとはね」


「おい、言っておくが次にこの子を化け物呼ばわりしたら許さないからな」つかつかと血溜まりの中へ足を踏み入れ、俺はブローラに巻き戻しの時魔法をかけてやった。


 ブローラは驚いた顔をしながら、再び血の通った自らの右掌を固めたり開いたりした。


「俺たちは先に行く、あんたが戦ったやつの情報を教えてくれ」


「......私の右腕を治したからっていい気にならないでよね。騎士階級の人間ならそれくらいして当然」


「……ふぅ、そうか。そうだな。行こうブレア、時間がもったいない」


 ブレアが俺を再び俺を抱き抱えようとした時だった。


「────ま、待ちなさいよ!何も知らずに行ったら犬死にするだけよ」


やれやれ。素直に感謝の言葉を述べることも出来ず、かといって見殺しにするのは気が咎めるらしい。仕方がなくブローラの方を振り返ろうと思ったその刹那、衝撃音と共に足場がぐらりと揺らいだ。


「うおあっ!?」


 腹部に感じる内蔵の浮遊感─────やがて俺たちが立っていた床は落下を始めたようだった。


「リワインド!!」


 時魔法の詠唱に応じて、足場に起こった異変はたちまち収束し、元に戻る。


「今のは───────」


「“水”よ」今度は即座にブローラが答える。


「水?」


「ショウ様、とにかくここから出ましょう。近くに強力な魔法力の気配があります」


「来て」ブローラは俺とブレアに両掌を向けた。


 すると足元から風が湧き上がり、身体が少しだけ宙に浮いた。


「私はブローラ。これが私の魔法、大気を操るの。大人しくしていて、一旦外へ出る」とブローラ。


 俺は今一度、大気の流れを『風』と呼ぶということを再認識するに至った。彼女の魔法は俺の足の裏に加重されているであろう下向きのエネルギーを少しだけ上回る風力を上向きに働かせて相殺し、前後左右のバランスを制御しつつ教会の外へ運び出した。ブレアが下から吹き上がる風に、懸命にローブがめくれ上がるのを押さえている姿に俺が目を奪われているうちに。


「油断しないで。()()()は水を圧縮して発射してくるから」とブローラは目の前に現れた白痴魔人(ドール)を見据えて言った。


 そいつは姿は風船の様に丸々と太っていて、機動力には欠けそうな印象で、その外皮は鎧のように硬質化した甲殻に覆われていた。


「さっき教会の塔を破壊しそうになったのはそれか」


 つまりこれは()()()()()()()()()だ。流体である水に圧力を加えて射出することによって、ダイヤモンドすら切断する流動性を持った刃。


「ということは、こいつは水の魔法とそれを圧縮する魔法、両方を持っているということか?」


「フン...察しの良さだけは褒められたものね────そう、だから私とは相性が最悪なの。今見せたように私は大気に流れを作ることが出来る。狙った場所の大気を退ければ、一瞬だけ真空の裂け目を作り出すことすらできる、こんなふうにね」ブローラは瓦礫に向かって手をかざした。


 すると倒壊している家屋の木製の柱が独りでに切断され、大きな音を立てて倒れた。


「すごい...空気に魔法力を作用させて……!不思議な魔法です」とブレア。


「ブレアには見えるのか!俺には勝手に柱が切断されたようにしか見えなかったぞ」


「あなた魔法力の流れが見えるの!?」とブローラ。


「怪人の目を持っていますから……あの白痴魔人(ドール)、私には今のブローラ様の魔法を回避出来るほど機動力があるようには見えないのですが」


「私も最初はそう思ったの。見ていて」ブローラは白痴魔人に向かって掌をかざした。


 ブローラの手は淡い翠色の魔力放射光に包まれ、たった今魔法が作用していることを俺に知らせてくれた。そして、やがてそれは光を失った。


「────なるほど」ブレアは難しい顔をした。


「何がなるほどなんだよ、俺には何が起こっているか全く分からなかったぞ」


「魔法力の流れを見る限り、ブローラ様の魔法力は作用点から大気を外側に押し流しすように作用している様子はありました。それを受けてあの白痴魔人(ドール)が魔法で何かしたような動きはあったのですが、そこからのことはよくわかりませんでした……真空までは見えませんので」


「多分、()()()()よ」


「圧縮空気……そうか、そういうことか。真空になる前に作用点に外側から強制的に空気を送り込まれたのでは真空が破壊されてしまう」


「そう、学がなさそうな顔してるのに意外ね」


「余計なお世話だ」


 つまりこの白痴魔人(ドール)は地球現代の技術に喩えるのなら“エアコンプレッサー”と“貯水タンク”だ。圧縮した空気を体内のタンクに溜め込み、その圧力を利用して水を高圧射出するのだろう。そうであればあの玉のような体格も説明がつく。


「何か来ますっ!!」白痴魔人(ドール)の体内の魔法力の流れを察知したのか、ブレアが警告した。


 俺は彼女から警告を受けてから誓って瞬きをしていない。しかし我々が攻撃を受けたことに気がついたのは、近くで何かが破裂したような音と、吹き飛ばされて眼前に迫ってくるブレアの背中に身体を打ち付けられたからだった。


 三人諸共吹き飛ばされた我々は、背にしていた教会の木製の扉を突き破り、内側まで吹き飛んだ。





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