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戦場のブライダルキャリー

 


「ブレアさん、どうにかしてウサギの()()()()()()()()下さい!」


 私は仮説を立てました。


 第一にこの高質量のウサギは突然空から降ってきた、つまり何者かに運ばれて来たということになります。こんな高質量の物体を転がすというならともかくとして、持ち上げたまま飛行するなんて現実に有り得るはずがありません。つまりこのウサギは魔法を使っている────自らの質量を増加させる“加重魔法”をね。つまり普段は重くもなんともないわけです。


 そうなるとまたひとつ疑問が生まれます。ウサギがいくら強靭な後ろ足を持っていても大砲の玉以上に重たい身体を飛ばすなんてことは無理です。ではどうやって跳躍を行っているのか。


 後ろ足で地面を蹴った後に空中で加重魔法を使っている、それも違います。仮に空中で質量が増加したとしても、前へ進む推進力が大重量に負けて、その場でドスンと下へ落ちてしまうだけです。


 ですから私は、恐らくここにも魔法が関わっていると思いました。前へ進むということは後方に同じだけの力を作用させる必要があります。跳躍の際に起こる大きな音から、衝撃魔法か爆発魔法、あるいは空気を圧縮する魔法なんかが必要になってきます。


 加えて、身体全体を堅牢な鎧で覆っていては魔法を体外に作用させることは出来ません。したがって、ウサギの後方────つまり臀部に某かの魔法を放出する場所があると私は予想したのです。


「わかりました……!」そう返事をしたブレアさんは驚きの行動に出ました。


 高速で飛び込んでくるウサギを交わし、あろう事かウサギが激突した瓦礫の中へ自ら飛び込んで行ったのです。


 ウサギが静止しているのは何かに衝突した直後のみ。その後ウサギは次の発射を行うために向きを変える、その一瞬を見極めて背後に周り、腹部に抱え込んだのです。つまり大質量を射出するほどの衝撃を腹部で受け止める覚悟をしたということ。


 身体検査で判明したひとつの事実なのですが、ブレアさんの身体は消化器官が退化しています。名残として胃袋はそのままの大きさで残っているようですが、怪人としての機能上は何も役割を成していない、文字通り()()()となっていました。ですから損傷が致命的になる臓器がないということも有利に働いたのでしょう。


 そこからはカラノモリ様も見ていた通り、ウサギは逃げるために後方で衝撃魔法を使用し前へ。それを直にくらったブレアさんは反作用で後ろへ吹き飛んでしまいました。ですが、その際にウサギの臀部に接触していたブレアさんの腹部が全ての魔法力を吸い切り、絶命に至らせたというわけです。



 ◇

 ◇

 ◇

 ◇

 ◇

 ◇

 ◇

 ◇

 ◇

 ◇



「─────うう。デイブさん、酷いです…………言ってしまうなんて。ショウ様、お願いですから気を悪くしないでください」巻き戻しにより回復したブレアは悲しそうな顔で言った。


「えっ?なんでだ?」


「この間、ご馳走していただいたもの、本当に全部美味しかったです……私だって吐き戻すなんて真似、したくないんです」


 そこまで言われて俺はやっと気がついた。ブレアの腸は怪人へと変容する過程で退化し、胃袋は消化管としての役割を果たさないただの袋となっている─────ということは、この間の“デート”で一緒にとった食事や酒などは彼女の身体へ吸収されず、放っておけばずっと胃袋の中に留まり続けることになってしまう。それを防ぐために彼女は俺が見ていない場所で、それらを吐き戻していたということなのだろう。


「ブレア、悪かった。俺の配慮が足りなかった、許してくれ」


「まぁまぁ」と言ってデイブは俺たちを宥めようとしたので、睨みつけてやった。


「ところでさっきからそこに置いてある、カラノモリ様が抱えてきたものは何なのか訊いてもいいですか?」


 俺はここへ駆けつけるまでに拾った絨毯に赤子を包んでここまで運んで来ていた。


「ああ、そうだった、こいつが何者なのか調べて欲しいんだ」


 包まれた絨毯を解いてやると、ブレアは口を覆い、デイブは腰を抜かして後ろにすっ転んだ。


「さっき上から降ってきた白痴魔人(ドール)を巻き戻したらこうなった。預かれるか?」


「も、もちろんだけど、襲ってきたりしませんよね!?」


 デイブは好奇心と恐怖心がせめぎ合って表情筋が混乱している様子だった。


「襲ってくるかどうか、か。今は安全なはずだ。ただ、猛毒をそこらじゅうに撒き散らすぞ、十年後にな」意地悪っぽく俺は言った。


「ひいっ!」


「脅かして悪かったが、とにかくここ以上に適切な場所はない。頼んだぞ、デイブ」


「はははい、わかりました!カラノモリ様はこれからどこへ?」


「見ての通りまだアソールが戦ってる。ブレア、手を貸してくれるか?」未だ南東の空で交戦中のアソールを見上げながら俺は言った。


「もちろんです。あの様子だとサル様とは合流出来ていないみたいですね。サル様が買い物に出かけたのは北側のエリアだったと思うのですが、あの子ったらどうして南に……」


「待って下さい!ブレアさんが着てきたローブをお返ししますので!」デイブは赤子を抱えて研究所の中にすっ飛んで行った。


「ローブ?それってもしかして、シャーロットさんから譲ってもらったあれか?」


「はい、そうです」


「呆れた……まさかあれを普段着にしてるのか?汚れたりほつれたりしたらどうするんだ」


「肌を隠すのに丁度いいので…………汚れたり破けたりしたら、ショウ様に直して貰えばよいかな、と」照れくさそうに斜め下を向いてブレアも研究所の中へ入って行った。


「………………まあ、それもそうか」




 すぐに着替えて出てきたブレアと共に俺は未だ空中戦を繰り広げるアソールの元へ向かう。


 その過程、俺はどんなに女性から行為を寄せられる男でも決して経験しない体験の中に身を置いていた。


 王都と言えど狭くは無い。俺は単独であったからこそ自分自身の身体に時魔法による加速を施し、研究所まで風のように駆けつけることが出来た。しかし二人での移動となると、両者に時魔法を作用させても、運動能力の差異によって巡航速度に乖離が生まれてしまう。俺はどう頑張っても人並み、ブレアの運動能力は人間のそれを軽く凌駕しているわけで“アキレスと亀”のように不細工な移動方法を取らざるをえない。


 最速で二人揃ってアソールの元へたどり着くためにはこれが一番いいと代案を提したのはブレアだった。


 彼女の健脚は時魔法の加速を受け、王都の高層建造物の上を、アスファルトの上のスーパーボールのように軽快に跳ねて目的地へと俺を運んでいく。


「乗り心地は如何でしょうか、ショウ様」ブレアは眼下の俺を見つめて語りかけた。


「お、おいっ、ブレア、頼むからしっかり前を見てくれ!ここからだと前が見えなくて怖いんだ。だから()()()にしてくれって言ったんだ!」


「ふふふっ、大丈夫ですよ。しっかり足場を確認してますし、落っこちても衝撃は私が受けますから」ブレアはくすりと笑った。


 彼女の右腕は俺の首の後ろへ回され、左腕は俺の両膝の裏へと回されて俺を抱え込む格好─────つまるところ俺は今“お姫様抱っこ”の状態でアソールの元へと向かっているのだった。



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